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荊棘1

 テアーザへの馬車には、アーニアとラロが一緒に乗ってくれた。僕の隣にラロ、向かいにアーニアだ。  エディはアルアに乗って先にテアーザへ向かった。ここまで来ると街道も大きく、人通りもそこそこある。魔獣の脅威もない。  それでもエディは僕を残していくとき心配そうにしていた。   「フィル……どうか気を付けて。ルシモスやアーニア嬢、ラロもいるから心配ないとは思うが……」   「大丈夫ですよ、エディ。夕方にはまた会えます」   「ああ、そうだな……しかしまさか、こんなタイミングで呼び出しとは、テアーザの町長にも困ったものだ」   「何があったんでしょうか……」   「普通の町長からの呼び出しなら半日程度待たせるんだが……テアーザの町長は兄上なんだ。主要な街は王族が治めることもあって……まあおそらく大した用事ではないよ。兄上にできるだけ急ぎでと言われたから、行くしかないだけだ」   「そっか……エディには兄弟がたくさんいるんですね」   「王族だからな。腹違いの兄妹は沢山いる」   「僕は兄弟を知らないですから……ちょっといいなぁと思ってしまいました」   「ふふ……良い事ばかりでもないが、俺の半身として暮らすならばフィルにとっても兄妹のようなものだ。そのうち紹介することになるだろう」    エディとはそんな話をして、ホテルのロビーで別れた。   今朝、準備の途中でルシモスとエディが相談し、アーニアにも必要なら僕の秘密と、エディと僕の現状を話すしかないだろうという結論になった。  ルストスがどこまで知っていて何を考えているのかは分からないが、このタイミングで僕にアーニアを関わらせようとするのは、精霊の言葉を聞いた閑吟がそうすべきと判断したからだ。  その閑吟の兄であるルシモスはあまり話を広めるのを良しとしなかったが、僕にはアーニアの人柄がはっきりと視えているので、アーニアから秘密が漏れる心配はないと思った。    馬車ではラロに補足を手伝ってもらいながら、自分の目のことや、エディとの共犯関係のことを話した。アーニアは目を丸くして聞いている。  今日のアーニアはドレスではあったが、昨日のような気合いの入った装いでは無く、旅装用のシンプルなものを着ていた。   「驚くことばかりですわ……まずフィシェル様の目のお力、凄まじいですわね。昨日も見透かされたような気がしていて……でも納得しました。わたくしの気持ちが視えていたのですね」   「す、すみません。勝手に……視てしまって」   「ふふ。これからはお友達なのですから、ちゃんと表情と言葉で伝え合いましょう。とはいえ……目の力はランプのようにつけたり消したりできるわけではないようですし、昨日もわたくしが取り乱した後でしたから……警戒も無理からぬことだったと思います。あまり気にせずお話ししていただけると嬉しいですわ。どうしても必要なときには、視て下さっても構いませんよ」   「アーニア……ありがとうございます。僕は話した通り、今まで同年代の友達と呼べる人がいなかったから……アーニアが友達になろうって言ってくれて、すごく嬉しかったです」   「わたくしもフィシェル様のような可愛らしいお友達ができて嬉しいです。遠慮せず何でも聞いてくださいませ」   「は、はい。僕にも……僕が答えられることは少ないですが、何でも聞いてください」    アーニアの微笑みに僕も笑顔で返すと、アーニアはちらりとラロを窺ってから僕におずおずと質問してきた。   「では……その、エドワード様とのことなのですが……」   「……う、うん」   「まずわたくし、エドワード様のことは思ったより吹っ切れておりますの。なんと言ったら良いのでしょうか……昨日のお二人を見ていると、入り込む余地がないと思い知ったといいますか……」   「ちゃんと半身っぽく見えているなら良かったですけど……アーニアを傷付けてしまってすみません。