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★ パパの知り合いのおじさんと、悪夢と昔のパパこことについて、お話したよ ★

* 学校をさぼっちゃったのは、初めてのことだ。 奇妙な夢のこととか変なおじさんと会ったことで疲れきっていた僕は、お腹が痛いふりをして何とか先生に嘘をついた後でお腹を抱きかかえるような格好をしながら教室の出口へと向かった。 その時、珍しく僕とミントと一緒に授業を受けていたバニラとタイミングよく目が合ったんだけどあまりの気まずさから、すぐに目を逸らしちゃったんだ。 すぐに、皆の好奇の目線を振り切るように勢いよくそのまま廊下を小走りで駆けて行くと人気の少ない校庭に出てから、ようやく安堵して門の方へと歩いていった。 たまに、すれ違う人達に仮病という些細な嘘がばれちゃわないように、ビクビクしながら歩いて行ったのだけれど、俯きながら歩いていたせいで門に向かう途中で誰かとぶつかってしまった。 幸いなことに、ガミガミ怒る怖い先生じゃなかった。 「…………」 名前すら知らない、掃除のおじさんだ。 皆は、面白そうにはやしたてながら【おじさん】と呼んでいるけど、深々と被る緑色のキャップから覗く顔つきを見る限り、そこまで年をとっているようには見えない。 少なくとも僕の目には、だ____。 僕はパパよりも少しばかり若いんじゃないかなと感じているし、何よりも軽いホウキを持っているのが嘘みたいに緑色の作業着の裾を捲って剥き出しになっている両腕に筋肉がついているのが分かる。 「ご……っ____ごめん……なさい……」 「…………」 こちらには目すら向けずに掃除のおじさんは、黙々と掃除を続けているから仕方なく、ぺこりと頭を下げてから門の方へと走って行く。 すると____、 門から足を一歩踏み出した途端に、誰かから軽く腕を掴まれてしまう。 パパがエレメンタリースクールに通ってた時の元クラスメイトで、僕が変なおじさんと呼んでいる男の人だ。 まさか、僕が通っている学校にまで来るなんて思いもしなかったから、戸惑いながらも反射的に足を止めてしまう。 「おい、お前……っ___エディの生意気な息子……お前のことだよ。今は学校にいて授業を受けている時間じゃないのか?何だって、昼間っから、こんなふさわしくない場所に来てやがんだ?サボりなんて知ったら、おめえのママの杏奈が心配すんぞ?」 むわん、と――煙草の匂いがして少しだけ顔をしかめちゃった。スカッとするけど、思わず鼻を摘まんじゃいそうな緑色の葉っぱの強い香り____。 きっと、もう染み付いてしまっているんだと思う___お酒の匂いが染み付いちゃっているママみたいに。 「おじさんこそ…………どうして、ここにいるの?それにママは僕のことなんて、心配していないよ。どっかに行っちゃったパパのことと、町のみんなからどんなふうに思われてるのかってことしか心配してないんだ。あとは、家の中にあるお酒の量が足りているのかぐらいしか____」 しゅん、としてしまった僕に気まずさでも感じたのか、おじさんは一度黙ってしまうと、口に咥えていたタバコを地面へと落として、それを何度か踏み潰した。まるで、かげろうみたいにそこから煙が漂い続けていたけど、それもすぐに消えてしまう。 「まあ……ちょっとばかし、付き合ってくれや。おじさんは、友達がどんどんいなくなって……寂しいのさ」 「で、でも……どこに行くの?こんな……昼間から____」 「おいおい、うってつけの場所があるだろうが――まさか、忘れちまったのか?」 少し考えてから、僕の頭にあの廃工場が思い浮かんだ。 そして、どこからか感じる視線____。 そんな訳も分からない視線のことなんて考える暇もないくらいに、僕はおじさんに腕を引っ張られて、学校を後にする。 端から見れば、誘拐に見えたに違いないよ。 まったく、迷惑なんだから。 だけど、不思議でしょうがないよ____。 その時の僕は、全然嫌じゃなかったんだ。 * この廃工場には、もちろん僕とおじさんしかいない。 とても静かで学校とは真逆だけれど、とても落ち着いて、わざわざ言わなくていいことまで、僕はおじさんへ話しちゃうんだ。 二人きりしかいないのは家でも同じなのに、相手がこのタイムというおじさんと、ママとじゃ全然違う。 頭でいちいち考えなくても、スラスラと自然に言葉が出てくる。不思議なことで、こんなことは親友であるミントやバニラに対してさえも今まで一度もなかった。 「きっと、僕が学校に行っていないのを先生から聞いても知らんぷりするか、『まあ、ジンジャーったら、きっと疲れちゃっていたのよね……そういう時もあるわ。こんな状況だから仕方のないことなの』って優しく見える笑顔ではぐらかされて、ほっぺたにキスされちゃうだけ____そんなことよりさ、おじさんは……こんな薄暗い場所に一人ぼっちで寂しくないの?」 意外なことに、そう問いかけた僕に向かって答えなかった。 その代わりに、かつてエレメンタリースクールに通ってた時代にパパのクラスメイトだった、おじさんはその思い出をポツリと語ってくれた。 「おまえの父親――つまりエディは、そもそも俺らとは別のグループにいたんだ。いじめっ子であるジャックの奴と天使みてえなアレンっていう奴の後ろに子犬みてえに、いっつもくっついててな。俺は、それが何だか無性に気になってた。まあ、ガキの頃だからジャックの野郎がエディをいじめるのは、それほど気になりはしなかったさ。現に、俺だって……お前のパパをからかってた。ただ、ただな____」 「____ただ、何なの?」 少し戸惑いの色を顔に滲ませつつ言葉を一旦は切った、おじさん。 でも、それから少しすると、じっと見つめる僕に観念したといわんばかりに肩をすくめる仕草をする。 そして、おもむろに黒いジャケットのポケットに手を突っ込んで煙草を取り出して、口に咥えると火をつける。 そのあと僕から顔を背けて雲みたいな煙を何度か吐き出すと、灰皿に煙草を乱暴に押し付けて彼がエレメンタリースクールに通っていた時の思い出話を再開し始めてくれた。 「俺が無性に気になってたのは、天使みてえに綺麗な容姿をしたアレンのことさ。エディは、あの頃端から見てりゃ不気味なくらいに同じ年であるアレンに対して心酔してた。アレン、アレンって……目をキラキラさせていっつも後を追っかけてた。だが、エディはアレンを恋愛感情込みで思ってたわけじゃねえ。お前のママである杏奈には悪いんだがな……エディはガキの頃、いじめっ子のジャックのことが大好きだったんだよ。ずっと端から見てたら、嫌でも分かる。そもそも、アレンの奴が来るまではエディもジャックも仲が良かった。しかも、ジャックも……エディのことを____」 と、おじさんは再びここで言葉を切った。 でも、それは僕のせいだ____。 僕が、いつの間にか泣きそうな顔をして――おじさんを見つめてしまっていたから。 「あ~……悪い。こんな話――聞きたくはねえよな?何せ、今やエディは杏奈とお前にとって大事な夫と息子だ。悪かったよ……もう、これ以上は話さない」 「ううん……教えて。今、そのジャックっていう男の人と……アレンっていう男の人はどこに住んでるの?もしかしたら、パパの居場所を知ることが____」 (____できるかも)と、言いかけた矢先にパパのクラスメイトだった、おじさんは急に黙ってしまった。 そして、こう教えてくれたんだ。 「あいつらは……もう、この世にはいない――つまり、だ……とっくの昔に俺を置いてきぼりにして天国に行っちまったのさ」 *

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