16 / 47

旅路6

 目が覚めると、僕からしっかりエディにしがみついて寝ていたようで、そこにまず驚いた。……僕は下着の上から、ボタンを留めていないシャツを一枚着ているだけで、殆ど裸みたいなものだった。  な、なんで!?  エディもシャツがはだけていて直視できない程だったが、僕と違ってエディはズボンをしっかり身に着けていた。それを見てちょっとホッとしてしまう。    ……一体、どうしてこうなったんだろう?    確か昨日は……イツラで宴会があって……?  なんだか、凄い……御馳走が出て……  不思議な甘い飲み物を飲んで……  それから……    夢を、見ていたような……  ……あれ、どんな夢だったっけ。    僕は羞恥を感じる前に何だか不安になってエディを起こした。エディは寝顔も綺麗だけど、暖色のオッドアイがゆっくり現れるのは……なんて言えばいいのか……待ち遠しかった夜明けのような……そんな印象がある。いや、今は見惚れているじゃない。   「エディ、エディ」   「ん……?フィル、起きたのか?」   「あの、あの……僕はどうしてエディと一緒に寝ているんですか?」   「…………まさかとは思うが、覚えていないのか?」   「昨日、僕、お酒飲みました?」   「…………ああ。かなり……飲んでいたな」   「僕、何か……しました?」   「………………いや……大したことは……」  遭遇したことのない間の取り方をするエディを見て、僕は冷や汗をかいた。絶対なにかあった。僕が何かしたんだ。  お酒を飲んで、何かをやらかして、その記憶がない――……   「エディ、ごめんなさい。多分僕、何かすごく迷惑をかけたんですよね!?」   「…………め、迷惑というわけでは……それより本当に何一つ覚えていないのか?」   「お酒を飲んでからの記憶は……一切ないですね」   「そうか……良かっ……いや、残念……ッではなく」    エディが言い淀んでいる。この時点で僕の何かしらの過失があったことは決まったようなものだ。  一体何をしたのか、確認しなければ。   「え、エディ。僕は何をしたんですか?」   「何を……いや……そう……特には……」   「エディ……大丈夫です。ちゃんと言ってください。僕は何を言われてもしっかり受け止めますから!」   「ま……待ってくれ、フィル。俺も……少々、混乱していて」   「エディも……?まさかエディも覚えていないんですか!?」    僕が驚くと、エディは僕を見て何度か瞬きをした。ちょっと考えるような素振りを見せてから、ゆっくりと頷く。   「あ……あまり……覚えていないな。うん……」   「……本当ですか?」    あまりにも不自然だったので真剣に目を見て問い詰めると、エディは少し眉間を揉んでから、笑顔を作った。   「断片的に覚えているんだが、聞きたいか?」   「は、はい!他の人にも迷惑をかけたのなら、謝りたいので……」   「では……」    そう言ってエディの顔が段々近付いてくるのを、僕は間抜けにも見守っていた。唇が触れ合って初めてそこでキスをされたのだと気付く。   「んっ、……ぇ……ええ!?」   「酔って……こうやって、キスの練習をした」   「うそ……」   「因みにフィルからしてきたからな」   「そんな……」    僕は停止しそうになる思考を奮い立たせて、エディに謝った。   「すみません!そんな……そんなことを……」    僕、王子様になんてことしちゃったんだろう。  いつもなら顔が熱くなるようなことをしているのに、今は血の気が引いて冷たくなっていく気がする。   「フィル、今のは……嫌じゃなかったのか?」   「え?あ……嫌ではないですが、申し訳なくて……」    王子様にキスをされて嫌だと言える訳もない。同性だから不快とかそういうものも……意外となかった。というか……そんなこと思う資格、今の僕にはないと思う。  いや、この場合……エディが僕からされて嫌だったとかそういう話なんじゃ……!?   「あ、その……ええと……本当に、すみません……僕、なんてことを」   「フィル、大丈夫だから顔を上げて。落ち着いて。嫌でないのなら良かった。むしろ酒の勢いでしてしまって良かったかもしれん。最終的に、これに慣れなければいけないのだからな」   「あ、あぁ……そう、でしたっけ?」    