今は……エディのそばにいたいんです。僕、こんな身体だし……一人じゃ至純を狙う人たちから身を守れないから……」   「ええ。わたくしも、お二人の様子を見ていますと、それが一番良いと思いましたわ」    アーニアの心からの笑みに僕はほっと胸を撫で下ろした。友達と言ってくれたアーニアの……将来の可能性を一つ潰してしまったのは、申し訳なく思っていた。かと言って今の僕にはどうすることもできない部分でもあったので、アーニアが吹っ切れたと言ってくれて本当に安心した。  ……そんな自分が汚くも感じられたけど、やっぱり……エディのそばにいることは、どうしても譲れなかった。   「……フィシェル様は、エドワード様に染められることも、やはり怖いのでしょうか?わたくしには透明な魔力の方の感覚は分からないので、フィシェル様の様子で想像するしかないのですが……フィシェル様は、エドワード様のことがお好きですわよね?」    アーニアの言葉に、それまで「必要そうなとき以外は口を挟みませんので、ぼくのことは空気のようにお考えください」と静かにしていたラロが突然噎せた。僕はびっくりしつつもラロの背中を擦る。   「ラロ?大丈夫?」   「ごほッ……す、すみません。ぼくのことはお気になさらず。ケホッ……すぐに、落ち着きます」   「そう……ひどそうなら馬車を止めてもらうから、遠慮せず言ってね」   「は、はい。ありがとう、ございます……それで、あの、フィシェル様は……殿下のことをどうお考えなのですか?」    ラロにまで問われて僕は首を傾げる。二人とも真剣な目だ。   「好き……だと思う。でも……誰だってエディのことが好きなんじゃない?」    僕が当たり前のことだと返すと、アーニアは困ったように笑った。   「……それは、そうかもしれないですが……わたくしが聞きたいのは、フィシェル様にとって特別かどうかですわ」   「特別……?まあ確かにエディの色になれるのは僕くらいだと思いますけど……」    言われている意味がよく分からない。アーニアは何かを訴えるようにラロを見たが、噎せて涙目のラロは力無く首を横に振った。一体二人の中の落胆は何なんだろう……僕はどこで二人を落ち込ませてしまったのか……   「あの……ごめんなさい。僕……その、よく、分からなくて」   「いいえ、大丈夫です。でもわたくしの質問の意味を、これからよく考えていただけると嬉しいですわ。他の方とどう違うのか、どう思っているのか……大事なことです。エドワード様も、フィシェル様のお気持ちをちゃんと受け止めて下さるでしょうから」   「う、うん……わ……分かりました……」    胸の中に、昨日の練習で言われた言葉が思い浮かんで、僕はまた心臓が痛くなった。言われて恥ずかしかったことは覚えている。でもそれだけじゃない動揺があった気もする。  僕は今まで出会った他の誰よりも、エディのことを特別に……想っているのだろうか。エディに染められるのはいいと思っているのだろうか……?    僕がその意味を深く考えようとしたとき、ルシモスの鋭い声が馬車内に響いた。明らかに魔法で届けられた、この空間にだけ響く硬質な声だ。   『三の敵襲です!そのまま馬車から出ないで下さい!』   「えっ敵!?」    僕の混乱に比べ、二人は冷静だった。ラロは素早く立ち上がるとアーニアと場所を交代し、ベールのついた白い鬘のようなものをどこからか取り出した。な、なにそれ……!?   「フィシェルさま、どうかアーニアさまと二人で魔法を使って、姿をお隠し下さい。いざという時は、ぼくが時間を稼ぎます」   「まさか、ラロ……その鬘って……身代わりになるつもり!?」    実家を出る日に髪を少し切ったとき、それをルシモスが風の魔法で集めていた。恐らくあれを……どうやってかは分からないが、加工したのだ。  