25 / 47

王都2 ※

 夕食は部屋で侍従たちに給仕されながら一人で食べた。まだお腹に優しいスープや粥ばかりだ。これも美味しいけれど、早く元気になって硬いものも食べたい。  食事のしばらく後に湯浴みをした。大して動いていないのに、いつも大きなお風呂に手助けの人がつくので、非常に落ち着かない。しかも今日は何故か……恥ずかしい部分まで念入りに洗われた。色とりどりの花弁が浮き、香油も垂らされた香り付きの湯船に入れられ、髪や身体にも念入りに何かを塗られてマッサージされた。  僕も人間だから、色素がないとはいえ薄っすら産毛もあるのだけれど、それも綺麗に処理されてしまう。何の為にやっているのか困惑しているうちに、腕や脚はつるつるになっていた。自分で触ってみても手触りがよくしっとりとしている気がする。  ラロは何故かずっとこれがやりたかったらしく、「ようやく念願が叶いました……!」と言っていた。これが念願ってどういうことなんだろう……  指先にまでしっかりクリームのようなものを塗り込まれ、ヤスリで丁寧に爪を整えられている間、僕は内心でひたすら首を傾げていた。  ……いや本当に、なんの為にここまでするのだろう?  寝間着も今日は、ズボンをもらえなかった。襟ぐりの広いふわふわのワンピースのような服で……裾や袖はレースだし、リボンも沢山付いている。ベッドに座らされ、侍従達がみんな出て行くと、僕はやっぱり首を傾げた。  今日は訳のわからないことを沢山されたけれど、一番はこの服だ。こうされると、貧弱な体付きと長い髪にそれなりの顔も相まって、本当に女の子になったみたいだ。僕は服の裾を持ち上げてみる。 「あれ……」    裾のレースに思わず見入る。今日はいつにも増して部屋が薄暗いので、僕はレースに魔力を流した。  レースの刺繍が魔力光を帯びると、僕は時間を忘れてそれを眺めた。足を畳んで座り込み、ジッとその模様をなぞる。   「そう……レースに刺繍っていうのも、あるんだよね……でもこれ、どうやって作ってるんだろう。こんなに布地に隙間が多いのに……」    僕がやっている刺繍は、目の細かい布を専用の道具でピンと張って、そこへ柔らかい糸を何本も重ねて刺していくものだ。レース刺繍は存在こそ知っていても、やり方を知らない。村でも実用的な服にちょっと個性を出す程度の刺繍しか求められてこなかったので、ベールを被るようになるまでレースは殆ど触ったこともなかった。  レースの模様に夢中になっていると、唐突にドアの閉まる音がして、僕は驚いて顔を上げた。   「え、エディ……?」   「フィル……やっと会えた」    いきなり現れたエディに、心臓が勢い良く動き出す。僕は真っ赤になって身体ごと顔を背けた。不意打ちだ。油断していた。ど、どんな顔をして会えばいいのか、全然考えていなかった。僕はてっきり、明日の謁見の日にようやく会えると思っていたから……  ここレアザ館は、エディに与えられたルセア宮殿の敷地の一角だけれど、エディの寝室は当然宮殿内にある。僕は熱を出して寝込んでいる間、全く気に掛ける余裕のなかったこのベッドが、妙に広い事に今更気付いて、ベッドの上で身体を折って蹲った。まさか、まさかまさか……!  このベッドに、今日の変な湯浴みも……全部エディが来るときのため……!?  こ、これも練習なのかな……?   「フィル、どうした?まだ具合が良くないのか?」   「い、いえ……身体は平気です……」    蹲ったまま、小さく返事をした。  シャツにスラックスのみのラフな格好のエディがベッドに腰掛けて、僕の方へ手を伸ばす。僕は衝撃的な事実に打ちのめされているところだったので、その体勢でゆるゆると首を横に振った。自分で表現するのは悲しいけれど、今の僕はまるで死にかけの芋虫のようだ。 「……俺の事が嫌になったか?」   「そんなことは……っ」    僕が慌てて身体を起こすと、エディが笑うのが見えた。   「良かった」    久しぶりに見るエディはまた一段と格好良い。   「フィルに会いたかった」   「ぼ、僕も……会いたかったです。熱を出していたから仕方ないかもしれないけど、一人は……さ、寂しかったから……」    目は流石に見れなくて、視線は枕にやったまま僕はようやく自分の気持ちを伝えることができた。  やはりこれが今日の練習ということか……エディは僕がちゃんと返事を言えるように言葉を選んでくれているのだろう。流石だと思った。  