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荊棘3 ※
「ではぼくはこれで失礼します。おやすみなさい、フィシェルさま。良い夢を」
「おやすみ。ラロもゆっくり休んで……良い夢を」
ラロが退室し、僕はホテルの広い部屋に一人になった。エディは夕食の後一度湯浴みに戻ってきたが、それからはホテル側が用意した別室でラートルム兄弟と会議中だ。
その間僕は刺繍をしてみて、さっぱり集中できないことに気が付いた。あんなに刺してみたい図案まで思い付いていたのに、僕の手はいつの間にか止まってしまう。刺繍は仕事でずっとやって来たことで、いつもなら思考に耽っていても手は動いている。しかし今日はどうにも駄目だった。
……無理もないのかな。色々あったし、それで疲れているのかも。
早く、エディが来ないかな……
そう思って、僕は自分が集中出来ない理由の大部分に思い当たる。
……もしエディが戻って来たら、僕は何て言えば良いんだろう。
一気に寒気がして、僕は震える手で裁縫道具を片付けた。集中できない裁縫に時間をかけるべきじゃなかった。どうするか考えなくては。
まずは……
「フィル?」
「うっ!?」
僕は驚いて裁縫箱を取り落とした。が、エディが咄嗟に柔らかい砂を呼び出して受け止めてくれる。
「おっ……と……危なかった。驚かせてすまない。大丈夫か?フィル」
「あ、ご、ごめんなさい。大丈夫です……」
僕が裁縫箱を取ると、砂はさらりと消えた。相変わらず魔法が上手い……
僕は大人しく裁縫箱をテーブルに戻し、ちらりとエディを見た。こっちに歩いてきていて、慌てて目を逸らす。
無理だ。……心臓が壊れそう。
昼間は他に人もいて、気になることもあったから考えないように出来ていたけれど、二人きりになるともう駄目だった。
今はエディの事で頭も胸もいっぱいだ。
一人で立ち尽くす僕を横目に、エディは着替えを始めた。僕が新しく縫った寝間着を身に着け、エディは一つ息を吐いてベッドに腰掛ける。その間僕はエディを覗いつつも、どうすればいいか分からず突っ立ったままだ。
「フィル……どうした?さっきからぼんやりして……」
「えっと……」
「今日は疲れただろう?早めに休もう。おいで」
エディに優しい声でおいでと言われれば、行くしかない。僕はどうしようかと迷って、のろのろとエディの前に立った。そっと肩に手を伸ばしてみる。
「エディ……あの……」
「……抱き締めてもいいか?」
「は、はい……」
意図を察してくれたことに安堵していると、エディの手が僕の腰に回り、くるりと身体を後ろに向けられて、背後からぐっと引き寄せられてしまった。あっと言う間だった。
「あっ!?」
エディの膝の上に腰を下ろす形になる。はずみで室内履きが片方足の届かないところへ飛んでいったけれど、後ろからぎゅっと抱き締められてしまえば、すぐにどうでも良くなった。
今日一日、ずっと欲しかった。背中に感じるエディの高い体温に、僕はようやく身体の力を抜くことができた。
もう片方の残った靴も放り出し、もぞもぞと身体を捻って、いつもの横抱きの体勢になる。僕は思い切ってエディの首に腕を回し、自分からも抱き付いた。
「ッフィル……?どうした?いや、無理もないか……今日は怖かっただろう」
エディは心配して背中を撫でてくれていたけれど、僕はそれどころじゃなかった。
「エディ……あの……エディが僕に優しいのって、嘘じゃ……ないですよね。演技だからじゃ、ないですよね?」
「あ、ああ。それはもちろん」
「……エディは、もし僕がただの至純だったら……染めたいと……思いますか?」
「……それは……」
エディに身体を引き剥がされそうになったけど、僕は頑としてエディに抱きついていた。
「離れたくないです……」
「フィル……まさか、酔っているのか?」
「いいえ。今日お酒は一口も……ああ、なるほど。僕、酔っ払ってたとき、こんな感じだったんですね……」
