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旅路7
最後の野宿から三日ほど経ち、エディとの練習にも、馬車の旅にも随分慣れたと思っていた。しかし翌日テアーザに着くというところで僕は熱を出してしまい、一つ手前の宿場町、サパタで一団を足止めすることになってしまった。
幸い熱はすぐに下がったものの、一日は安静にするようにとルシモスに言われ、僕はその日は大人しく休んだ。大事をとってもう一日滞在するというので、僕は豪華なホテルの一室で裁縫に勤しんでいた。
ホテルについては……うん、もう何も言うまい。そもそもエディは王子様なのだから、町一番のホテルの最もいい部屋に泊まるのは当たり前のことなのだ。それが僕にとってどんな贅沢であっても。
僕が体調を崩してしまったのは、単純に広くて柔らかいベッドで上手く眠ることが出来なかったからだ。寝心地は今まで経験したことがないようなもので、初めて横になった日はベッドに沈んで底が抜けるのではないかとずっとドキドキしていた。枕も妙に高くてふかふかで落ち着かない。
日に日に豪華になるベッドに少しずつ睡眠不足に陥っていた僕は、サパタでとうとう限界を迎えた。
僕は情けない気持ちになりながら、昨日ようやくルシモスとラロにそれを打ち明ける事ができた。
――もっと早く二人に伝えていれば何かしら対策をしてもらえただろうに……
そう自分でも思うけれど、「ベッドが豪華で眠れません」と打ち明けるのは、僕にとって中々勇気のいることだった。王都育ちの人に囲まれて旅をしていると、自分が如何に世間知らずの田舎者かを毎日意識することになるので、少しコンプレックス気味なのかもしれない。
でも、取られた対策は何故かエディと一緒に眠ることだった。
「フィル、今日から必ず一緒に眠ろう」
そう宣言されたときの僕の動揺は凄まじいものだったけど、でもよく考えると旅に出てから眠れなかった日は、エディと別々のベッドだった。それに気付いてからはむしろ、動揺というより放心した。こんなのまるで子供みたいだ。
確かにエディの腕枕は程よい高さだったし、僕より遥かに暖かいエディの体温にくっついているととても安心した。それに、エディにおやすみと言われて目を閉じると、何故か考える間もなくいつの間にか眠っている。
でも王子様にこんなことばかりさせてしまって……本当にこれでいいんだろうか……
刺繍をしながら、僕はまたエディのことを考えていた。刺しているものが専らエディの為の物だから仕方ないとは思う。僕は部屋で一人ため息をついた。
今日エディは少し用事があるそうで、午前中は外に出ている。昼食は一緒に食べてくれるらしい。ふと時計を見ると、そろそろいい時間だ。僕は裁縫道具を一度片付けて、エディが戻ってくるまでソファに座って目を休めていた。
「フィル……?眠っているのか?」
「いいえ……ちょっと目を休めていただけです。おかえりなさい」
「ああ、ただいま。そろそろ昼食にしよう」
エディが僕に声をかけている間にも、ホテルの部屋に昼食が運ばれてくる。
僕は名前も分からない豪華そうな料理をラロに取り分けてもらい、少しずつ食べながらエディの話を聞いていた。
「え……ルドラ、先に王都へ行っちゃうんですか?」
「ああ。元々テアーザへの滞在も、俺たちに比べてルドラは短い予定になっていた。もう騎士学校の夏季休暇は終わっているからな。転入するなら早いに越したことはない」
「そうなんですか……」
「では見送ろうか」
「あ、はい。いつですか?」
「昼食後すぐだが……俺の部下二人とそれぞれ馬に乗って向かうので、馬車よりも速い。その為午後出発になったんだ。ああ、そんなに急いで食べなくてもいいよ、フィル」
「は、はい……」
僕は慌てて手にとっていたパンの塊を、静かに小さく千切った。
ルドラを見送るため、エディ、ラロとホテルの一階へ降りると、ロビーで待っていたルドラが僕に気付いて駆け寄ってきた。
「フィー!熱出したって聞いたぞ。もう大丈夫なのか?」
「うん。もう平気。ルドラが出発するって聞いたから見送りにきたよ」
この旅でルドラも随分……成長……したのかな?しかしルドラが高級なホテルのロビーを駆け抜けた事に、やんちゃ坊主に同行する騎士二人と、僕たちを待っていたルシモスが早速呆れた顔をしている。僕もベールの下で苦笑した。
「フィー、オレ……ちゃんと強くなるから」
僕がルドラを見上げると、ルドラは顔を赤くしながらも僕とちゃんと目を合わせてくれた。
「大変だと思うけど……頑張って、ルドラ。僕も自分にできることを頑張るから」
ちょっと迷ってから、ベールの下から手を差し出した。ルドラは一瞬躊躇ってから、震える手でそっと僕と握手をした。
その後外に出て、馬に乗って走り出すルドラ達を見送った。ルシモスは最後までルドラに小言を言っていたけれど……ルドラはあんな調子で騎士学校でうまくやっていけるんだろうか?