確かに儀式か何かですることもあると聞いたような気がする。   「魔力を流さないように触れることはお互いの努力と練習が必要だ。フィルは同性とするこういった行為に抵抗があったんだろう?嫌悪感が薄れるきっかけになって良かったと思うことにしよう」   「あぅ……」    いや……本当に良かったのかな……?そう疑問に思ったけれど、エディがこれで良かったと言っているのだから、もうそのまま納得する外ない気がする。僕の方には一切記憶がないのだから確かめようもないし、どうすることもできなかった。  しかしエディの言うことは信憑性もあった。酔った勢いでキスした所為なのか、僕は以前ルドラにされたときのような拒絶反応をエディに起こさなかったのだ。あのときは当然、流れ込む魔力に対しての拒絶もあったけど、同性にキスをされたこと自体にも嫌だと感じていた。    でも先程はそれがなかった。エディに何かをされて拒絶したり、不快感や、まして嫌悪感を抱くことがあったところで、それを表に出せる立場でもない。けれど、実際それはなかったのだ。どうしてだろう?エディの王子様補正か何かだろうか……でもこれはエディの言うように、儀式のためのキスを克服するチャンスなんじゃないか?  実際に魔力を流さない触れ合いというのは練習すべきではあるんだろう。  しかし、僕が平気だからといって、エディも同じだとは限らない。今一度確認しようと僕は口を開いた。   「……あの、エディは……嫌じゃなかったんですか?」   「俺は……大丈夫だ。むしろフィルが平気そうで嬉しい」     困ったように笑うエディを見ていられなくて、僕は目を逸らした。引いていた血の気はとっくに戻って来ていて、自分の心臓の音もうるさくなっている。まるで耳元で鳴ってるみたいだ。  僕は耐えきれなくなってエディの腕の中から抜け出した。    二人で起き出したところで、ふとテーブルの上に昨日の僕の服が丸めて置きっぱなしになっていることに気付く。自分に呆れつつもせめて畳もうと手を伸ばすと、エディが慌ててそれをひったくった。 「エディ……?」   「あ、いや……洗濯は俺がやろう。フィルはシャワーを浴びておいで。介助が必要ならラロを呼ぶが」   「いえ、一人で平気ですが……ちょっと待って下さい。洗濯って?そんなに汚れているんですか?」   「っそ……そう……昨日酒とか……料理を零したんだ。それも覚えていないのか?」    探るような目付きで言われて、僕は力なく首を振った。   「昨日のことは……お酒を飲んでからは全然覚えてないんです。……僕、汚した上に出しっぱなしにして……すみません。洗濯は僕が。自分でやったことですから」   「フィル……洗濯は俺がやった方が早い。気にしなくていいから、早くシャワーを浴びておいで。昨日ある程度は流しておいたが……」   「ま、まさかエディが僕を洗ってくれたんですか!?」   「そ、そうだ……ああ。だが流石に片手では上手く洗えなくて……少し壁に……ぶつかってしまったようだ。フィル、どこか体が痛むところはないか」    そう言われたので軽く腕を回して体の調子を確かめる。    「……うーんそうですね。背中と腕が……少し痛い、かな?後は何だろう、腰のあたりがいつもより怠いような……」   「っごほ」    僕がそう言うと、何とエディが噎せた。僕は慌てて駆け寄ってエディの背に手を添える。   「だ、大丈夫ですか!?」   「……っ平気だ。そ……それよりフィル。痛むところがあるなら軽く治癒もしてくるといい。疲れたら馬車の中で休んでいて構わないから」    エディにやんわりと背を押され、僕は大人しくシャワーを浴びることにした。エディにまたなんて迷惑をかけてしまったんだろう。申し訳なくて心臓が潰れそうだ。  ちらりと振り返ったエディは噎せた所為なのか目元が赤く、それが妙に色気があって、僕は目が合う前にサッと視線を外した。今のはだめだ。今度は別の意味で僕の心臓が潰れてしまう。    シャワーを浴びつつ治癒をしている間にラロがきて、着替えを用意してくれていた。それに着替えている途中でルシモスも来たので、朝食の前に診察を済ませることになった。    「フィシェル様、体調はいかがですか?昨夜かなりの量のお酒を飲まれていたようですから……頭痛などが残っていたりはしませんか?食事はとれそうですか?」   「……昨日はすみません。僕、酔っ払ってからの記憶がなくて……でも身体は平気です。