エディは靴を脱いでベッドに上がると、僕を思い切り抱き寄せた。   「あ……」   「フィル……今日はいつにも増していい香りがする」   「そ、れは……」   「フィル自身の美しさには敵わないが、服も可愛らしいな」    顔から火が出そう。今ならそういう火の魔法を使える気がする。これは練習だ。本気で言ってる訳じゃないはずだ。僕も……僕もちゃんと応えなくては。  僕はエディの背にそっと手を回した。エディは、いつもエディの匂いがする……お日様の匂いだ。   「なんだか、今日は皆に……色々とされてしまって」    僕はエディに指先を見せた。   「爪も磨かれて……」    エディは僕の手を取ってしげしげと眺め、親指の腹で爪を撫でていたが、唐突に口元へ持っていって口付けた。 「あっ!」   「確かに、ずっと触っていたいほどだ」    僕は慌てて手を引っ込め、代わりに服の裾をちょっと持ち上げた。もうとにかくさっさと説明してしまおう。   「あ、脚とかも……剃られちゃって」    僕は本当に想像力に乏しい。練習中にそうやって見せたらどうなるかなんて、ちょっと考えたら分かりそうなものなのに。いやでも、ずっとこういう接触を避けられていたから……ここまでしてくれるとは……このときは本当に思わなくて。  エディが僕の顔を上向かせて唇を重ねながら、空いた手でするりと僕の脚を撫でた。   「んっ」    今日はズボンがないので、エディの手は簡単に脹脛を駆け上がり、柔い内股に辿り着く。僕はそれだけで妖しい痺れがぞくりと腰を襲うのを感じて、堪らず身を捩る。   「あ、ぁッエディ……」   「病み上がりだし、我慢しなければと思っていたのに……フィルは本当に俺を煽るのが上手い」   「そんな……ぁあっだめです、待って……」    たったこれだけの触れ合いで僅かに兆してしまっていて、エディの指にそれを確かめられたことに僕はショックを受けた。どうしてこの行為をすると、一番知られたくない人に真っ先に全てが晒されるのだろう……   「……もう硬くなっているな」    指摘されて、僕は顔を手で覆った。もごもごとその下で呟く。   「好きな相手に……エディに触られたら、誰でもこうなります……」   「ふふ……そういうところが、上手いと言ってるんだ」    僕はそっとベッドへ押し倒される。    「フィル……無理はさせないから、少しだけ……触ってもいいか?」   「少しだけ……?」    僕が尋ねると、エディは目を細め、自分のシャツの袖を折った。それを見上げる僕に、眉根を僅かに寄せつつ微笑む。   「……そうだ。万が一、俺の魔力を流してしまうわけにはいかないから……」    今日エディは一緒にしてくれない。そう聞かされると、僕も眉尻が下がる。  本当なら僕がエディの魔力を拒めれば良かったんだろうけれど、行為の最中では自信がない。それに、拒む時はある程度エディを薄めることになってしまう。その上僕はエディの魔力を後から吐くのだ。染まることを回避できたとしても、お互い苦痛しかない事態になる。  僕には、エディがどうしてそんなに僕へ触れようとしてくれるのか疑問だった。いくらなんでも、献身がすぎるのではないか……   「え、エディは……それでも僕に触ってくれるんですか?ど、どうして……?僕はそこまでしてもらわなくても、ちゃんと分かっています。大丈夫です」    そう言うと、僕の脚に伸ばされていた手が止まった。   「……俺が、触りたいんだ」   「……練習が必要だからといっても……ここまでしなくていいんじゃ……?」    僕の言葉にエディは深く息を吐く。軽く首を横に振られて、僕は咄嗟に謝っていた。   「す、すみません……僕なにか、エディの気に障る事を……」   「いや、俺が悪いんだ。フィルは気にしなくていい。そう……これも、必要な練習だと思ってくれ。フィルが触れられたくないのであれば止めるが……」   「ぼ、僕は……エディに触ってもらえるなら、とても嬉しいです。よく分からないけど……練習なら、やらないといけないです……よね?」   「ああ。いつかの為に、これも必要なことだ」    どんな場面でこんなことが必要になるのかは、知識も想像力もない僕では分からない。エディも詳しく説明してくれないところを見ると、今僕が知る必要は無いのかもしれない。  でも僕はこれまでの日々の中で、エディが僕の嫌がることはしないと良く知っている。それに僕は……エディに触れてもらえることが嬉しい。