僕がしみじみとそう言うと、エディが息を呑む音が聞こえた。
僕は一人で納得していた。もうとっくに僕は自分の気持ちを知っているはずだったんだ。
エディのそばにいたい。最初から分かってたんだ……
「……ただの至純なら良かったのに。簡単に言えたのに……」
そう口に出してみると、目の奥が瞬く間に熱くなって、涙がぼろぼろと流れ出した。
「い、いきなり、呪いとか……御子がどうとか……言われたって……そんなの、知らないです……嫌です」
「フィル……大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです。エディが……戦わないといけなくなっちゃうし……」
「そうは言っても、俺は元々戦って生きてきたんだぞ?」
「でも、それは……魔獣相手だから……竜なんて」
もしかしたら苦しいくらいに力を入れてしまっているかもしれない。でも僕は泣きながらエディにしがみつき続けた。
エディが負けるなんて思わないけど、怪我をしたらどうしよう。そんな心配だってあるのに、僕は……
「ごめんなさい。エディ……僕は……それでもエディとは離れたくないみたいです」
「それは……誰だって魂を捧げるのは嫌だろう?」
「そ、そうじゃなくて……」
僕は腕から力を抜いた。正確には、上手く伝えられないことに脱力してしまった。
「……フィル?」
身体を僅かに離し、エディと至近距離で見詰め合っていると、説明しなくちゃと思うのに……どうしても我慢が出来なくなる。
「フィ……ッ」
「んっ……」
唇を重ねると、やっぱりエディの方が熱い。
ずっとそうしていても良かったけど、エディの反応が心配になって一度離れた。
エディは驚いたようにこっちを見ている。その中には押し殺したような葛藤があった。
「……嫌でした?」
「嫌じゃない。もっと……してもいいか?」
「あ……ッん!」
何度も繰り返し啄むようにされて、僕の口も弛む。エディはその隙間を狙って舌を捩じ込んできた。
「んッぅ、ん」
エディの熱い舌に口内を擽られていると堪らなくなって、僕はまたエディの首に腕を回した。
「あ……」
「フィル……」
ちゅ、とおまけみたいに唇を吸われて、背筋がぞくりとなる。
「エディ、僕……エディとずっと一緒にいたいです」
「……それは」
「必要なくなるまでじゃなくて、ずっと……」
「大丈夫。フィルをオルトゥルムには渡さない」
僕は首を横に振った。駄目だ。違う。ちゃんと僕がどう思っているか言わなくちゃ。
「ぼ、僕……エディが、好き……です」
「フィル……」
エディが瞠目して僕の肩を掴んだ。苦しげに目を伏せられて、僕も苦しくなった。
「エディ……」
「…………すまない」
僕は恐る恐るエディの頬に手を添えた。どちらからともなく口付ける。触れ合ってみていると、エディが今僕を拒絶していないのは良く、分かったんだけど……
「……今の俺には、フィルの気持ちに応える事ができない。俺達だけの問題では無くなってしまった……」
「……はい。そう、ですよね……勝手なことを言って、ごめんなさい……」
「フィル……本当にすまない……」
僕の処遇がはっきりしない内は、エディは自分の気持ちだけで好き勝手言う訳にはいかないんだろう。
僕が自暴自棄にでもなってオルトゥルムへ行くと言えば、リグトラントはただ搾取されるだけの国になってしまう。はっきり振ることもできないのだと分かる。
エディが口付けてくれる理由も、もしかしたら……僕がエディと一緒にいたい気持ちのままの方が都合が良いからなんじゃないだろうか。もしくはまだ……半身のフリをして過ごす可能性もあるからなのか。
ああ……僕はもうだめだ。例えそうだとしても、エディのそばにいる事が許されるなら、なんだって有り難いとさえ思ってしまう。例えエディに気持ちがなくてもいい。今はまだそばにいることを許して欲しい……
自分の中に湧いた仄暗い気持ちに驚く。エディのことが絡むと、知らない自分がどんどん顔を覗かせる……