さっきはちょっと背中とか腕が痛かったので、軽く治癒しました。その所為か若干身体が怠いかな、くらいです。ご飯は問題なく食べられると思います」    僕の返事でルシモスが顔を顰め、エディの方をじっと見たけど、エディはそれに苦笑を返していた。  診察が終わり、再びラロに支度を手伝ってもらう。   「ねえラロ。昨日僕、どんな感じだった?全然覚えてないんだ」   「き、昨日ですか?大変お可愛らしく……ええと……殿下にべったりで……あっ」    ラロが口を押さえて目を逸らす。   「エディに、べったり……?」    べったりだったと言われて、僕は微かに昨日見ていた夢を思い出した。誰かに……ずっとくっついていた夢だ。  寂しかったけど、暖かいもののそばにいると安心した……そういう曖昧な夢の記憶。つまりそれは夢じゃなく、現実で僕は寂しいと言ってエディにしがみついていたんじゃ……?  僕は思わず手で顔を覆った。急に動いた僕に、ベールを取り付けてくれていたラロが慌てる。   「フィシェルさま、動かないで下さい〜」   「あっごめん……恥ずかしくて、つい……皆にも迷惑をかけちゃったかな」   「いえ、迷惑という程のことは……大丈夫ですよ。……あ、そういえば……布屋へは僕が代わりに行ってまいりました。本当はフィシェルさまご自身でお決めになられたかったでしょうけど……」    ベールを付け終わったラロは、僕に買ってきた品物を見せてくれた。様々な色糸にボタン、この村で一番上質な生地たち。量も僕が思っていたより遥かに多い。   「えっこ、こんなに!?使いきれるかな……」   「全部お使いになる必要はないかと……不要でしたら他の街で売却致しますので。テアーザまで行けば、もっとフィシェルさまの興味を引くものもあるでしょうし」    と、言われたものの……そのまま売ってしまうよりは、何か刺したい。  馬車で移動中に針を扱うのは危ないし、乗り物に酔うと言われて刺せないので、その他の時間をできるだけ刺繍にあてよう。ラロには申し訳ないが、休憩ごとに道具を持ってきてもらうことにした。    見送りに来てくれた村長さんたちに昨夜の失態を謝罪すると、みんな顔を真っ赤にして首を左右に振った。それだけで僕が余程恥ずかしいことをしてしまったのだと分かる。僕は何度も謝って、馬車に乗り込んだ。  本日の同乗者はエディらしい。   「今日は野宿だ。その後は何事も無ければ毎日街まで着ける」   「あ、そうなんですね。野宿かぁ……王国の魔導師さまたちが一緒だと、お風呂に入れない以外は全然野宿って感じがしないです。幕屋もしっかりしたものでしたし」   「まあ……そうだな。リグトラントの魔導師は皆優秀だから」    中でもエディはとびきり優秀だ。僕はいい機会だと思ったので、エディに魔法のことを聞いてみることにした。   「そういえばエディって、光属性の魔法はあまり使いませんね」    暖色のマーブルの隙間で揺らめく黄色のラインを視ながら話したけれど、それが驚いたように跳ねる。 「……そうか。フィルには見えているんだったな」   「あ……はい。すみません。最近はあまり視ないようにしていたんですけど……ベールも、エディが考えてくれたんですよね?」   「ああ、そうだな。光は……俺には扱いが難しいんだ。だから俺は理論は組めても、火や地ほど繊細にコントロールできるわけではない。まともに使えないと言ってもいいだろう」   「それで前に使える魔法を尋ねたときに、火と地に属するものならって言っていたんですね」    それにエディは熱砂の騎士王子と呼ばれていると聞いた。その異名にも光は入っていない。   「例えば……夜の戦場を昼間のように照らせと言われればできるんだが……フィルのベールのように繊細なものは作れない」   「規模が……すごいですね……」    僕なんて自分一人をどうにかするだけで精一杯なのに。僕がそういうと、エディも僕の魔法に興味を示してきた。   「フィルこそ、変わった魔法が使えると言っていたな。身体が元気なら是非とも見てみたいものだ」   「是非とも、ですか……えーと……多分、今エディの目の前でやっても効果が薄いんじゃないかなぁと……」   「そうなのか?どうすればいい?」   「うーん、そうですね……目を瞑って耳を塞いでもらっていいですか?しばらく経ったら目を開けてください。