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荊棘5

「おはようございます!」    「んぁ、おはよ…………どうしたのフィシェル」    翌朝、僕は暢気に欠伸をしながら部屋に入ってきたルストスを捕まえ、廊下に出た。エディたちにはもうルストスと話をしてくると伝えてある。   「なになに?内緒のはなし?」   「あ……えと……そ、そうです!」   「んー……いいよ。じゃあこっち」    ルストスは僕の手をとって、昇降機の裏にあるベランダへ連れ出した。そこは床以外が全てガラス張りになっており、見た目は温室みたいになっている。  ルストスは指をくるくると回して断音の魔法を張り巡らせ、僕に向き直った。   「これでよし。なにかな?」   「あの……何か僕に、"囁き"はありませんか」   「ほう」    ルストスは目を細めて僕を見た。   「助言が欲しいんだ?まあ無理もないか。不安だよね」    ルストスはベランダに置かれた白い肘掛け椅子に腰掛け、僕にも座るように勧めた。それからゆっくりと目を閉じて、じっとしている。  僕は勧められるまま椅子に座りながら、ルストスの言葉を待った。   「そうだなぁ……ちょっと今日は皆、要領を得ないな。話を整理したいから、フィシェルは昨日の夜のことを教えて?」   「き、昨日の夜……?」    昨日ルストスといなかった夜の時間とはつまり、エディとのことになってしまう。  昨日は自分でもかなり大胆だった記憶があるけど、今朝は目が覚めてから一切詮索をしないラロに黙々と世話を焼かれ、ちょうど羞恥心を取り戻したところだったので、僕は真っ赤になってベールの下で頭を抱えた。  ルストスは笑いながら氷のコップを作り、中を冷たい水で満たしてくれる。僕は有り難くそれを一口飲んだ。   「エディに……好きって言いました」   「ほぉ。やるね、フィシェル」  身を乗り出してくるルストスに眉を顰めつつ、僕は話を続ける。   「でもエディは、今は僕の気持ちには……応えられないって言ってました」   「ん?でも……ヤっちゃったんじゃないの?なんかそういう話になってるんだけど」    ルストスは宙を指差してくるりと回した。まさか、そんなことまで……!?あまりにも筒抜けで僕は再び頭を抱えた。  僕の魔力視も他人の気持ちを読むようで悪い気がしていたけれど、ルストスの能力はそれどころじゃない。曖昧な言葉を使うらしいとはいえ、不可視の精霊が見聞きしたことを伝えてくるのならば、ルストス自身の目や耳が至るところにあるようなものだ。彼に隠し事はできない。  僕は恥ずかしさを堪えて訂正した。   「さ、最後まではしてません」   「ははーん。エドワード様、悪い男だね」   「それは……僕だって同じです」   「つまりフィシェルは、エドワード様の気持ちが知りたいんだね?」    僕は俯いたままぎくりとして身を強張らせた。なんと言って否定したらいいか分からなかった。触ってもらえるなら分からなくてもいいんですなんて口にできるはずも無い。改めて僕は、今の自分が人に言えない考えを抱いてしまっているのだと自覚した。  固まる僕にルストスはうんうんと頷く。   「それで精霊たちが躍起になって教えてくれてるのかな……気持ちは分かるけどそれはね、今言うべきことじゃない。フィシェルも分かっているんでしょ?」    僕はルストスに気持ちを悟られた訳ではないことに安堵しつつ、冷や汗をかきながら言葉を選んだ。   「や、やっぱり……こんなことが続いたとして……まずいですよね。エディの気持ちを利用するなんて」   「…………ん?んん?待って待って、フィシェルは……エドワード様が君のことをどう考えてると思ってるの?」    ルストスは驚いたように瞬きをしながら再度身を乗り出した。   「……エディは僕にそういう気持ちはないけど……今は僕にヤケを起こされると困るから、答えを保留にしてくれているのかなって」   「でも、向こうだって手を出してきたんでしょう?」   「それは……僕の顔が好みだったから……?エディも男性なので……発散したかったんじゃないかなとか……」     僕がそう言うと、今度はルストスが頭を抱えた。自分の手の中にコップと水を出して、一気に煽る。   