俯いてため息をつく僕の手をエディがそっと取って、指先に口付けた。そんなことにさえ心臓がぎゅっと痛くなって、指が甘く痺れる。僕は堪らず尋ねていた。
「こうして触れるのは……いいんですか?」
「……こんな俺を、狡いと思うか?」
「ぼ、僕は……エディが触れてくれるなら、なんだっていいです」
思い切ってそう伝えると、エディが痛いほど強く抱き締めてくれた。
狡いのは僕だって同じだった。
例えエディに気持ちが無くて、僕への優しさだけで触れてくれているのだとしても、今は構わないと思っている。
死ぬのが怖い僕を当たり前だと言って守ろうとしてくれるエディは、染まるのが怖いと嘆く僕を思いやってくれた頃と、何も変わっていない。今はその優しさが有り難くて痛くて、泣きたくなる。
エディは僕が自分勝手に気持ちを伝えても怒ったりせず、返事を保留にした。その間僕はそばにいられるはずだ。
「エディ……」
「すまない。フィル……本当にすまない……」
「そんな……謝るのは僕の方です。本当にごめんなさい……こ、こんな……ことになってしまって、エディも巻き込んで……」
「それは……構わないよ。遅かれ早かれこうなった気もする上……フィルを守れるのが俺だけだと思うと、むしろ誇らしい気持ちさえある」
僕はエディの首筋に頭を擦り寄せた。自分で縫ったときに、襟足の長いエディにはこの方が似合うような気がして、口の広いボートネックにしてある。
エディの襟足は、何度見ても不思議な色合いだった。そこに鼻先を寄せていると、これを許されているのが嬉しいのか悲しいのか分からなくなって、とにかく泣きたい気持ちになった。
それを誤魔化すように、僕はエディの首元にそっと吸い付く。ほとんど無意識だった。
「ッフィル!」
「あ、ご、ごめ、なさ……」
「責めるつもりはないが……どこでそんなことを覚えてきたんだ?」
「見てたら……思わず……したくなってしまって」
僕は引き剥がされてしまった首元に手を伸ばした。指先にエディの襟足を絡めてくるりと回す。
「僕、きっとエディのここがすごく好きなんです……」
触れることを許されているのが不思議だった。それでも許されるのならばもっと触れたいという思いだけは膨らんでいき、僕はエディの鎖骨に指を滑らせた。が、途中で手を掴まれる。
「フィル……こんなに俺を煽って……どうなっても知らないぞ」
僕はエディを見た。怒ったような顔付きで、目元にじんわりと朱がさしている。流石に不快にさせてしまったのだろうか。
「……ご、ごめんなさ……あっ!?」
謝っている間にベッドへ押し倒され、控えめな明るさだったナイトテーブルのランプを消されてしまう。
部屋は真っ暗になってしまった。普段なら完全に灯りを落としてしまうことはしないのに……やっぱり怒っているのかもしれない。そう思うと身体が一気に冷え込む。オルトゥルムの為に死んでくれと言われたときよりも恐ろしい心地だった。
暗闇の中で小さくなりながらも、なんとかエディにしがみついていると、どうして分かるのか……エディが正確に僕に口付けてきた。
怒っているのに、どうしてまだ触れてくれるのだろう……ああでも、それならそれで構わないんだ。そう思ったじゃないか。
「んッ!ン、ん……っ」
何度してもらっても足りない。ずっとこうしていてほしい。そう思って離れる唇を追い掛けると、エディが笑ったのが分かった。途端に頬が熱をもつ。
「ぅ……っ!」
恥ずかしさに顔を背けると、無防備になった首筋にエディが吸い付いてきた。さっきの仕返しをされているのだとすぐに分かった。
「ぁ、エディ、待って……ぃッ」
チリッと鋭く短い痛みが走って、エディの唇が離れる。何を……されたんだろう。分からなかったけれど、エディから与えてもらえる刺激にぞくぞくした。それが例え痛みでも。
エディの唇はそのまま僕の鎖骨に向かって滑り、手元ではシャツのボタンが外されていくのが分かった。