その後、僕を魔法無しで探してもらえますか」   「ああ、分かった」    するとエディは石の耳栓を作ってみせ、目を閉じた。  僕はおへその前で手を組んで、集中する。  音を立てないように慎重に、先程まで座っていた座席の真ん中から隅の方へ移動し、縮こまる。後はできるだけ存在感を薄くするように意識を集中させ、緊張する心臓を落ち着かせるように小さく息をした。    暫くしてエディが目を開け、耳栓を外すと、僕がいたところを見て驚いて瞬きをしていた。真っ先に馬車が走り続けていることを確認するので、笑ってしまいそうになる。  エディはきょろきょろと馬車内を見回すが、僕のいる隅の方は見ようとしない。そういう魔法なのだ。本当は見えているはずなのに、意識から僕が外れてしまう。  エディは自分の座席や空中に手を伸ばして、僕を捕らえようとする。しかしそれも僕には届かない。暫くそれを繰り返し、エディはハッと僕のいる方を見た。気付かれてしまった。  広い場所ならバレにくいけれど、母さんに僕の魔法の効果を試しているときも大体同じだった。  狭い空間だとどうしても、不思議と自分の視線が向かない方向があることに気付いてしまう。そうなれば、あとは時間の問題だ。   「流石に、エディは速いですね。母さん相手だともう少し誤魔化せたんですけど」   「フィル……居なくなったかと思った」    大真面目な顔で言って僕を抱き締めるので、僕は堪らず笑ってしまった。   「ふふ……こんな動いている馬車の中で居なくなったりできませんよ」    組んでいた手を外して魔法を完全に解くと、エディは僕の隣に腰を下ろし、あからさまにホッとした表情をした。   「他人に魔法を使われてこんな思いをしたのは初めてだ」    エディが僕の手を取って不思議そうに眺める。僕はずっと笑っていた。   「ふ、ふふ……僕も、エディがまさかこんなに焦ってくれるとは思いませんでした」   「フィル……すごい魔法だな、これは。疲れはないのか?」   「今は大して疲れていません。短い間でしたし。それに、音を立てたり派手に動くとすぐ見つかってしまいますよ。探索系の魔法にも弱いです」   「対象は自分だけか?」   「いえ、直接手を繋いでいれば……僕と……後二人くらいはいけると思います。でも三人になるとそれだけ情報が大きくなりますから、効果は短く薄くなります」   「なるほど……では後で試してみるか。ルシモスを脅かしてやろう」    風を操るルシモスはまさにこの魔法の天敵だ。エディと僕の二人分だし、エディは派手なので上手く隠せるか心配だったけれど、僕は話に乗ることにした。    結果として一番ダメージを与えてしまったのはラロだった。  昼食時に、エディが次に降りるときはルシモスに来てもらうよう予め声を掛けていたものの、夕方扉を真っ先に開けたのはラロだった。  ラロは馬車の中を見て素っ頓狂な声を上げて、慌てたルシモスにしばらく声を消された。落ち着いてから声を戻されたラロは冷や汗をびっしょりとかいていて、僕が耐えきれなくなって魔法を解除した。   「ラロ!ごめん!ちゃんといるよ!大丈夫!」   「ふぃ、ふぃしぇるさま……」   「今のは、フィシェル様の魔法ですか?驚きました。眼鏡越しにも見えない物なのですね」    僕にはルシモスの冷静な分析は殆ど聞こえていなかった。馬車を降りて、へなりと崩折れたラロに駆け寄る。   「び、び、びっくりしました……フィシェルさま……」    ラロが僕の存在を確かめるように手を伸ばしてきたので、僕は堪らずラロを抱きしめた。ベールが縒れて肌が痛いところもあったけれど、気にならなかった。   「ごめんね……ラロ。驚かせちゃって」    ゆっくりと身体を離すと、なんとラロは泣いていた。僕は猛烈に反省した。なんて可哀想なことをしてしまったんだろう。  しかし謝る僕とは対照的に、ルシモスは冷静だった。   「ラロ。貴方はフィシェル様が……例えば拐われるなどで本当に姿が見えなくなった場合も、その様に取り乱して大騒ぎをするんですか?あの家の従者教育とはその程度ですか」    僕はあんまりだと思ったけれど、ラロはハッと息を飲んで涙を拭き、僕と一緒に立ち上がった。   「もっ申し訳ありません。全てぼくの……未熟ゆえです。フィシェルさま、取り乱してしまい……大変失礼いたしました」   「そんな……悪いのは僕なのに」    ラロはゆっくりと首を振って笑顔を作った。   