「なるほど、確か幼馴染も"一目惚れ"……つまり自分の価値はそこしかないと思っているんだな」    僕は首を傾げた。そんな僕を閑吟は嘲笑う。   「どうすべきか悩む所だけれど……例え悪い方へ転ぶ小石の一つでも仕方がないな。僕は邪魔をしない」   「え……?ど、どういうことですか?」   「ふふ、ぜーんぜん分からないって顔してるね。エドワード様の気持ちについて閑吟として言えることは、何もないってこと」     僕は頷いた。頷くしかなかった。  これでいいとホッとしている自分がいた。今ルストスにエディの気持ちをはっきり教えられたら、オルトゥルムに向って走り出したくなるかもしれない……  ルストスは片眼鏡の下の目を一度閉じて、ふう、と息を吐いた。   「あとは……物理的にフィシェルたちがどうなるのか……それが気になるかな?良い未来も悪い未来も待っている。どう転ぶかはまだ分からないし、危険がない道はない。そちらにも大して今言えることはないんだけれど……ただ、僕は精霊国の閑吟として……リグトラントとオルトゥルムの問題は、より良い未来を目指すことを君に約束する。至純であり、白竜の御子でもあるフィシェルにね」    ハッとして顔を上げると、ルストスはニヤリと笑って僕を見た。片眼鏡の下の瞼はまだ閉じられたまま、自由な左目だけが朝日に輝く。   「難しい話は僕に任せてって言ったでしょ?フィシェルの今回の役割は、"お姫様"だよ」   「お姫様……」   「あと何か言えることは……そうだなぁ……これからアルヴァト殿下のことを呼ぶ時は、お兄様とかアルヴァト兄様とか……そんな感じで呼ぶといいかな」   「えっ……その呼び方は……なにか重要な意味があるんですか?」   「ふふ、長年可愛い弟をやって来た僕からのアドバイスだよ。王都までの旅はまだ続くから、今後のことは追々考えていこう」    ルストスが笑うと氷のコップがとろりと宙に消え、話はそこで終わった。    自分が何かすべきなのか、どうすればいいのか。それを聞こうとしたけれど、お姫様の一言で片付けられてしまった。  もちろん世の中のお姫様皆がそういうわけではないだろうけど、この例えで出されたお姫様というのはつまり、守られる非力な存在ってことなんじゃないか。  戦うエディに僕が何かをしてあげることはできない、と宣告されたようなものだ。ルストスは何か隠していそうだったけれど、特別僕に伝えなければならないことがある様子ではなかった。  確かに僕は魔法もほぼ使えないし、姿を隠す術もアルヴァト……兄様には見破られてしまった。戦えないばかりか、自分の身を隠すこともできない。  ヴォルディスを誘き寄せる為の、ただの餌。  分かっていたことだ。  僕はルストス相手には無駄かもしれないと思いつつも、精一杯落胆を気取られないよう努めて振る舞った。    部屋に戻ると、僕以外の出発の用意が終わっていて、慌てて自分の荷物の確認をした。   「エドワード様、昨晩マーク様はなんて言ってました?」   「……随分と粘られた。やはり、俺というよりはフィルを残して欲しいような口ぶりだったな」   「なるほど。マーク様はオルトゥルムと険悪になるのが余程嫌なんでしょうね」   「無理からぬことだが……これはテアーザの町長が判断して良いことではない」   「ええ、その通りです。一刻も早く陛下に話をしましょう」    それから僕たちは馬車に乗り込んだ。以前乗ってきた馬車は壊されてしまったので、テアーザで新たに用意したらしい。魔法や仕掛けがないかは入念に確認が取られている。    今日はエディと二人きりで乗ることになった。馬車に乗り込むとき、ルストスがニヤニヤしていて複雑だったけれど、どんな状況であれ二人きりになれるのは素直に嬉しい。  以前とは違う、少し硬めの座席に隣り合って座る。   「今朝はどうだった?ルストスに聞きたいことは聞けたのか?」    馬車が動き出すと、エディが僕に問いかけてきた。   「うーん……聞けたとも言えるし、聞けなかったとも言えます……」   「ふふ、そうか。曖昧なことを言われたんだな」    すぐに言いたいことを汲み取ってもらえて、胸がきゅっと痛くなる。   「……フィルには、今後のことを少し話しておかなければ」   「は、はい……」   「おそらくだが……陛下は白竜の御子の存在を、ある程度秘匿なさるだろう」   「えっ?