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~ 学校には悪魔がいるのかな? ~
*
僕は悪夢から目覚めて、学校に行っても――ほとんど上の空。
授業の内容なんて、だいたい半分くらい分かっていればいい方だ。
そんなナマケモノみたいな僕に対して、ママは何も言わない。
怒りもしなければ、泣きもしないで、お人形さんみたいに僕をジッと見つめてくるばかり____。
目だって合わせてくれないんだよ。
授業中の僕よりも、むしろ家の中にいるママの方が――もっともっと、上の空。
でも、学校の授業中はほとんど上の空な僕だけれど、今日はいつもにも増して酷い。
昨夜、見た悪夢の内容のせいだ。
今の僕にとっては、学校の授業なんかよりも――もっと、もっと気にしなきゃいけない存在。
(夢で見た、あの変なお城みたいな建物から飛んできた三つの物____あれは……僕がずっと前に作った物だ――学校の授業中に、僕が作った……ねんどで……)
『さあさ、みなさん。今日はみなさんが好きな物……難しいことなんか考えないで。心に浮かんだ物なら何でもいいのよ――とにかく、ねんどで三つ作ってみて。テーマは決めないわ。みなさんの想像力にお任せするわ』
ママがあんな状態で、授業もほとんど上の空である僕にも普段から優しく接してくれる女の先生が、かつての授業で発した言葉をふいに思い出す。
【ねんどの車】、【ねんどの白いお花】、【ねんどのバースデーショートケーキ(いちごのやつ)】――今となっては、どうして僕がそんなものを作ったのかはよく分からない。
ただ、車のオモチャはパパの部屋にいっぱいあったし、白いお花(スノーフレークっていうんだって)も、ひっそりとパパの部屋に飾られていた。
それに、丸い大きな苺のバースデーショートケーキを作ったのは、その授業を受けたのがママの誕生日だったからだと思う。
やっぱり――よく、覚えていないけど。
とにかく、昨夜の悪夢にずっと前に作った、粘土の作品たち三体も現実の人間みたいに意思を持ってきたように赤と白の建物の煙突からポーンって飛び出してきて、それぞれが武器を持ちながら僕達がいる方に向かってこようとしてきたのだけは覚えている。
それに、夢はそこで終わっちゃったけれど――何となく僕らをやっつけようとしているように見えた。
ねんどの《ケーキ》は、真っ赤に燃える蝋燭の火を手に持ちながら、こっちに向かってきていたし、ねんどの《白いお花》は武器みたいなのは手にしてなかったけど体全体に鋭い針がびっしりと生えていたから、それで僕らを攻撃しようとしているんだと思った。
ねんどの《車》は――よくは分からない。
少なくとも、他の二つとは違って、意気揚々とこちらに向かってくるような感じじゃなかったけれど、モクモクと吹き出ている煙で僕らをやっつけようとしていたのかもしれないから。
(でも、ちょっと嫌だな……このクラスの中にいる誰かが、夢の中とはいえ僕らに危ないことをしようとしているなんて、あの悪夢は――以前まで見てた夢と違って……特別なものなのに……)
最近よく見ている、あの《悪夢》の何がそんなにも【特別】なのか____。
それは、ずっと昔にかつて見ていた《夢》と違って、痛みや喜怒哀楽を明確に感じることができることだ。
例えば、《夢》の場合であればハチに刺されたとしても痛みなんて感じないし、不快な気持ちをハッキリと抱くことはなかった。
けれど、あの《悪夢》の中では違う。
足を一歩一歩踏み出して前に進んでいく度に砂浜から放出されている熱による纏わりつくような暑さをハッキリと感じることができるし、うっかりと転んでしまった時に痛みも感じることもある。
更にいうと、最近は砂浜を歩いてばかりの道のりだから、めっきりとなくなったものの、以前に帽子屋らと共に茶会を楽しんでいた頃は甘味や苦味といったクレヨンみたいなカラフルなお菓子の《味覚》まで認識することもできていたのだ、と思い出す。
そして、ふと――ある怖い考えが頭をよぎったんだ。
この、クラスの中に――悪魔がいるかもしれないという危機感を。
《悪夢》の中に出てきて、得たいの知れない建物の煙突から飛び出してきた、あれらは――かつて自らの手で生み出した作品たちだ。
そして、それらは全て学校での図工の授業中に作ったものでありクラスメイト(もしくは先生)ならば、あの《悪夢》を通して僕らの存在を消し去ることも可能だ。
とてつもなく怖いから、本当は認めたくなんてないけれど、あの《悪夢》は――《現実》と深く繋がっている。
だから、卵のおじさん――だったパン屋さんの主人であったローズマリーも《悪夢》の中から、突然消えてしまったんだ。
まあ、もちろん明確な理由なんて分からないんだけどさ____。
でも、これだけは分かる。
何者か――おそらくはクラスメイトの誰かが、《悪夢》を通じて、僕らの存在を消し去ろうとしているってことが____。
問題は、それをしようとしているのが――《誰》なのかってことだ。
あーあ………《ママがいる現実》も《怖い悪夢》も、くたくたな僕をゆっくりと休ませようなんてことをしてはくれないんだから嫌になるな。
とはいえ、クラスメイト達全員に『君たち、変な夢を見ていて僕のことを、この世から消し去ろうとしている?』なんて聞けるわけがない。
そんなことを聞いてしまったら、ママだけじゃなくて僕までもが腫れ物に扱うみたいな態度をとられて、今まで以上によそよそしい白い目で見られて――そうしたら、ママの立場がまた危うくなってしまう。
だいいち、下手したら精神病院の檻の中だ。
ママに対して優しく接してくれているクルスさんは、僕にとって特別な存在なのだ。
ママの悪口も、僕に対してよそよそしい態度をとることもない。
おいしいパンだってくれるし、彼はまるで僕らにとって天使みたいな存在____。
(いっそのこと、もしかしたら僕らのクラスメイト達が……あの悪夢を通じて僕らを消し去ろうとしていることを……クルスさんに相談してみようかな……あ、でも____)
ふと、閉じた瞼の裏に――あの日、急に僕の家に表れた【見た目はボロいのに顔はいい酔っぱらいのおじさん】を思い出した。
(あの、おじさん……口は悪いけど――パパのことを知ってたし、悪い人じゃないかも……それに悪魔かもしれないクラスメイトに変な夢のことを話すよりも……あの、おじさんに話してみた方がいいのかもしれない……)
授業の終わりを告げる鐘の音が教室に鳴り響くと、ジンジャーは隣の席で涎を垂らしつつ寝ているミントに脇目もふらずにサッと椅子から立ち上がり、足早に騒がしい教室から出て行く。
そして、《酔っぱらいのおじさん》がいるであろう場所に向かって汗だくになりながらも夢中で魚の匂いに支配されている田舎町を駆けて行くのだった。
気まぐれに見上げた空は、鉛のように灰色で――僕は、とても嫌な胸騒ぎを覚えた。
でも、あの奇妙な悪夢のことを詳しく知るには、いきなり現れた変なおじさんを頼るしかない。
あの変なおじさんなら、パパの昔のことも教えてくれるのかな。
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