動揺する僕をアーニアが諭す。   「フィシェル様、どうか落ち着いて。三の敵は騎士隊の合図で、魔獣でも野党でもない人間の襲撃のことです。エドワード様も居られないこのタイミングですから、恐らくフィシェル様を狙っている可能性が高いです」    僕は瞠目してアーニアを見た。   「まさか、そんな……僕を?至純だから?」   「フィシェルさま、お急ぎ下さい」    ハッとしてラロを見ると、僕よりかなり短い髪だけれど、印象としてはそっくりになったラロがいた。座り方とか仕草を似せているんだ。  まさか以前言っていた護身の類の技能って、こういうことも含まれてる!?   「ラロ……」   「さあフィシェル様、お願い致します。ラロが見破られた場合は、わたくしが不意討ちいたしますから」    僕は一度ぎゅっと目を瞑って深呼吸をした。みんな自分にできる事をやろうとしている。僕もそうしなければ。   「……魔法をかけたら、僕から手を離さず、絶対に声を出さず、動きも最小限にして下さい」    そう言って、差し出されたアーニアの手を取る。魔法をかけているところに、聞いたことがないルシモスの切羽詰まった声が響く。   『大型の飛竜です!お逃げ下さ……ッ』   「……ッ!?」    僕たちが"飛竜"という単語に息を呑む。その一瞬の間に、馬車内は気持ちの悪い浮遊感に襲われていた。  魔法を使っている間は声を出せない。ラロを見ると口元に人差し指を立てられた。   「どうやら、馬車ごと持ち上げられているようですね……」    ラロが小声で呟いた瞬間、ガシャン!と大きな音がして、馬車の扉が強引に開かれた。  蹴破る様にして馬車に滑り込んできたのは、異様な色彩の男だった。  うっすらと外側が緑がかった腕、濃いというよりは毒々しい紫の長髪と目。そして何より驚くべきなのは、竜の尻尾が生えていることだろう。その男は真っ直ぐにラロを見ると、鼻で笑った。   「矮小な魔力の稚拙な影武者に用はない」   「うっ……何をッ」   「さあ、出ていけ」    そう言ってラロの首根っこを掴み、男はあろうことか馬車からラロを放り投げた。空いている扉から見えるのは、青い空と眼下の森。なんてことを!  ――ラロ!!   「…………っ」    叫ぼうとしたが、アーニアに口を押さえられる。声を出すよりは良いと思ったのかも知れない。そのおかげで魔法は解けてはいないはずだ。  しかし男はニヤリと笑って、こちらを真っ直ぐに見た。   「ああ、俺様にその術は効かんぞ」    僕は絶望的な気持ちで魔法を解いた。アーニアも僕の口から手を離す。ラロは無事だろうか。今は下の魔導師達……ルシモスが助けてくれていると信じるしかない。  扉が壊れた為に馬車に絶えず吹き込む風の中、僕は意を決して口を開いた。   「あ、あなたは……誰なんですか?」   「ふん、確かにフラジェッタの姿絵に似ているな」   「フラジェッタ?」   「何だ、自分の母を知らないのか?」   「僕の母は……」   「駄目です。相手に情報を与えてはなりません」    僕がアーニアの言葉で口を噤むと、男はまた笑って向かいの座席に腰掛けた。   「フフ……ではこちらから情報を与えてやろう。俺はオルトゥルム第二王子、アルヴァト・オルトゥルム。我が国の白竜の御子を捜してここまできた」   「…………え?」    僕は男の言っている言葉が殆ど頭に入らなくて、とぼけた声しか出せなかった。   「……はぁー……まさかとは思うが、何も知らぬのか?ある程度は覚悟していたが、まさか一からとは……流石に面倒だな」   「では、静かになさったらよろしいのではなくて?」   「そういう訳にもいかん。白竜の……いや、俺の妻の知りたい事には、答えてやらねばな。とはいえ今は時間がない。後から何でも答えてやるから、今は静かにしておけ。我が妻よ」    僕は頭を殴られたような衝撃を受けた。  