ど、どういうことですか?」    僕が驚いてエディを見上げると、エディは僕の手をそっと握った。   「兄上のような……オルトゥルムにフィルを渡せと言う輩が多くなっては困る。その為フィルには、表向きは今まで通りの設定を貫いてもらう」   「今まで通り……エディの半身候補の……ただの至純ということですか?」   「ああ。王宮内では、そういう扱いになる。知らされるのは一部の人間のみで、使用人たちには極力知られないようにする。フィルの素性をどこまで公表するかは、王都へ着いて……陛下と話し合ってからになるだろう。だから今まで通り半身としての練習をするし、おそらく俺の公務にも同行してもらう」   「公務……ですか」   「分かりやすいところなら、魔獣討伐や、騎士学校への視察などがあるな。危険は伴うが、俺が必ず守る」   「エディ……」  騎士学校……その言葉を聞いて僕はふとルドラのことを思い出した。流石にまだ王都へ着いていないだろうけど……  僕は大変なことになっちゃったよ、ルドラ……  君の気持ちを否定しておいて、僕はエディが好きになってしまったし……以前にも増して合わせる顔がない。   でも、エディの仕事ならそうも言っていられない。  僕は頷いた。   「分かりました。僕にできることを頑張ります」    戦力外ならせめて、出来るだけ他の部分でエディの役に立たなければと思った。   「でも良かった……僕はフリでもいいから、半身になるならエディしか考えられなかったので。お兄様の妻にはなりたくないし……」   「お……っ!?」   「エディ?」   「…………いや。なんでもない。フィルはアルヴァト殿下には絶対にやらん」    きっぱりと言い切られて、思わず笑ってしまった。        順調に行けば五日ほどで王都へ着くという。  その日の夜も僕はエディと一緒のベッドで眠った。本当はそういうことを期待していたんだけれど、エディにキスをされておやすみと言われると、以前にもあったようにすぐ寝入ってしまう。やはりエディが何か魔法を使っているのだろう。  五日間、そんな日々が続いた。  僕が性的な接触を望んだのは、やっぱり迷惑だったんじゃないか……そう考えるのは仕方ないことだと思う。エディは何故かいつも、すまないと謝っていたし、僕のことはいつも以上に気遣ってくれていた。でもやっぱり悲しかった。    リグトラントの王都は、魔法で組み上げられた城壁にぐるりと敷地の周りを囲まれている。王宮魔導師たちにより、城壁にそって巨大な結界が維持されていて、守りは完璧だった。  しかし王都の敷地の外、ちょうど王城の背後にあたる場所には、精霊が住まうという聖なる山が聳え立っている。聖なる山の近くは魔力も豊富で、王都の周りの森は特によく魔獣が出るし、王都内の家畜も厳しく管理されていた。  理性のある人間と違い、本能で生きる動物は、体内の魔力が一定量を超えると魔獣へ変異してしまう。魔力を糧とし、無闇やたらと魔法を放つ怪物になってしまうのだ。そうなれば魔力の多いリグトラント国民は、魔獣にとってただの御馳走だ。乱暴に魔法を使われれば、精霊だって無事では済まない。  大地に溶けた不可視の精霊たちは、魔力を対価に物理現象を引き起こすというルールに縛られた存在なので、例え魔獣に食い潰されるとしても魔法は必ず放たれる。  魔獣はそういう存在なので、王都は周りを城壁と結界で囲んでいるし、王都の近くには小さな集落などは存在していない。  扇形になっている王都の中は、一番広い外側の牧場や田畑がある農業区、一つ内側の庶民のための居住区、商業区、更に内側の貴族街、王城とエリアが徐々に狭まりながら別れていて、特に貴族街から先は一般市民が許可なく入ることはできない。    僕たちは夕方に王都の中へ滑り込むと、農業区と居住区の境目の門で馬車を乗り換えるように言われた。用意されていた馬車は天井がなく、明らかに顔を見せるための造りだ。   「……お披露目はしないはずだが?」   「いいえ、やりますよ。アルヴァト殿下にも陛下にも、そう伝えてあります。言ったでしょう、今まで通りにすると」   「ルストス!お前はまた勝手なことを……一般市民にフィシェル様のお姿を晒すのは危険です!