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【変なことを言うね】

それ以来、ぼくの周りで変なことが起こるんだ。 _____ _____ ある日の昼間に、学校の中庭でボーッとしながら雲ひとつない真っ青な空を見上げていたら、視界の隅に黒い小さなものがササッてよぎった。 ぼくは、勝手にそれを虫かなんかだと思って情けない声をあげながらも手で払う素振りをした。 でも、隣にいて一緒に日向ぼっこしてたバニラは不思議そうな顔をしながら、こっちを見てきた。それと同時に、どことなく困った様子で遠慮がちに、こう聞いてきたんだ。   「どっ……どうしたの?」 「なんか目の端に、黒い虫が見えたような気がして___でも、気のせいだったかもしれない」 「ねっ…………ねえ、ジンジャー。もしかして具合が悪かったりしない?」 バニラが急に変なことを聞いてきたものだから、ぼくの方が今度は呆気にとられながら「何でそんなことを言うの?」って尋ねてみた。 さっきミント達と一緒にサッカーで遊んできて、少しだけ疲れていたのは確かだけれども、だからといって動きたくなくなるくらいの熱っぽさとか怠さを感じていたりなんてしていないのに____。 でも、ぼくが本当に驚いたことはその後に続いたバニラの口から発せられる言葉だった。 「だ……っ……だって、ジンジャーったら急に変なことを言うんだもん。び……っ……びっくりしちゃって____だから、その…………」 「だから、何…………?」 バニラのゆったりとした話し方を聞いたからって、そんなことで怒ったりなんかしない。 ぼくは、純粋に理由が知りたかっただけなんだ。 「あ……っ……あのね、この学校の中には、そもそも虫なんて存在しない。それで、ちょっとびっくりしちゃっただけ。どうして、ずっとここに通ってるジンジャーが今更そんなことを言うのか……気になっただけなんだよ」 そう____。 この学校には、虫なんて一匹も存在しない。 でも、虫が大好きな《お花》はあるよ。 この学校の理事長先生のモットーなんだって。 【1、皆に暖かく接し、清らかに】 【2、己を強く保ち、清らかに】 【3、皆に穏やかに接し、清らかに】 【4、己を厳しく持ち、清らかに】 幼い僕らには少しだけ難しい表現だったから、常日頃から授業前に皆で音読する内容の意味を、いつだったか理事長に聞いたことがあった。 『そうだね、お花はとても色鮮やかで綺麗でキミ達の心は見るだけで清らかになる。でも、虫を見たらどうだろうね?残念だけど虫に酷いことをする人達は大勢いるんだ。もちろん、世の中すべての虫を助けるのは無理さ。だからこそ、せめてこの学校の中では助けてあげているんだよ。ジンジャー達も、彼らが可哀想なめに合うのを見るのは嫌だよね?』 「でも、虫がいなくちゃ花も綺麗に咲けないんじゃ…………」 その時、隣にはバニラじゃなくてミントがいた。 ミントの言葉を聞いた理事長は、ニッコリと微笑んでから、こう答えてくれた。 『いいかい、私達はお花と虫のお手伝いをしてあげているんだよ。可哀想な虫を助け、そして中庭に咲く綺麗な花を育てるお手伝いをね。だからこそ……温室があるんだ。私達が、しっかりと管理しているから安心しなさい。おっと、理科の授業は難しいかな?分からないことがあったら、また聞くといい』 理事長先生は、整った顔立ちで目を引く人だ。それに、言葉遣いも生徒とか大人とか関係なく穏やかで多分ここにいる皆に好かれているんだと思う。   まるで、クルスさんのように____。   でも、いつも理事長先生の後ろにいる人は別だ。真夏の昼間でも、常に全身が隠れる黒衣を身に着けている。  何せ一言もしゃべらないから、その人について僕らが分かっていることといえば《大人》で《男の人》ということと理事長と比べれば地位は低いけれども、この学校内においてそれなりの立場が高いということだけだ。 ミントや大抵のクラスメイト達は彼のことを気味悪がっているし、隣にいるバニラだって怖がって彼の姿を目にすると僕の背後に隠れて怯えているけど、僕は変わり者なのか彼に対して余りそういった感情は抱かない。 ______ ______ 次の日のこと。 もうすぐ、お昼の時間だけどサッカーをしていたら遅くなってしまった。 爽やかな風に乗り、運動場にまで漂う調理室で作られる様々な種類のパンの香りが僕らの鼻を刺激する。 慌てて、ミントと一緒に片付けをしていたら――また、変なことが起こった。 それが起きると、時折激しい【めまい】に襲われちゃう。 遊園地のコーヒーカップでめいっぱいにハンドルを回した後におとずれる、あのぐるぐるした不快な感覚___。 幸いにもミントがいてくれたから、すぐに体を支えてくれて横たわってたら、少しして収まった。「ありがとう」って蚊のなくような声で伝えたけど、何故かミントはこっちを見てはくれない。 それは、ミントが心の底から怒っている時の癖なんだ。 「ジンジャー」 ミントが声をかけてくれたけど、すぐに気付くことができなかったのは、また――あの黒い虫が僕の視界の端を音もなくササッと素早く過ったせいだ。   「おい……っ……ジンジャーったら!!」 僕はミントなんてそっちのけで辺りをキョロキョロと見回していたけど、急に大きな声で名前を呼ばれてビクッと体を震わせつつ顔を向ける。 「な…っ………なに……っ__痛いよ、ミント……離して?」 右腕を強めに掴まれて、怯えながら背後にいる彼の方へ振り向きおそるおそる顔を見つめてみる。 ミントが、楽しそうに笑ってる。 でも、その反面では僕のことを怒ってる。 (怖い……っ……まるで、びっくり箱のピエロ人形みたい) 僕が、こんなにも怖がって目に涙まで浮かべているっていうのに。 『このまま__と__』 『………ん……じゃえよ___』 とても____ とても、酷いことを言われてしまった。 あろうことか信じてた筈の親友のうちの一人であるミントに、僕の存在自体を否定し命を脅かしかねない酷い言葉を言われてしまった。 だからこそ、僕は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらミントの頰を叩いて、急いでその場所から走って行ってしまうのだった。 _____ _____

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