今、なんて言った?妻……妻って……?  驚く僕に目の前の男は微笑みかける。そうされると、確かに纏う色は毒々しくとも、整った造形なのだと分かる。   「流石に馬車を掴んで海越えは厳しいな」    絶句する僕たちを気にするでもなく、アルヴァトは開いた扉から何かを叫んだ。 「ギーグ!夜まで森に隠れるぞ。あそこへ下ろしてくれ」    その言葉に馬車が大きく揺れ、僕とアーニアは寄り添いながら座席にしがみついた。  横目でちらりとアルヴァトを覗うと、この揺れの中でも天井に手を当てただけで平然と立っている。床は壊れた扉が横たわっていて、足場も悪いはずなのに。  やがて揺れが収まる頃には、馬車の中は薄暗くなっていた。森の中に下りたらしい。   「どうせ逃げられぬから、余計なことはするなよ」    アルヴァトはそう言い残して馬車からひらりと降りていった。   「どう、どうしよう……アーニア。何が起こってるのかな……ら、ラロは……」   「フィシェル様、どうか落ち着いて。ラロは大丈夫ですわ。下にルシモス様がおられましたから、風の魔法で助けているはずです」   「う、うん……」   「……フィシェル様の魔法は見破られてしまいましたし、わたくし達だけで逃げ出すことはできそうにありませんわね……。でも、地面に下りられたのなら、危害を加えられそうになればわたくしが何とかできると思いますわ。助けは必ず来ます。今は……アルヴァト殿下が何でも答えてくれると言っていましたから、情報を集めましょう」   「アーニア……」    きっぱりと言うアーニアに、僕は情けない表情を返すことしかできない。一体どうしてこんなことに、と思ってしまう。でも気落ちしている場合じゃない。  アーニアの言うとおり、せめて自分が拐われた理由くらいは確認しなくては。  僕は一度深呼吸をしてアーニアの目を見た。アーニアだって怖いはずなのに、まず僕を安心させようとしてくれている。   「おい、まさかそういう関係じゃないだろうな?」    見つめ合っていた時間は短かったけど、間の悪いことにアルヴァトがちょうど戻ってきた。アルヴァトは馬車に乗り込みながらこちらを睨む。アーニアはにっこり微笑んでみせた。   「わたくしたちはお友達ですわ、殿下」   「……まあいい。お前を連れてきたのも侍女か何かだと思ったからだ。妻も一人では心細いだろうからな」    僕は気になって仕方がないその単語についてまず尋ねることにした。   「あの、妻ってなんですか?」   「…………妻とは、伴侶のことだろう。夫の反対だ。なぁ、本気で聞いてるか?」   「いえ、もちろんそれは分かるんですけど……どうして僕がそう呼ばれているんですか?」   「はぁ……そもそも俺は、そちらの名前も知らぬからなぁ」    そう言ってアルヴァトはつまらなさそうに自分の長い爪を眺め、黙ってしまう。僕はアーニアを見た。アーニアも困ったように頷く。   「僕は、フィシェル……と言います」   「フィシェルか。可愛らしい名前だ」    アルヴァトに視線で促されたアーニアも、アーニアとだけ名乗った。   「それで何だったか……そう、妻だったな。はぁ……面倒だがどうせ話すのだから、一から話してしまおう。白竜の御子の知りたい事には、答えなくては」    アルヴァトはため息をつくと、まず竜の国について話し始めた。   「まず竜の国には、古代から生き続けている賢竜ヴォルディス様がいる。我が国を太古より見守り、国を導いて下さるお方だ。しかしヴォルディス様はかつて精霊国を手に入れようとし、精霊国の太陽にその身を焼かれ、退知の呪いを受けてしまった」   「退知の呪い……ですか」   「段々と知識が抜け落ち、言葉を忘れ、ただの竜になる呪いだ。いやそれだけならばまだいいが……おそらく最終的には食事すら取れなくなり、死に至るだろう。我が国はそれを止める為に、太陽に嫌われた白竜の御子をヴォルディス様に捧げている。