「エディ……」
「嫌なら魔力を流して、本気で俺を止めてくれ」
「……嫌なことなんて……あッ!?」
緩んだシャツ越しに胸の突起を探り当てられて、僕は未知の感覚に身体を震わせた。反対側もじきに見つかってしまって、爪で擽られていると、もどかしいような切ないような、何とも言えない気分になる。
エディがしてくれているのだと思うと、時々吸い付かれて首周りに痛みが走ることにも、どうしようもなく興奮してしまう。
「あ、ぁ……う……ぁっ」
エディの指の先で段々とそこが硬くつばくむと、益々切なくなっていく。未知への恐怖と興奮がない混ぜになり、気が付くと僕は身を捩ってその責め苦から逃れようとしていた。
「フィル、逃げるな」
「だって、んッ……こんな……どうして……」
僕が尋ねると、エディがふぅと息を吐いた。
「俺も男だ。美人にあのような事を言われれば、我慢も限界になる」
僕はハッとして暗闇の中で瞬きをして、エディの魔力を視た。困って、葛藤しているような……
そうか……僕は、エディの性欲を煽るくらいはできているんだ。
怒っているのだと思っていたエディが僕に触れてくれる理由を一つ見つけて、僕はホッと胸をなで下ろした。するとエディがまた笑って、そこへの刺激を再開する。
「あッ!」
「気持ち良さそうな顔だな」
「ん、ぁッ……ま、真っ暗なのに……なんで……?」
僕がエディの顔を探して声のする方へ手を伸ばすと、エディの方から手に擦り寄ってくるので、エディにはこちらが見えているのだと思い知る。
僕だって……今は魔力なんて視えなくていいから、エディの顔が見たい。せっかく近くで、はっきりと見ることができるのに。
「僕も、エディが見たい…………ッん」
正直にそう言うと、エディが噛み付くようにキスをしてきた。胸を触られながら、口に入り込む舌にも翻弄されて、僕は解放されたくて必死に喘いだ。
「あ、ん、んンッ待っ……んぁッ」
瞼の向こうが少し明るくなった気がして目を開ける。僕の視界に直接入らないベッドの脇に、どうやらエディが控えめな炎を灯したようだ。横からほんのり緋色に染まるエディの顔が視界に飛び込んできたとき、僕は堪らず告げていた。困らせるだけだと思い知ったはずなのに、止められなかった。
「好き……っエディ……好きです。ごめんなさい……」
「フィル……」
エディが眉根を寄せて、再び口付けてくる。
……塞がれてしまった。でも先程より深く、何度も吸われていると、まるで僕の言葉を食べてしまいに来たようで……僕は都合良くもそう感じていた。例え僕の言葉が迷惑なのだとしても、食べられてしまったならエディの身体のどこかには残るかもしれない。
エディの手が僕のシャツのボタンを外しきり、直接肌を撫ぜていく。温かい手が脇腹を滑り上がると、温度差が気持ち良くてぞくぞくした。
「はぁ……ッあ……」
ついうっとりと感じ入った吐息が漏れる。散々声を出しているのに、今更そんなことが恥ずかしく思えてしまう。
僕が一瞬意識を散らしたとき、エディの手がするりと僕の内股を撫でた。あ、と思ったときにはもう中心に触れられていて、僕は信じられないくらい硬くなっているそこを自覚させられた。
「あ、ぁあっ」
同性に触れられる事に怯えていたのが信じられないくらい、僕は期待していた。早く触って欲しくて、思わず腰が揺らめく。
「触って欲しい?」
「ん……はい……」
絶対分かっているのに、あえて聞いてくるなんて酷い。僕は真っ赤になりながら頷いた。
エディがちらりとそこへ視線をやって、ズボンと下着を脱がせようとしているのにさえドキドキした。
僕が腰を浮かせて脱衣に協力すると、エディが笑って僕の頬を擽るように撫でた。褒められたように感じられて、ぎゅっと目を瞑ってその手に擦りつく。ちらりと目を開けてエディを窺うと、また一つ笑みを深くしてエディが僕に唇を寄せた。
「ぁ、んッ、ん……っ、んんっ!!」