僕が手を振り終えると、エディはその手を捕まえて、僕をホテルの中へ誘導した。
「殿下……流石に大人げないですよ」
ルシモスがこちらに向かって呆れたような声を出す。
僕が気になってルシモスを振り返ろうとしたとき、エディが先に怪訝な顔で振り返る。僕もその視線の先を追うと、ルシモスが既に不思議そうな顔で道の先を見ていた。
「お二人とも、どうしたんでしょう?」
「何かあったのかな……?」
僕とラロは二人の行動の意味がわからず、顔を見合わせた。
エディが言うには、遠くからかなりのスピードで馬車が走ってくるようなのだ。……このホテルを目指して。
馬車はホテルの入り口を通り過ぎ、かなりオーバーしたところで止まった。僕の目にはよく分からなかったけれど、他の三人には馬車の模様で中の人物が察せられたらしい。
ラロは僕の手を取ってさり気なくエディから離し、ルシモスはエディと困った顔で会話をしている。
「ラロ……一体誰なの?」
「恐らくエドワードさまの……婚約者候補だった御方です」
僕は目を見開いた。ホテルの入り口のガラス扉を、ふわりとした真っ赤なドレスを着た女の子が開け放つ。ドレスを着た人は旅の途中で何人か見掛けて、ラロに種類まで教えてもらっていたけれど、あんなに派手なドレスの人は見た事がない。
女の子は、くるりと長い明るい茶髪をばさりと払ってエディの元へ駆け寄った。
「エドワード様!」
僕はエディの斜め後ろでその女の子の体格に圧倒されていた。僕より背が高い!身体も結構確りしている。とはいえちゃんと女の子の体型ではあるのに、僕より遥かに強そうだった。思わず魔力を凝視する。パウロさんに似ているけれど、遥かに多い土の魔力。
「これは……アーニア・シーメルン嬢。随分と慌てているようだが、どうされた?」
優雅にお辞儀をして、エディは差し出されたアーニアの手の甲に唇を近付けた。それを見て、僕の手先がスッと冷たくなる。どうしてこんなに嫌な気分になるのか、自分でもよく分からなかった。
「わたくし、エドワード様をお迎えに上がりましたの。もう半月近く留守にされているんですもの!」
「それは……私の至純殿を探していたから」
「聞きましてよ!でもきっと今回もニセモノですわ。リグトラント王家の財を狙う不届きな田舎者に違いありません。そんなことの為にエドワード様御本人が出向かれる必要はありませんわ!さ、エドワード様。王都へ帰りましょう」
エディは首を左右に振った。それから柔らかい笑みを浮かべて僕をアーニアに見せるように立ち位置を変える。
「アーニア嬢、紹介しよう。至純のフィシェル・フィジェット殿だ。魔力は実際に透明であると証明が済んでいる。お身体が弱く、特に目が光に弱い為、ベールをしていることをご理解いただきたい」
僕はエディに視線で促され、アーニアに向かってお辞儀をした。
「初めまして。フィシェル・フィジェットです。ベールのままで失礼します」
「あ、アーニア・シーメルン……ですわ。まさか……本物の至純様が見つかるなんて……大変失礼を……」
アーニアはよろよろと後退り、困惑した表情でエディを見た。
「では、わたくし達は……」
エディは申し訳なさそうに頭を下げた。
「私の勝手な都合で申し訳ないが、至純殿が見つかった以上、当初の約束通り婚約者候補の方々との話は無かったことになる。すまない」
「そんな……」
アーニアの魔力は絶望でぐちゃぐちゃだ。悲しみ、失望、落胆……自分から覗いておいてこんなことを言うのもおかしいが、とても視ていられない。
どうしようかと困っていると、ルシモスがアーニアに声を掛けた。
「アーニア様、これから馬車でお戻りになられる訳にもいかないでしょう。本日はこちらにお泊りになられてはいかがですか。よろしければお部屋の手配を致しますよ」
「あ……そう……ですわね。お願いいたしますわ。わたくしは、御者に伝えてまいります……」
アーニアは最初の勢いがすっかり削がれて、ふらふらとホテルの外へ出て行った。ルシモスが、事の成り行きを見守っていたホテルのフロントに声をかけ、部屋を用意させる。
暫くしてアーニアは侍女を一人伴って戻ってきた。