「いいえ、フィシェルさまの魔法のお力をお教えいただき、ありがとうございます。大変素晴らしい魔法でした」   「面白いだろう。俺も初めて見た」   「殿下……貴方は反省して下さい……」    エディは笑っているし、気遣わしげにラロは僕の手を取ってくれている。ルシモスはエディに呆れつつも僕の魔法を興味深く思っているようだった。        夕食後、ルシモスの診察を終え、ラロに手伝ってもらって身体を拭いたあとは、幕屋で一人黙々と刺繍をしていた。エディは会議だと言って席を外している。僕はラロが置いていってくれたお茶を時折飲みつつ、エディに頼まれた図案を刺している。  僕が刺したかった赤とオレンジ、黄色の花柄は、元々小さいものに刺していたのですぐに出来上がってしまっていた。自分で自分に御守を作るのも変な感じだが、これを懐に入れていると落ち着く。  エディにはどんなものが欲しいか直接聞くことにした。   「どんなものでも。ただ、そうだな……この白兎は毎回必ず入れてくれ」    ……と、言われてしまった。あの小さな巾着袋を撫でながら……  信じられない事だが、エディはあれを持ち歩いている。そこで僕は危機感を覚えたのだ。田舎の村人が普段使いできるようにと作ったものよりも、もっと……王子が持つに相応しいものを渡さなければと思った。そこで僕はイツラで購入した比較的上質で吸水性の高い布地を使い、取り急ぎハンカチを作って渡すことにした。これなら簡単だしすぐにできるはずだ。  実際、矢のような速度でそれは完成しつつあった。縁取りを丁寧に縫い合わせ、赤とオレンジのラインを入れ、黄色の野草と白兎を隅に刺した。  白兎をなぞりつつ、僕は出来上がりを確かめた。色が薄い生地だったので、野草と兎は濃い赤の糸で縁取りをした。それが妙な心地だった。  白兎は僕と同じ色だ。それをエディが指定してきたということも、この不思議な気分の原因の一つだと思う。    エディが幕屋に戻って来てからそれを渡すと、目元をほんのり赤くして喜んでくれた。   「フィル、ありがとう。大切にする」   「そ、そんな……こちらこそ使っていただけるなら嬉しいです。でもハンカチですから、汚れとかは気にしないで下さい。またたくさん縫いますから」    エディが僕の頭を撫でてから上着に手を掛けたので、僕は咄嗟に俯いた。着替えを見るわけにはいかないと思ったのだ。  今朝ちらりと見てしまったエディの上半身を思い出す。これで恥ずかしくなるなんておかしな話だ。僕の家でも上半身が裸のエディは見たことがある筈なのに。あのときは着替えがなくて本当に申し訳なかった。  今思えば、エディはものを簡単に乾かせるのだから、先に洗濯をして自分の服を着てもらっていれば良かったのに。とはいえ当時は王子様なのに悪いなという思いがあっただけで、男同士だしエディの裸が気になったりもしなかった。  他人の着替えをじっと見るのが不躾だとは分かるけれど、今更どうしてこんなに僕の頬は熱くなっているのだろう。   「フィル」   「あ」    上着を脱いだエディが僕のベールを上げ、顎をとってそっと上向ける。僕が間抜けにもぽかんと開けた口にエディが唇を重ねてきた。   「ん!?んっぅ」   「……赤いな」    そっと顔に手を添えられて、僕はいよいよ顔が真っ赤になり、エディの顔を見ることができなくなった。綺麗なオッドアイは見たいのに、とてもじゃないけど見れない。その瞳に僕が映っているのだと考え始めると目眩までしそうだ。 「エディ……僕」   「フィル、そんなに顔を赤くして……まだ慣れないか?」   「む、むり、です……っ」    これに慣れる日なんてくるのだろうか。いや……慣れるどころかどんどん悪化している気がする。むしろ出会った日の頃の方がそういうものだと受け入れられたんじゃないかとすら思う。   「不意打ちにも魔力を流さなかったな。練習の成果が出てるんじゃないか」    僕の熱い頬を優しく撫でて、エディは僕から離れていった。  そうだ。これは練習。心臓がドキドキしている方がどうかしている。  エディはちゃんと僕を気遣い、半身のフリをする役割に徹してくれているんだ。僕も恥ずかしがらずちゃんとやるって決めたじゃないか。  僕は深呼吸をして、裁縫道具を片付け始めた。      

ともだちにシェアしよう!