フィシェル様はお体のこともありますし、お披露目は不可能です」   「お披露目をしなければ、フィシェルはほとんど閉じ籠って過ごすことになりますよ。ここで見せてしまった方がいい。エドワード様とご一緒で、かつ王都の大勢の視線があれば、フィシェルに害意を持った人間も、竜だって近寄れません」    小声でやり取りをする三人を横目に、僕は馬車内でラロとアーニアにベールを直してもらっていた。 「はい、終わりました。フィシェルさま」   「今日もお美しいですわ」   「あ、ありがとう……」    アーニアは一度家に戻り、僕の侍女になれないか家族に話してみるとのことだった。ルストスが一筆書いていたので、多分通るのだろう。  侍女と言ってもアーニアは侯爵令嬢なので、少し世話を焼いてくれる友達……みたいな関係でそばにいられるように調整してくれるらしく、見知らぬ土地で友達のいない僕は有り難い気持ちでいっぱいだった。   「……アルヴァト殿下にも伝えてあるということですが……殿下とはどのような話をしているのですか?」   「んー……そうですねぇ。まだお互いの認識の擦り合わせ程度ですけれど……これもすべて、少しずつヴォルディスを誘き出す為の伏線のようなものです。至純としてフィシェルの存在を発表してしまえば、じきにマーク様のような方も炙り出せます。陛下も了承して下さっているからここに用意があるわけですし……フィシェルも準備が出来たみたいですから、もう観念してさっさと終わらせましょう」    僕がここまで乗ってきた馬車から降りると、エディたちがこちらを見た。ルシモスがため息をついて、エディの身だしなみを確認する。   「はぁ……まあいいでしょう。ルストスが閑吟として有能なのは分かっていますから。お前を信じます」   「兄様……!僕、頑張ってますよ!もっと褒め……ぅぷっ!」    突風を食らったルストスは悲しげに兄を眺めていた。  僕は深呼吸する。大勢と聞いて緊張していた。   「フィル……体調はどうだ?」   「あ、だ、大丈夫です。今日は割と元気なので……ただ、緊張しちゃって」   「無理もないな。辛くなったら目を閉じて構わないよ。事前に準備させた通りなら、近くまで人が寄ってくることはないはずだが……」   「フィシェル、魔力視が辛いならエドワード様だけ見て、寄り添っているといいよ。非常にそれらしくて良い」   「……しかし、それでは……なぜ至純はまだ染まっていないのかと、国民に不審がられるのではないか?」   「そういう辻褄合わせは僕の仕事ですよ。二人はいい感じだが時期が悪い、精霊がまだ早いと言っている……とか。何でもいいですよ。僕がそう言ってると広めてください。それで皆納得します」    「まあ閑吟が言えばそうだろうが……やるしかないか」    僕はそのとき、初めて違和感を覚えてルストスを見た。あんなに竜に頼る国を愚かだというルストスが、全部閑吟に背負わせろと言っているのだ。  僕が気になってルストスを見ていると、ルストスが突然ハッとしたように僕を見た。   「フィシェル……それは誰にも言っちゃだめだよ」    そう言ってまた右目を閉じるウインクをされれば、何も言えなくなる。もう少し話したかったが、後ろで僕を呼ぶエディの元へいかなければならない。  一度ルストスを振り返ると、いつもの笑顔になっていた。        人がすごかった。人間ってあんなにいっぱいいるんだと驚いた。  屋根のない豪華なキャリッジは、二頭の白馬が引いている。僕も最初の方は周りを見る余裕さえあった。大通りの中心を進む僕たちを、皆遠巻きに見ていたからだ。  大半の人は小さな魔力だけれど、流石に王都は才能ある人も多い。必死で視ないようにしていたけれどやはり僕は途中で限界になり、後半はエディに寄りかかって目を閉じていた。エディは適当に笑顔で手を振ったりしている。  僕はほとんど何もできなかった。お披露目って本当にこれでいいんだろうか……    エディは妨害の警戒もしていたけれど、流石に街中で王国最強を堂々と襲う人間はおらず、少し暗くなってきた頃に僕たちは王城の敷地内の、更に奥へ辿り着いた。  先回りしていたルシモス達が出迎えてくれる。  エディが先に馬車から降りてルシモスと話している間、僕のところにはルストスとラロが来た。   