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ようこそ、ハッピーデイドリームへ――どうぞ楽しんでいってね
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「……っ____!?」
パッと目を開けた時には、見知らぬ光景が目の前に広がっていた。
今までウンザリするくらい見てきた【奇妙な夢の中】で初めて見る光景なものだから、慌てて体を起こそうとした。
それなのに、うまく力が入らず何度か試してみたけれども、けっきょく横たわったまま目だけを動かして辺りの様子を確認してみる。
まず、初めに何よりも奇妙に感じたのは今までには出て来てなかった存在が、僕の顔をまじまじと覗き込んでいたこと。
「えっと……ヒト、ニイ、ヒト、ゴウ…………へいキ?」
ひとつの存在の方が、どことなく不安げな声で聞いてくる。
『ふん……ヒト、ニイ、ヒト、ゴウ……な、なぜ……あのまま、くたばらなカッタ?ここはブガいしゃのくるところデハ……ないというノニ____』
もうひとつの存在が、どことなく怒ったような声で聞いてくる。
「き……っ……君たちはだれ?」
寝起きのようにボーッとしていたものの、すぐ近くで話しかけてくる【存在】へと聞いてみた。
すぐ近くとはいえ、てっきり横たわる僕から少し離れている所にいると思っていた【存在】が眼前にいることに気付いて声すら出ないくらいに驚いてしまった僕は慌てて後退りしてしまう。
そこで、ようやく霧が晴れたかのように頭の中がすっきりとして二ついると思っていた【存在】が――実はひとつしかいないということを理解した。
まるで電球みたいな形の透明な頭____。
奇妙なのは、その頭が二つあるにも関わらず、体はひとつしかないということ。首から下はひとつなのに、頭はふたつある。
それに、透明な頭の表面には赤いクレヨンで文字が書かれてるんだ。
周りの大人達から、まあ可愛らしいと言われている子供のジンジャーにも、頭の表面にどんな文字が書かれているかぐらいは分かる。
だからといって、出会ったばかりの奇妙な存在の頭部にそれが書かれている意味なんて明確には分かるわけがないけれども____。
いつもウンザリするくらい黒板やらノートに書いているアルファベットの【J】と【E】だ。ただ【E】の向きは普通だけれど――【J】の向きはまるっきり正反対に向いていてママの故郷の文字である《ひらがな》の【し】にも見えなくもない。
ただ、体はひとつだから、その点だけは人間である僕たちと比べても変わりはなさそうだ。
僕は戸惑いながらも、何故かその存在に対して危険だと感じることはなかったから、おそるおそるとはいえ手を差し出した。
彼らと、握手をするためだ。
ママは日本人だから、他の人に会った時に時々するんだ。とはいえ、違う国の挨拶である握手よりも基本的にはハグを多くするダディの血も引き継いでるから、たまにしかしない。
でも、この時は自然と握手することを選んだ。どうしてかは分からないんだけど、こうする方がいいんじゃないかって思った。
【E】と書かれた方は、『よ、ろシク』って明るく言いなから手を差し出してくれた。
でも、【し】と書いてある方の反応は違ったんだ。
怒っているっていうよりは、まるで何かを警戒しているみたいに何を言おうともせず、もちろん僕の手を握ろうとはしてくれなかった。
『なかよシ、なかよシ……とっても、いいことダね!!』
『…………』
【E】の言葉を聞いて心があたたかくなり、嬉しくなった僕は、久しぶりに心の底から笑うことができた。
そして、そんな僕の反応を見て【E】の方の片手を差し出してくれる。
僕と握手をしようとしてくれているんだと理解したから引っ込めていた右手を再び差し出す。
そして、その時に【E】の____ううん、正確に言うと【E】と【し】の手の奇妙さにようやく気が付く。
【E】の手はじゃんけんのグーの形で、それに手の平も手の甲も全体が赤い塗料で塗られている。
いっけん、僕たち人間と変わりなさそうな胴体に見えていた。着ている服は青と白のボーダー柄の半袖シャツ、それに黒い半ズボンだし、ちゃんと靴だって履いている。
ただ、少し面白いと思ったのは僕やクラスメイト達がよく履いているスニーカーじゃなくて踵が少し高い黒の革靴だった点だ。
(まるで、大人の男の人みたい____ダディみたいな……)
ぼんやりと思っているうちに、だんだんとダディに会えない悲しさが波みたいに襲ってきた。
こんな時、ミントだったら泣かないということを思い出して何とか堪えようとしたんだ。
でも、僕は強いミントじゃないから結局は泣いちゃって、ただでさえ不機嫌そうな【し】のことを余計に怒らせてしまった。
『あ、くしュ……あ、くしュ____そんなかお……に、あわなイ……』
その言葉を聞いて、涙がすーっと引っ込んだ。
だから、僕は今度こそ【E】と握手しようとした。
『やメロ!!あくシュ、なんテ……するんじゃナイ!!』
【し】の凄まじい怒鳴り声が聞こえるのと、ほぼ同時に今いる場所の真上にあるスピーカーから、けたたましいサイレンのような不快な音が鳴り響く。
そして、僕は意識を手放してしまうのだった。
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