「お部屋は最上階の一つ下、貴族の方々用のお部屋にいたしました」
ルシモスが鍵を侍女に渡し、僕たちも一緒に魔導昇降機に乗って上階へ向かうことにした。
一つ下で降りる二人を見送り、僕たちは最上階の部屋へと戻ってきた。ルドラを送り出すだけのはずが、何だかとんでもないことになってきた。
「……どうなさいますか?」
部屋に入るなりルシモスはそう言った。エディがため息をつく。
「そのまま帰す訳にもいかん。アーニア嬢は素質に優れているが、まだ成人前の令嬢だ。王都まで我々に同行してもらう」
「それがよろしいと思います。そうですね……夜はホテル側に言って晩餐会に致しましょう。少人数で行えますし、良い機会です」
「ああ、そうだな。晩餐会の形式を取るが、小さめの個室で話しやすくしてくれ。フィルも大丈夫か?ラロやルシモスから少しずつ作法を教わっているとは聞いているが」
「あ、晩餐会って僕も出るんですか?」
ぽかんと返事をする僕に、ラロが教えてくれる。
「ご同行なさるということですので、フィシェルさまとアーニアさまの親睦を深める為の晩餐会ですよ」
僕はようやく納得がいって驚いた。
テーブルマナーというものがあるのはずいぶん前に聞いたし、少しずつ「こういうときは、こうするんですよ」という感じで話を聞いてはいるけれど、いきなり実践ができるはずもない。
途端に顔を青くした僕に三人とも困った顔になる。
「……フィシェル様は病み上がりですし、また今度に致しましょうか?」
「も……もう元気だし、そもそも昨日だってちょっと熱っぽかっただけで……ただ、う、上手くできるかが心配で」
「大丈夫ですよ、フィシェルさま。僕もお手伝い致します」
「そうですね。目が悪いとお伝えしてありますし、ラロの手伝いがあってもいいでしょう。それに、フィシェル様はお母様の教育のお陰か、食べ方も綺麗で基礎はありますから、後は慣れです」
最終的に僕は頷いた。ラロが早速「ぼくはご準備の為に少し外させていただきます!」と部屋を飛び出していく。ルシモスもアーニアやホテル側に晩餐会の事を伝えに退室した。
エディと二人になると、僕はふぅ、と息を吐いてベッドに腰掛けた。エディが苦笑しながら隣に座る。
「驚いた。まさかアーニアが来るとは」
「すごく……活発そうな方ですね」
僕が言葉に悩みながら評すると、エディはアーニアについて少し教えてくれた。
アーニア・シーメルンは、シーメルン侯爵家の次女で、僕と同じ歳。シーメルン家は地属性の魔力に愛されていて、中でもアーニアは膂力にも優れ、今年の春から騎士学校にも通っていたそうだ。だが学校は夏季休暇に入るときに辞めてしまったらしい。
「どうして辞めてしまったんでしょうか……」
「俺も詳しくは知らないが……女性はあの場所では生き辛かったのだろう。才能に身分や性別は関係ないというのにな」
「あ……ルドラのときに言っていた、いじめとか……そういうことですか?」
「恐らくは。まあ本人が話題にしない限り、あまり触れぬ方がいいな」
「はい。そうですね……」
少しばかりの沈黙の間に、僕はアーニアがやってきた場面を思い出していた。そういえばあの時確か、アーニアの手を……
僕は気になった仕草の意味を確かめようとエディに向き直る。
「……あの……さっき、手に……し、してたのは……?」
「ん?ああ……あれは挨拶だ。貴族以上の男性は、女性に手を差し出されたら皆ああする。口は手の甲に近付けてみせるだけで、本当にくっつけている訳じゃない。実際にする人もいるだろうが……フィルも服装によっては、手を差し出せばきっとされるぞ」
僕はシーツをぎゅっと握り締めた。何がこんなに胸をざわめかせるのか、自分の気持ちがよく分からない。エディは強張る僕の手を取って顔前に持ち上げた。
「そういえば、この練習はしたことがなかったな」
「エディ……あッ」
ちゅ、と態とらしく音を立ててエディが僕の手の甲に唇を押し当てた。それだけで冷えた指先に熱い血が流れ込む気がする。
「ほ、ほんとにするわけじゃないって……さっき」
「……する人もいる、と言っただろう?俺が実際に口付けるのはフィルだけだ」
「そ、れは……」
――半身のフリをしなければならないから?