「お疲れさま、フィシェル」   「う……お疲れ様です」   「ごめんね、無理させて」   「だ、大丈夫です」   「僕がやれって言っても、本当に嫌だったり辛かったら、言っていいからね?」    僕の顔色が相当悪かったのかもしれない。二人とも心配そうだった。手を貸してもらって、何とか馬車から降りる。   「僕は……ルストスがやろうと言ったことは、たぶん何でも平気ですよ」    そう言ってルストスを見ると、悲しげな笑みを返された。   「閑吟の言うことだもんね。ごめん」   「いいえ……いや、もちろんルストスは閑吟ですけど、そうじゃなくて……僕は、ルストスのことを、もう友達だと思っていますから。友達の頼み事なら、頑張れます」    僕の言葉にルストスは驚いて瞬きをした。もしかしてこの旅で仲良くなれたと思っていたの、僕だけだったんだろうか。   「ああ……僕も、フィシェルは友達だと思ってる」    ふざけて笑っているのとも、閑吟として態と仰々しく話しているのとも違う。演技が抜け落ちたような、作っていない声で呟かれて、僕は改めてルストスを見た。   「ねえ、フィシェル……閑吟としてじゃなく、普通の友達として話をしにいってもいい?」   「それは楽しみ……あ……ラロ、良いのかな?僕ってそうやって友達を招待できる?」   「もちろんできますよ!このあとご案内しますが、フィシェルさまのお住まいにはちゃんと応接間もございます」   「……お、応接間……?」    僕は一体どんな場所に住むのだろう……不安になりながらもルストスに向き直る。   「大丈夫みたい」   「あはは、ありがとう。僕は陛下にフィシェルのことを話したら、多分また王都を出るけど……行く前もできれば寄るし、戻ってきた時は絶対に話しに来るよ」   「あ……そうか、忙しいですよね」   「うん。それが僕の役目だから……」    ルストスは寂しげに笑っていた。僕たちは気付かなかったけれど、ルシモスとエディがこのときこちらを気遣わしげに覗っていたらしい。    夜になってしまうのと、僕の体調が怪しいということもあり、陛下と謁見するのは明日以降になった。エディやルストスは今晩中に話してくるそうなので、ままならない自分の体が申し訳無かった。  僕はラートルム兄弟と一度別れ、エディとラロに支えられながら、エディに与えられているルセア宮殿の敷地に入った。その敷地の中にある、レアザ館という屋敷へ案内される。レアザ館は僕の為に用意された小さなものだと言われたが、僕の実家より遥かに大きい。  エディが入り口の扉を開けると、初老の男性が待ち構えていて頭を下げた。   「おかえりなさいませ」   「ああ、ただいま。フィル、こちらは侍従長のハーデトルだ。レアザ館を取り仕切ってくれている。ハーデトル、こちらは至純のフィシェル・フィジェット殿だ。事前に伝えた通り、身体のことをよく気遣って欲しい」   「よ、よろしくお願いします……」   「はじめまして、フィシェル様。殿下からご紹介に預りましたハーデトルでございます。ゆっくりご案内させていただきたいところですが、大変お疲れのご様子。早速フィシェル様のお部屋へ参りましょう。エドワード様はいかがなさいますか?」   「俺はフィルを送った後、食事は王宮でとることになっている。フィル、すまないが今日は食事が別々だ。夜も……こちらで眠れるかは分からん。フィルはとにかくゆっくり身体を休めておくれ」    エディはそう言うと僕の手にキスをしてレアザ館から出て行った。エディを見送ると身体がぐらりと傾ぐ。そろそろ限界だった。   「フィシェルさま……!」   「これは……いけません。一度ロビーのソファへ。誰かに移動ベッドを運ばせましょう」   「す、すみません……」    すぐそばのソファへ一度座らせてもらい、その後簡易ベッドのような物に寝かされ、僕は寝室と思しき部屋まで運ばれた。既に絶えず目眩がしていて、僕は回る視界の中何とかベールを外してもらうと、靴を脱いでベッドに横になった。   「ごめ、なさ……」   「フィシェルさま、大丈夫です。ぼくがちゃんとお伝えしておきますから、今はお休みください」    ラロは流石だね、とお礼を言おうとしたのに、僕の視界が暗闇に沈む方が早かった。       

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