練習だと言われて安堵し、思考を閉じてその理由に縋ってしまいたいほどに。   「エディ……」    僕がエディに手を伸ばすと、黙って口付けてくれた。   「ン、んっ……」    エディの目の中に、僕の知らない感情が揺らめいている。幼い頃から日常的に人の魔力を視てきたから、僕に向けられる大抵の感情は判別できる。  でもこれは知らない。その名前を教えてほしい。どうしてそんなに、優しくて甘く、激しい揺らぎをしているのか……  エディの手が僕の服の下へ滑り込む。長いワンピースを捲り上げられると、すぐに何もかも見付かってしまう。とんでもない服だ。僕は恥ずかしさに涙が滲むのが分かった。  いくら部屋が薄暗いとはいえ僕の目にもエディの顔は見えるし、そもそもエディは何故かテアーザでも、真っ暗な部屋でさえ光を失っていないようだった。きっと僕の情けない顔も、身体の恥ずかしいところも、何もかも見えているのだろう。  見られたいような、知って欲しいような……エディには魔力が視えないので、そんな僕の中の浅ましい葛藤を透かされないことに安堵しつつ、僕はエディの手に身を委ねた。   「あ……っ、ぅ……ぁあっ」    エディの指が、爪先で擽っていた僕の胸の尖りを優しく押し潰す。そうされると甘い疼きが腰に溜まり、僕は切なさに喘ぐ。男もそんなところが気持ちいいなんて、この間まで知りもしなかった。  油断するとすぐに閉じてしまう目を開け、エディと視線を絡める。そうすれば何も言わずともキスをしてもらえるのが、気持ちが通じているようで堪らなく好きだった。   「んッ」    エディの熱い唇がゆっくりと離れて、首元、鎖骨と下っていく。少しの不安と期待に、身体が僅かにびくりとした。しかし微かなそれも気取られて、エディが笑いながら僕の寝間着を脱がせてしまう。襟ぐりが広めのワンピースなので、簡単に脱げてしまった。  完全に露わになった胸元に、エディの唇が落とされる。先程指で散々可愛がられたそこへ、今度はエディの舌が這う。   「あッ!ぅッあ……っあ」    舌が僕の小さく硬いそれを撫で、唇が吸い上げる。もう片方も指の腹で挟まれ、転がすようにされていて、僕は何度も身体を跳ねさせた。けどそれも、エディに押さえ込まれてしまう。   「ん、ぁっ……ゃ、あ……っそれ、だめです……も、むり……ッ」   「ん……しかし、随分と……良さそうだが?」   「あッ!」    答え合わせをするかのように、股座で硬くなったものを下着の上から擦られて、僕は思わずエディの腕を掴んだ。   「だめ……っが、我慢できない……から」    エディの魔力が薄まってしまう。いくらエディだって、きっと具合が悪くなるはずだ。そう思って精一杯力を込めてみるが、エディの腕はびくともしない。それどころか、喉の奥で笑われてしまった。   「……まさかそれで、俺を止めているつもりか?」   「ぅ、っん……だって……エディが……っ薄まっ……ッ待って、擦られると、すぐ……あぅッ」   「俺は多少魔力を薄められたくらいでは、具合が悪くなることはない」   「あ、ぁッでもっ」   「それに、前から言っているだろう?」    エディは僕の唇に軽く触れるだけのキスを落とす。   「本当に嫌なら、ちゃんとここで伝えてくれ。フィルの可愛らしい抵抗は、男を煽るだけだ」   「エディ……」    嫌なんて言えるわけがない。エディに触れてもらえているこの信じられないほどの幸運を、いらないなんて……そんなことは、とても言えない。この多幸感と快楽の中に、ずっと浸っていたい……  エディの腕を掴んだ手から力を抜くと、下着もそっと脱がされる。これで僕だけが貧相な身体を全て晒すことになった。その事実に耐えきれなくなって、僕は顔を手で覆い隠した。  しばらくそうしているとサラサラと流れる砂の音が聞こえて、慌ててその音のする方を見やる。  するとエディが横目でこちらを見ながら、いつか見たあの小瓶を手に入れている所だった。それを目撃してしまって、思わず息を呑む。どこからか小瓶を届けた砂は瞬く間に見えなくなっていった。   「そ、れは……」   「さあ、続きをしようか」    カコ、と瓶の蓋が開くと、何処か蠱惑的な甘い香りが辺りに漂う。そのオイルのような液体がとろりと股の間に垂らされるのを、僕は呆然と眺めた。   「ん、ぁあっ」     滑りが良くなった硬い中心を掴まえられ、親指の腹が感じやすい筋を押し上げると、僕は堪らずシーツを引っ掻いた。