口付けて気を逸しながら、熱い手が僕の強張りに触れる。柔く握り込まれると、僕も同じくらい熱くなっているのだと分かった。
「あっ……ぁ、エディ、エディ……ッ」
「フィル……可愛いな」
あれだけ嫌だった可愛いという言葉も、今はただ僕を煽る。それは恥ずかしさなのか、照れくささなのか……いまいちはっきりしなかったけど、どちらにしても今の状況では僕を昂ぶらせる燃料になっただけだった。
僕が身を震わせたので、エディが耳元に何度も可愛いと密めく。その度に下腹部がじわりと熱を持って、我慢がきかなくなる。
「ぁっあ、だめ……っだめっ」
「……止めてほしいか?」
「やッゃだ……ぁっやめ、な……ぃで……ぁ、あっ」
「はぁ……本当に、堪らないな」
僕はエディの艶めくオッドアイを見て嘆息した。なんて綺麗なんだろう。それが近付き、僕だけを映しているのだと思うと、何度だって嬉しくなる。
「エディ……僕、もう……」
「……出してしまって構わないよ」
「で、でも……そしたら、エディは……?」
もう既に少しずつ魔力が出てしまっている。達するときに我慢できるとは思えなかった。瞬きをしてエディの魔力を視ると、やはり僕に触れているところは少し薄まっている気がする。
それに、僕だけして終わりなんて信じられなかった。エディはまさか僕だけの為にこんな行為をするつもりだったんだろうか?
そう考えると寒気がした。エディの優しさにつけ込んで一方的に奉仕させるなんて最低だと思った。
固まる僕にエディは困ったような様子でため息をついた。
「……では、これを使うか」
エディが視線をナイトテーブルに向けると、砂が器用に引き出しを開け、中にあった小箱をエディの手の中に届けた。役目を終えると砂はさらりと消えていく。
「それは……」
「断魔材でできた避妊具の一種だ。一応これを使えば……不染を保ったままできなくはないが……」
きょとんとする僕を横目に見ながら、エディは箱を開ける。中から不思議な形の道具を取り出し、小分けの為の封を歯で切った。僕がジッとそれを見ていると、エディは手際良く僕のものにそれを取り付けた。
「んっ……わ、わ。何だか……変な感じ……」
それを纏った自分のものを、そっと撫でてみる。が、エディがその様子を凝視していることに気付いて慌てて止めた。
僕は何となく恥ずかしくなって脚を閉じかけたが、エディが脚の間に身体を割り込ませているのでそれも完遂できない。
僕は身体を起こし、エディを改めて眺めて、ちょっと気持ちが沈んだ。僕だけ服を殆ど脱いでいる。エディは服を着たままだ。やはり僕に付き合ってくれているだけなのかもしれない。でも……それでも……
僕はぎゅっと目を瞑って、懇願するように呟いた。
「エディも……脱いで下さい」
僕の言葉に、エディはやはり躊躇っているようだった。
僕は涙目でエディを見上げる。こんなチャンス、もう無いかもしれない。必死だった。
「い、嫌ですか……?僕もエディに触ったら、やっぱり……駄目ですか?」
「……っ、いや…………分かった」
エディは息をぐっと詰まらせ、やがて観念したように服に手を掛けた。僕もそれを見ながら、最早両腕にとりあえず引っかかっているだけになったシャツを脱いで畳み、広いベッドの隅に置いた。
エディが一度膝立ちになり、自分の下着ごと寝間着を全て脱いでしまうと、僕はそこから目が離せなくなった。
「わ……すごい」
「フィル……そんなに見られると、流石に恥ずかしいんだが……」
「あっごめんなさい。エディ……の……気になってしまって」
僕より遥かに大きなそれを見せ付けられ、改めて男性としての格の違いを意識させられる。いざそれを目の当たりにしたところで、僕の鼓動は早くなるだけだった。
自分の顔にこんなに感謝したことはない。きっとこのおかげで、エディのことをちゃんと興奮させることができているんだ。良かった……
ふと気になって下生えを見ると、髪の金茶の部分と同色で、流石に差し色は無いようだった。不思議だ。