思わず尋ねようとした疑問を、僕は慌てて飲み込んだ。そんな当然のことをどうして今更聞こうと思ったんだろう。
「ずいぶん、手が冷たいな」
「あ、ぇと……」
「……フィル、ラロが戻ってきたらきっと暫く練習できなくなってしまう」
「エディ……?」
「もっと触れたい。いいか?」
「あ、ぅ…………は、はい……」
エディの手が僕のベールを上げる。
晩餐会ということは、イツラでの宴会のときのように、ラロがベールをつけ直してくれるはすだ。だから、大丈夫……そう考えて、自分は一体どこまで想像しているのかと恥ずかしくなった。
エディが僕の頬に手を添える。僕はエディと視線を絡め、近くなる赤とオレンジに見惚れた。
「ぅ、んっン」
肩に添えようとした手を捕まえられ、ぐっと握られる。エディに唇を吸われるたびに指先がびくびくと情けない反応をしてしまう。でも僕は、エディの美しいオッドアイから目を逸らすことができなかった。
キスをするたびにいつも感じている。この人の瞳に僕が映り込む奇跡を。
「フィル……」
「あっ、え、エディ……っん、ンんッ」
悲しいことに、舌を入れられるとどう呼吸をしたらいいのか忽ち分からなくなって、僕はすぐに息が上がってしまう。そうなると、段々と魔力の制御が難しくなってくる。
「フィル、……頑張れ」
「あ、待っ……ん、ぁッだめ……んッ!」
引き摺り出されるように僅かに洩れ出た魔力を吸われて、僕は全身を襲う酩酊感に浸った。魔力を啜られるとどうしてもこうなってしまう。身体に力が入らなくなって、エディの方へ体重を預ける。
「はぁ……ぁ……ぅ」
「フィル……大丈夫か?」
「え、エディこそ……僕の、魔力は……」
「俺はこれくらいなら平気だ。フィルは透明だから薄まるだけで、こちらが染まることも無いし……気にする必要はない。その為の練習だろう?」
「そ、そう……ですが……」
僕の魔力を一方的に取り込むことは一般人にとって毒だが、エディが本当に平気そうなので僕は内心胸を撫で下ろした。しかし……
こ、こんなに激しくする必要は無いのではないか……?
