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★ 秘密のお話を二人きりで ★

僕が同じ親友のバニラを抜きにしてまで、ミントに話したいのは【パパがいなくなった不安や悲しみ】について吐き出したいからだ。 もちろんバニラを仲間外れにしようだとか、そんなことなんて、これっぽっちも思っていない。 でも、バニラの《パパ》であるローズマリーのおじさん――いや、卵のおじさんはあんな恐ろしい目にあっちゃったから、この悪夢を見始める以前よりも、尚のことガラスみたいに繊細な心をもってるバニラには話したくないんだ。 もともと、バニラは僕やミントよりも傷つきやすくて、すぐに落ち込んじゃうから____。 これ以上、バニラが傷つく姿は見たくない____。 そんなことをしたら、砂糖菓子とかガラスみたいに儚くて無垢なバニラはちょっとしたことでも壊れてしまう。 それだけじゃなくて、何よりも《パパ》のことについては、ミントの方が話しやすいということもあるんだけどね。 ついさっきまでは、砂場の周りに咲き誇るライラックの花の優しくて甘い香りが鼻を刺激してきたけれど、だんだんと噴水広場に近づくにつれて、それは薄れてきて今度は水面の蓮の葉の上に乗っている何匹ものカエルの大合唱が聞こえてきて僕の耳を刺激してくる。 僕は、小さい頃からカエルが苦手なんだ。 『本来なら癒されるための場所なのに、これじゃ癒されるどころか逆に不安が増えちゃうんじゃないかな?』____って、前からミントに言っているのに、ミントは『いいや、俺はこっちの方が落ち着くんだ』と聞く耳を持たない。 それでも、彼はとても優しくて僕がカエルを苦手なことをちゃんと理解してくれているから出来る限り見えにくい場所で待っててくれている。 ふと噴水広場の右横にある木の枝に目を向けてみる。すると、藍色にも深緑色にも見える光沢の羽根をもつ美しいツバメがしきりに体や頭を動かしているものだから、ここを訪れる人々にとって心地いい場所なんだか、そうじゃないんだか、よく分からないとしか言いようがない。 そうしてカエルが何匹もいる噴水から、かなり離れた所にある白い四本柱で赤い屋根が特徴的なガゼボまで歩いていくと、その中にある陶器製の小さなスツールに腰かけているミントの姿が見える。 ミントは、僕の姿にまだ気付いていないみたいだ。 いつものように背筋をピンと伸ばしつつ真っ直ぐキャンパスに向かい、一心不乱に筆を動かしながら、活発そうな見た目とは裏腹に制作しきれていない絵を描いている。 * 確か、僕が初めてここで絵を描くミントを見つけた暑い日のこと__。 『ねえ、ミント……君はスポーツをするよりも絵を描くのが好きなんだね?だって、ほとんど毎日学校が終わると、この公園に来てここで絵を描いてる』 『な、何だよ……もしかして、ジンジャーも他の奴らみてえに俺には絵を描くのは似合わないっていいてえのか?』 『ち……っ__違うよ。ただ、僕は絵を描くのが好きだなんて素敵なことだなって……そう思っただけ。でも、どうしてミントは絵を描くのが好きになったの?』 僕が転校してきたばかりで仲良くなった、ちょっと前のことだけど――今でも、よく覚えてる。 ミントは照れくさそうに、笑いながら――こう答えてくれたんだ。 『多分、俺が絵を描くのが好きになったのは……きっちりしたマトモな仕事につかないせいでマムにどやされて、家を出ていっちまったダディが狂ったように毎日絵を描いてる時だけは生き生きしてる姿を側で、ずっと見てたからなんだろうな……まだ、よちよち歩きの頃だったらしいけどな』 そう言って、少し寂しげに目を伏せたミント。 少しの間、静寂が辺りを包み込む。それでも、すぐにカエルの大合唱が辺りに響き渡ったせいで騒がしくなったんだけど。 それを聞いただけで、余計に暑さが増しちゃった。 額からポタポタと流れ出る、汗____。 でも、ミントはそんなことなんて気にしちゃいないといわんばかりに必死に筆を動かし続けてた。 『俺にも、よく分かんねえよ。でも、おかしいよな……絵を描くのと同じくらいにサッカーだって好きな筈なのに。マムに『私達を捨てたあいつみたいになっちゃうわよ……とにかく絵を描くのなんか止めなさい!!』って喧しく怒鳴られようが、これだけは止めらんねえ。これを止めたら……俺が俺じゃなくなっちまう』 『うん、分かってるよ。ミントは……絵を描くのだけじゃなくて、パパのことも大好きだってことだよね?』 ぴたり、とミントが操ってた筆の動きが止まった。 『____そんなことねえよ。それにジンジャーだって、バニラだって同じことだろうが。まあ、それはともかく、としてだ……もしも、この絵が完成したら……お前にやるよ』 『ありがとう、ミント……』 * 「ミント……遅くなって、ごめん。あのね____」 ミントは、こっちへと目を向けると一度筆の動きを止めて、僕の話を聞いてくれた。 パパに会えない不安____。 急に来たパパの元クラスメイトである、おじさんのこと。 それに繰り返し見てしまう、おかしな悪夢のことも。 パパに会えない不安を話した時や、パパの知り合いのおじさんのことを話した時はミントは慰めてくれたり、「そいつは変な奴だからなるべく関わるんじゃねえぞ」って少しだけ怒りながら言ってくれたのに、悪夢のことに関してだけ何の反応も示してくれなかった。 ミントは僕が見る悪夢のことなんか――何も知らないし興味ないんだ。 まあ、他人の夢のことなんだから、それも当然の反応だよね。 * あまりにも楽しかったから、ミントと話し過ぎちゃった。 もう、そろそろ日が暮れてしまう。 早く、ママがいるお家に帰らなきゃ____。 それに____、 お家に帰ってからは、僕だけの《お楽しみのひととき》が待っている。

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