僕が観察している間に、エディのそれも……薄い白濁色の、スキンというらしい避妊具を纏った。そこへそっと手を添えてみる。するとベッドの脇にあった炎が揺らめいたので、僕は珍しく恥ずかしそうにしているエディを目撃することができた。
「良かった……エディも、大きくなってくれていて」
「……フィル……一緒にしても、いいか?」
「えっと……はい。何でも……してください……」
言われている意味は分からなかったけれど、エディに触れられて今更嫌なことがあるはずもない。そう思って伝えたはずなのに、エディは目を細め、喉の奥で笑った。
「……そんなことは……簡単に言ってしまってはいけないな」
「あっ!」
再びベッドに押し倒され、エディが僕に被さって来た。顔の両脇に手を置かれると、エディの綺麗に筋肉が付いた身体を目の当たりにすることになってしまい、僕は先程までとは比べ物にならないくらい真っ赤になった。
本当に今更ながら、なんて恥ずかしいことをさせているんだろう……
でも、エディには申し訳ないけれど、止めたいとは思わなかった。
そんな醜い心の僕に、エディが声をかける。
「触ってみたかったんだろう?フィルの好きにして構わないよ」
「あ……」
そう言われて、僕はエディの鎖骨を滑り落ちる襟足を眺めた。そこから匂い立つような色気に僕は目を瞬かせる。そっと手を伸ばすと、触れやすいようにとエディが肘を折って距離を詰めてくれた。
するすると首筋から胸板を撫で、自分の薄い身体との差異に、すごいすごいと夢中になった。
しばらくそうしていると、エディが唐突に抱きしめてくる。
「あっ!エディ!?なに……?」
「すまない。可愛すぎる。好きにしていいと言ったが……我慢できそうにない」
耳元で熱っぽく「先程の続きをさせてくれ」と言われたら、訳が分からなくてもはいと言うしかないと思う。
エディが股座を密着させるように押し付けてきた。そうされるとお互いが触れ合って、何とも言えない快感が下からのぼってくる。僕は小さく悲鳴を上げた。
「ひぁっ!ぅ、ぁあっ」
エディの肩に必死でしがみつく。ぐ、ぐ、と何度も押し付けられると、感じやすい裏筋がエディと擦れ合って堪らない。
「フィル、フィル。手を……」
「あ、ぅッ…………エディ……?」
エディが僕の手を取って下へ誘う。導かれるまま二人で一緒に握り込めば、眼前で火花が散ったような衝撃が走る。
「あ、ぁ……ッ!」
握らされ、揺さぶられると、一度遠退いた高みがすぐに迫って下腹が痺れた。
そこからは魔力を漏らしてしまわないように我慢することが、とてつもなく難しくなる。
汗をかいて少ししっとりとした肌が触れ合う。そこから混ざって、同じ色になって……溶け合ってしまいたい。精霊国の人間の本能に近い、強過ぎる衝動だった。
ああだって、この人の美しい色を受け入れられるのは、世界で僕しかいないのに……
「フィル……ッ」
エディの切羽詰まったような声に、いつの間にか閉じていた瞼を上げる。余裕のない暖色のオッドアイが艶やかで、僕は堪らずキスをねだった。
「ン、ぁ……んッぅ……んっ!ぁ、だめ……も、出ちゃ……ぁ、あっ」
「ッフィル……」
「エ、ディ……あ、ぁあッ!!」
全身がどくりと脈打つような感覚で、僕はきつく目を瞑ってその刺激に耐えた。自由になった口を噛み締めて耐えないと、どこからでも魔力が出て行ってしまいそうだった。皮膚接触では大して循環効率は良くないはずなのに……身体の中心部が狂ったようにエディの色を欲しがっている。自分の浅ましさに涙が溢れた。
じきにエディの熱い息が耳にかかって、僕と同じ余韻の中に浸っているのが分かった。それが堪らなく嬉しい。
「フィル……大丈夫か?」
「ぅ……は、はい。すごく気持ち良かった……です。ありがとうございます……でも、僕……魔力が全然我慢できなくて……ごめんなさい」