そうされながら、更にあらぬ所に指を這わされて、僕は快感と不快感の狭間で呻く。 「ぅ、うっあ……ッそ、こは……っ」   「言っただろう?男同士では此処を使うと。少しずつ何度も慣らさなければならないんだ」    そう言いながら、エディが僕の後ろの方にある窄まりへオイルを塗り込める。僕は信じられない思いでその初めての感覚を受け入れた。  エディの指がゆっくりと侵入して、隙間へ更にオイルを流し込まれていく。ぬるく温められたそれが、僕がエディの指を受け入れる為の手助けをする。   「痛くないか?」   「う……んっ、でも、変な感じ……」   「では、これは?辛くないか?」    卑猥な粘性のある水音を立てながら、指が前後に動かされる。僕は得体の知れないぞわりとした感覚に喘いだ。   「ああっ!待っ……ひっ!ぁ、あっ!」   「流石に、キツいな……」    エディの指が熱いからなのか、オイルの滑らかな摩擦の所為なのか。内壁を擦り上げられるたび、指に触れている部分がじわりと熱くなる。  未だ兆して握り込まれている中心の方へ、その熱が集まっていくような気がする。そちらを構うエディの手は、僕の硬い部分から少し下にある膨らみを戯れに転がしながら、後孔に入り込んだ指の感覚を誤魔化そうとするように動く。後ろの指は僕の内部を確かめるように何度も何度も突き入れられた。   「あ、ぁっう、んんッ」    押し上げるようにされるのが苦しくて堪らず、もう無理だと身を捩ったとき、僕は信じられないくらい鋭い快感に襲われ、ほとんど叫ぶような声を上げていた。   「ひッあぁっ!!」   「この辺りか?」   「あ、ぅっだめ、そこ、待ッぁ、ぁあっ!」    鋭い快感を伝えてきたそこだけを何度も擦られると堪らなくて、待って欲しいと啜り泣くことしかできない。どうすればこの強過ぎる快楽から逃れることができるのか、そればかりを考えていた。  当然、最早魔力に気を配る余裕などない。   「っあぁ……ッも、ほんとに……ゃ、あっあッ」    僕の腰が逃げる方へばかり動くので、エディが触り方を変える。ゆっくりと押し上げ、中心を手の中に緩く収められると、相変わらずそこは気持ちが良かったけれど、逃げる程ではなくなった。   「っう、ぁ……どうして、こんなに……ぁっ」   「良かった……フィルが気持ち良さそうで」    そう言われて、僕は恨みがましくエディを見上げた。見上げたものの、実際に感じて散々声を出しているので、何も言い返せない。   「フィル、ほら」   「あっ」   「自分で握ってみるといい。いつでも出して構わないから」    確かに達する時には、流石にエディに出したものを触らせるわけにはいかない。どうしたってそこには多量の魔力が含まれてしまう。  僕は頷いて、自分のものに片手を添えた。自分一人でした事なんて片手で数えて足りるくらいしかないけど、それら全てを足してもこんなに熱くなったことはない。  ゆるゆると握り込むと、中のエディの指が激しい動きを再開したので、僕はまた目をぎゅっと瞑った。思わず手にも力が入ってしまうけれど、そうするとまた脳が焼き切れそうなほどの快感が駆け昇ってくる。   「あ、ぁあっも、っ無理、いっちゃ……っう」   「フィル……気持ちいいか?」   「い、ぃッ……!ぁ、あっ」    僕はなんとか薄く目を開け、エディの空いている手を探した。察したエディが彷徨う僕の片手に自分の指を絡めてくれる。そうされると再び目を瞑っても安心して溺れてしまうことができた。   「ぁあっ、い……ッんぅ、ああぁっ!!」    びくびくと震える腰に力が入って、僕は自分の身体に白濁を散らした。エディがゆっくりと指を引き抜く。その微かな刺激にさえ僕はまた下腹が痺れた。心臓が耳元にあるかのように、近くで鼓動が聞こえる。  エディは繋いだままの僕の手を引き寄せて、そこへ口付けた。   「フィル……とても可愛かった」   「エディ……」    荒い息の中で何とか名前を呼ぶと、エディがそっと顔を近付けて僕の唇を啄んだ。ちゃんと呼吸ができるように優しく重ねられて、胸が痛くなる。困らせるだけだと分かっているのに、どうしても口から出てしまう。   「好き……」    そう言えば口付けが深くなって、手を握る力も強くなる。どうしてだか、咎められているように感じられた。  ……やはり言ってはいけなかったらしい。  目の奥がじわじわと熱を持つ。それが溢れてしまっても、エディは口付けを止めてくれなかった。  

ともだちにシェアしよう!