白竜の御子が唯一退知の呪いの進行を遅らせることができるのだ」    太陽に嫌われた、と聞いて僕は手足から血の気が引いていくのが分かった。   「白竜の御子は竜族の特徴が抜け落ち、酷く脆い存在として生まれる。日の下も歩けぬ。日差しに肌と目を焼かれるからな」  心当たりがあるだろうと言われると、俯くしかない。  まさか、僕は本当に竜人なのだろうか……   「フラジェッタは、元は精霊国の娘だったそうだ」    不意に話が変わって、僕は顔を上げた。   「父上がお忍びで精霊国を訪ねた時に出会ったと聞いている。まあ詳しい経緯までは知らんが、その後フラジェッタと父上は恋仲になり、オルトゥルムへ渡った。二人の間にできた子供がお前だ」   「ちょ、ちょっと待って下さい。父上って……じゃあ僕は……オルトゥルム王族の血を引いていて、貴方とは兄弟……?でも僕は……いや母さんは……」    名前が違う、そう言おうとしたが、フラジェッタという名前はフラトワ・フィジェットに似ている。元の名を分けて改変し名乗ったのだろうと察しがついてしまう。  混乱する僕にアルヴァトは追い討ちをする。   「……白竜の御子は魂をヴォルディス様に捧げ、退知の呪いの進行を止めた後、身体のみの抜け殻となる。俺は抜け殻となったお前を貰い受けることになった」   「え……?」    言われていることが一々衝撃的過ぎて、僕はいよいよもって情報を飲み込めなくなった。   「だからお前は我が妻だ、フィシェル。物言わぬお前も俺が大事に世話をしてやろう。魂が無くとも竜気を注ぎ続ければ生きられる為、心配はいらない。兄弟ならば竜気の質も近い。よって俺の妻になるのが一番いいだろう」   「……そんな、じゃあ……僕は……」   「我が国の為、魂を捧げてくれ。フィシェル」    僕はアーニアに手を握られたことも分からないくらいに、呆然としていた。   身体がスッと冷たくなっていく。アーニアが慌てて両手を添えてくれる。  でも……アーニアの優しさは嬉しかったし、報いたい気持ちがあったけれど……今の僕は立ち直れなかった。  あの高い体温が恋しいと思ってしまっていた。  僕が冷たいところへ落ち込むと、そこから掬い上げてくれるエディの暖かな体温に、触れたくて仕方がない。助けて欲しかった。    魂を捧げて抜け殻になるとはつまり、端的に言えば死ねってことだ。しかも死んだあとは体をアルヴァトの好きにされるという。もし仮に死ななければならないのだとしても、そんなのは冗談じゃないと思った。  そんな勝手な話に素直にはいと言えるはずもない。  僕は……僕はエディと一緒にいるって、約束したんだ。    エディと離れるなんて考えたくない。エディのそばにいられなくなる未来なんて、絶対に選びたくないと強く思った。  死ぬときも、僕はエディのそばで死にたい。  他の誰かじゃ嫌だ。  ああ……そうか。    これが特別っていうことなのかもしれない。 「しかしフラジェッタが逃げ出した時は、皆驚いたらしいぞ。俺は幼かったゆえ記憶にないが……フラジェッタはお前を守るため、住処の結界に竜を寄せ付けない術を仕込んだようだな。その所為で見付けるのに十五年以上もかかった。ようやく結界から出て来たかと思えば、精霊国の至純でもあるというではないか。まさか白竜の御子と至純が両立するとは……」    アルヴァトの言葉はもうほぼ聞こえていなかった。   「しかし……それゆえに、お前が太陽を手にするかも知れぬと聞いて、我が国は慌てた。精霊国の太陽にお前を渡すわけにはいかぬ。ゆえに少々強引な手段となってしまった」    アーニアがハッと息を呑む。   「太陽とはまさか、エドワード様のことですか?た、退知の呪いは、太陽に焼かれて受けたと……」   「そうだ。俺も遠目に確認しただけだが間違いないだろう。あんな色は視たことがない。