正直に呟くと、エディが苦笑しながら身体を起こした。僕とエディのスキンはエディが取って屑入れに捨てる。そこに渦巻く行き場のない魔力が、まるで僕の気持ちをそのまま現しているかのようで、僕は少しずつ空気に溶けていく魔力から目を逸らした。
「俺は平気だが、フィルは大丈夫か?立てそうなら、シャワーに行こう」
「はい……立てます、たぶん」
エディに支えてもらいながら、のろのろとシャワールームへ入る。僕用に暗めに調整された魔力灯が僕たちを淡く照らした。
エディのそばにいると我慢ができなくなって、僕はエディにくっついた。お湯が降ってきたけど気にならない。
気持ちには応えられないと言われてしまったけど、こうして触れ合うことが許されるなら十分だと思った。
「フィル、早く洗って出てしまおう」
「はい……でも、勿体なくて……すみません」
「……フィル……」
エディは困ったように笑いながら、僕の頭を撫でた。
「……良かった。フィルはこういう事が嫌なのではないかとずっと思っていたから」
僕は少し身体を離してエディを見上げた。
「エディ以外とは……嫌ですけど……」
「それは、そうでないと困るが……」
僕は首を傾げる。その言葉の理由は分からないけれど、そもそもエディの方が嫌だった可能性のほうが高いんじゃないだろうか……
「僕はエディの方こそ嫌なんじゃないかと思っていました」
「嫌じゃない。可愛いフィルをたくさん見られて嬉しかった。また……見せてくれるか?」
僕は頷いて、エディの口付けを受けた。
やっぱり、顔はエディに嫌われてはいないみたいだ。お世辞とか……社交辞令、なのかもしれないけど。でも次もあるかもしれない。そう思うと安心することができた。
新しい下着と寝間着に着替え、隣の綺麗なベッドに潜り込むときに、僕はふと気になってナイトテーブルのランプを点け、引き出しを全部開けた。
「フィル……そういうところは男らしいな」
「こっちはどう使うんですか?」
とろりとした透明な液体が入っている小瓶を見つけて尋ねると、エディは少し躊躇ってから僕を手招きした。
「……なんですか……?」
ベッドの中のエディが、僕の腰の方に手を伸ばす。妖しい手付きに動揺したが、服の上からお尻の際どいところを弄られて、僕は慌ててエディの手を掴んだ。
「あ!な、なに……どこを触って……」
「男同士は……相手を受け入れる時に、ここを使うんだ」
「えっ!?」
「その時に小瓶の中身を使う」
「噓……」
「こんなことに噓はつかないよ」
「…………」
僕は複雑な思いでそれをしまった。ベッドに潜り込みながら、僕はエディに確認をする。
「それって……例えば僕とエディだったら、どっちがやるんですか?」
「…………俺はフィルにいれたい」
憮然としたその言い方で、納得する。確かに僕がエディを組み敷けるとは到底思えない。
「……ちょっと想像がつかないので怖いですけど……エディがいいなら、いつかやってみたいな……」
僕の発言に、エディががばりと身体を起こす。心底驚いたという顔で僕を見下ろしている。
「フィル、そんな、あっさり言うが………」
「エディがしてくれるなら、いいですよ。何でも嬉しいです」
本当にエディがそうしたいと思うのなら、構わなかった。また触れてもらえるなら、なんだっていい。
僕が重ねていうと、エディは深く息を吐いて再び横になった。
「フィルの素直さがこちらに発揮されると、そうなるのか……」
「どういう意味ですか……?」
「いや……フィルの新しい一面を教わっていただけだ」
僕は首下に差し入れられるエディの腕を枕にしつつ、視線で尚も疑問を投げかけたけど、それ以上は答えてもらえなかった。
今までもキスをして目を閉じることもあったのに、今日はなんだか特別に感じられる。
エディが僕をどう思っているのかははっきりとは分からなかったけれど、今はこれでいい。この曖昧な気持ちの中にいれば、死の恐怖からは逃れられるに違いなかった。
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