ずっとそう思っていた。それとも僕が慣れていないからこんなことになってしまうのか?でも聞けなかった。やめて欲しいと思っているわけではなかったから。
僕は震える指先を唇に当てた。エディに抱き込まれながらゆっくりと目を閉じる。
婚約者候補がいるなんて知らなかった。いや、エディは多重霊格者でも王子様だから、やはり子供を残さねばならないのだろう。
でも僕は……エディが皆を断ると言ってホッとしていた。
自分の卑しさに気付いて泣きたい気持ちだった。僕は自分の身を守る為、誰かの気持ちを犠牲にしてもいいと思える人間だったんだ。僕は今エディに捨てられるわけにはいかない。その為に非道になれる人間だったのだ。
「エディ……エディ。ごめんなさい……」
「どうした?」
「……僕、本当に一緒にいてもいいんですか?婚約者候補は他にもいて、エディは……」
「……フィル。俺は確かに婚約者候補がいた。王族だからな。でも仮に誰かと結婚したとしても、至純がいるかもしれないと言われれば俺は探しに行かねばならなかった。自分の妻と……もしかすると子供を放り出してでも、国の為を思うなら至純と番えと言われていただろう」
「そんな……エディの気持ちや、家族になった人はどうなるんですか……?」
「頭の硬い貴族院の狸共にそんな話は通用しない。無理矢理引き離されたりする可能性もあった……つまりはそういう事態を未然に防げたわけだ。アーニア嬢を初めとする婚約者候補のご令嬢には一時辛い思いをさせてしまうが、最悪の未来からは遠ざけることができた。今なら正式な婚約前だし、半身問題がどうなるか分からなった俺よりもよほどいい条件のところへ嫁ぐ事ができるだろう。フィルのおかげだ。だから……俺がフィルを手放すことは、もうできないんだ」
「エディ……僕も、エディに捨てられるわけにはいきません」
「……そういうことだ。心配しなくていい。いつになるかは分からないが……静かに暮らせる準備が整うまで、引き続き俺のそばにいてくれ」
「……はい。よろしくお願いします」
エディが僕を抱き締めてくれるころには、身体はもちろん気持ちも随分と落ち着き、冷えていた指先も温かくなっていた。
控えめなノックの音がして、ラロが部屋に戻ってくる。僕は慌ててエディの腕の中から抜け出し……ラロの抱える荷物を見て瞠目した。
「ら、ラロ?そんなに何を……持って……」
エディが苦笑して荷物をいくつか受け取り、並べる手助けをする。
「殿下、お手を煩わせて申し訳ありません。フィシェルさまのお召し物を、一緒に選んでいただけますか?ありったけ持って参りました」
「なるほど、分かった」
そう言うと二人はテキパキと荷物を広げ始める。
「やはりフィシェルさまには、フリルシャツがお似合いだと思うのです」
「肌が白いから、薄くても色付きのものが良いだろうな」
「それに濃い目のリボンタイを合わせて……」
「そうだな。下は……フィルは細いし、腰回りがスッキリとしたものも良いだろう。ハーフにするなら……夜会は構わないが、昼間は必ず黒か紺のタイツも用意するように」
「かしこまりました。殿下、こちらのシャツはいかがですか?」
「ああ、淡藍か。良い色だ。ではタイは……これがいいな」
「かしこまりました。ではこちらの黒いスラックスと上着を合わせますね」
「決まりだな」
僕は一言も口を挟むことができず……呆然とそれを見守っていた。
ベールを一度外され、服を脱ぐように言われた。エディとラロに手伝われながら、僕は襟までフリルのついた淡い藍色のシャツを着せられ、濃紺のリボンタイを首周りに通された。
ハイソックスを履いてハーフのスラックスに脚を通し、同色の細いベルトを巻かれる。
髪を丁寧に梳かし、横髪を少しだけ残してラロが丁寧に結い上げてくれる。そこへベールも上手く折って取り付けてくれた。
「お綺麗です!」
スーツのベストと上着を着て革靴を履き、よろよろと立ち上がると、エディとラロが満足そうにこちらを見ている。
「なんだか落ち着かない……」
鏡の中の自分を見てもまだ信じられない心地だった。
今後はこういう服装も増えるので慣れるしかないと言われ、僕はいよいよ、今までの人生とは違う価値観の中に飛び込む覚悟をしなければならなかった。
しかしまだこれは随分とマシと言えるのかもしれない。ちゃんと男性用の格好なのだとわかるからだ。
そう思って安堵していたけれど、ルシモスが用意した正装を身に着け、颯爽と現れたエディを見て圧倒された。
男の人は本来こうやって着飾るのだと思い知る。
っていうか……
「流石殿下。よくお似合いですね……」
僕はラロの呟きに頷いた。僕を手伝ってくれるラロもきちんとしたスーツに着替えている。
でもラロと違ってエディの正装は……鼓動が速くなって直視できない。もっと露出した格好だって見たことがあるのに……
その格好で優雅に手を取り、僕の手の甲に口付けるので、僕は我慢ができなくなって顔を手で覆った。
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