まるで灼熱の溶岩が体内でのたうっているかのようだったぞ。白竜の御子が太陽に染まることなどあってはならん。フィシェルは視たところによると、魔力にはまだなんの色もついてはいないようだな。間に合ったようで安心した」   「視た……?まさか、アルヴァト殿下にも魔力視が?それはつまり、その目のお力は……オルトゥルム国民のものなのですか」   「国民というよりは、王族だ。稀に国民にも発現するが……待て、俺にもとはなんだ?フィシェルもできるのか?白竜の御子にしては珍しいが……まあ王族の血を引いていれば、そういうこともあるか……そういえば竜気を纏わせて姿を隠す術も使っていたな」    その言葉が決定打のような物だった。僕が生きる為に頼っていたものは、オルトゥルム王族の血を引いているから使えていたというのだ。  僕は身体に力が入らなくなって身体が傾ぎ、それをアーニアが慌てて支えてくれた。   「フィシェル様、お気を確かに……」   「ぼ、僕は……」    僕は、自分がなんの為に生きているのだろうとずっと悩んでいた。至純として都合のいい存在として扱われるのが嫌で……染められるのも怖くて。だからそれを肯定してくれたエディが嬉しかった。   「僕は……死ぬために生まれてきた訳じゃない……」   「くっくっく……おかしな事を言う。人間は皆いつか死ぬ。死に向かって生きているのだぞ」   「でも、死に方は……どう死ぬかは、僕が自分で選びます」   「ほう?」    僕はずっと、エディの優しさにつけ込んで甘えている。ずっと怖くて目を背けてきた。  エディに……半身としての僕を必要とされるのが、怖かったんだ。矛盾しているようだけれど、半身のフリだけをする僕を受け入れてくれたことに安心していた。  そんな状態の僕に優しくしてくれるのが……もしも、嘘じゃないというなら……それは、至純なんて関係なく、僕を僕として認めてくれているからだと、希望を持つことができた。  でも僕が、エディとずっと一緒にいたいと思うなら、半身としての自分も受け入れなくてはいけない。  いや違う……本当は、受け入れたいと思うようになっていた。……エディにずっと必要とされる自分を、選びたかった。そうなれたらいいと思うようになっていた。  一緒にいたい。エディの色になら、染まってしまって構わない。エディと離れるなんて嫌だ。   「僕は……死ぬときはエディのそばで死にます。白竜の御子ではなく、至純……エディの……半身として」   「フィシェル様……」   「エディが僕を要らないというまでは、そばにいます」    僕がそう宣言すると、アルヴァトは愉快そうに笑った。   「……では、こう言えばどうかな?」   「な、なんですか……?」   「精霊国が白竜の御子を太陽に染めた場合、我が国はリグトラントに強攻する。退知の呪いには一年ほど前に新たな贄が捧げられたばかりだが……生憎とここ数年御子は生まれていない。その御子が忌々しい太陽の色となれば、ヴォルディス様に捧げることはできなくなる。我が国は怒りに狂い、それをこの国に思い知らせるだろう」    それじゃあ僕自身が戦争の火種ということになってしまう。  エディは王族だ。国を滅ぼす選択肢を選ぶとは思えなかった。  まさか……僕が……エディの半身になりたいと思うのは、もう迷惑でしかないんじゃないだろうか。  そう思った瞬間、自分の気持ちが暗い所へ落ちて沈んでいくのが分かった。   「……そんな……」   「大人しく物言わぬ我が妻となれ、フィシェル。お前が抜け殻となっても、可愛い我が弟で妻だ。この俺が手ずから世話をしてやろう」   「……それはちょっと、ウチでも相談させて欲しいなぁ」    突如乱入した、どこか気の抜けた声に馬車の入り口を見ると、そこには見慣れない美青年が立っていた。    

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