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王都5

「じゃ、じゃあ僕は敢えてなにも教えてもらっていなかったということですか?」   「ええ、そうですね。旅の間にもお教えしようかと思っていたのですが……折角何も知らないのだから、陛下が至純殿から本心を聞き出す良い機会だと、あの閑吟様が仰られましてねぇ。まあフィシェル様なら問題ないとは思っていましたが……予想以上の成果でした。リグトラントは必ず貴方をお守りしますよ」    翌日、僕は診察に訪れたルシモスに昨日のことを確認していた。ルストスの指示ということでルシモスは嫌みたいだったけれど、それが上手くいったので複雑な気持ちらしい。表情にしっかりと出ていた。   「お勉強はこれからです。リグトラント王族や貴族についても、きっちり学んでいただきますよ」   「……頑張ります」    その日から、僕は本格的に城で暮らす為の勉強をすることになった。    四人の王妃様、八大貴族、エディの六人の兄妹たち……  見た目が若いと思っていたけれど、ウィリアム様が第四王子で皇太子なことに一番驚いた。  第二王子のマーク様はテアーザの町長をしていて、第一王子のリチャード様は王宮魔導師、第三王子のクリス様は魔道具開発局。皇太子としての資質はウィリアム様が一番高いそうだ。    なんでも精霊と契ったときに、次代の王になるべき人間はとある特殊体質で生まれるようになったそうなのだ。これは一部の王族や貴族しか知らないことだけど、王になる人間はどんな魔力の持ち主相手でも摩擦痛を起こさないらしい。ウィリアム様は実際に陛下によく似た柔らかな光の魔力をお持ちだったけど、他の色と交わっても相手も自分も痛くないそうだ。  とはいえそんなことは大々的に発表できないので、精霊に選ばれたとしか言われない。ただ、王は何人も妻を持ち、子孫を残さなければならない為、事情を察している人間もいるだろうとのことだった。    その日から僕は午前中の内のどこかでルシモスに一刻ほど診察と授業をしてもらい、昼食までラロやアーニアと勉強をしている。  午後は基本的に裁縫をしていて、その他に少しずつアーニアと一緒に館の周りを散歩するなどして体を動かすようになった。  アーニアは……流石というか何というか……仕事も良く覚えるし、僕の勉強や散歩の相手もしてくれているし、夕方には護衛としての鍛錬もしている。なのに元気そうだ。体力がすごい。    僕はといえば元から身体が華奢な作りの上に大して動かない生活だったので、筋肉量が根本的に少ないようだった。すぐにバテてしまう。  これではいけない。僕は散歩を始めた数日後から、アーニアに付き合ってもらってただ歩く他にも体操をしたり、日によっては軽く走ったりして、体力作りを行うことにした。僕の目はあまり遠くを見ることができないので、レアザの周辺のみでしっかり周りにも助けてもらって行っている。現在の季節は秋の半ば。気温も涼しく身体を動かすにはちょうどいい。  王宮魔導師と魔道具開発局が協力し、ベールや遮光効果のある衣服をいくつも用意されたときには驚いたけれど、僕が外で体を動かす為には日光の対策が必要なので有難かった。髪を上げてベールをピンなどで留め、そのまま体を動かしている人間はさぞ不思議な見た目だっただろうけど……    光属性のリルニース伯爵家出身のリレイア妃を母に持つ第一王子、リチャード様が僕のベールに直々に魔法をかけて下さっていて……  ベール自体も、第三王子で魔道具開発局の局長をなさっているクリス様に魔法を通しやすい素材を用意していただいて作られている。クリス様の母君……サラーサ妃は植物を操るサロッグ子爵家の出身で、子供たちにもその性質が受け継がれているそうだ。  どうして王子様達にわざわざ作ってもらったのか分からない。  確かに特殊な要求だとは思うし、出来上がってきたものは素晴らしいけれど……やはり畏れ多い気がする。    でもそんなことを言い始めたら、国の防衛を担うエディに構ってもらっているこの状況の方が……よほど畏れ多いのかもしれない。    服を着直してベッドへ倒れ込みながら、僕はエディに聞き返した。   「お、温室……ですか?」   「ああ。サラーサ様やクリス局長が、その魔力を生かして色々と育てているんだ。明日は俺も午後から時間が取れそうで……良かったら散歩がてら、一緒に行かないか?」    僕はエディに軽く触られた後なので、ベッドでぐったりとしていた。そんな僕を引き寄せ、髪を撫でながらエディが言う。僕はその心地良さに浸りながら頷いた。   「嬉しいです。行きます」    僕がエディの手を取って握り込むと、エディは僕に優しくキスをしてくれた。        翌日の午後、僕は迎えに来てくれたエディと一緒に、ルセア宮殿と王城の中間くらいの距離にある温室を訪れていた。今日の僕は上は寒色のフリルシャツ、下は動きやすいスラックス。大体いつもこの様な格好をしている。なぜ毎回フリルカラーなのか僕には分からないけれど……渡されるので大人しく着ている。ベールは花の色を楽しめるよう、白にした。王都へ来て白のベールを作ってもらえるようになってからは、基本的に白を使う。僕は至純だからか、白っぽい色を纏うことが多い。  僕の後ろにはラロとアーニアがついてきてくれている。二人とも僕の従者として控えていた。  温室の中は圧巻だった。やはり"温"室なので少し気温と湿度が高かったけれど、そんなことはすぐに気にならなくなる。  温室はいくつかの棟に分かれていて、関係者以外も入ることができるのはこの花の温室と、そこから続く小規模な実験棟だけだそうだ。野菜や薬草の畑がある温室には、許可された人間しか入る事はできない。  僕はそんなエディの説明を聞きながら、僕の目にもしっかり飛び込んでくる色達に感嘆の溜め息をもらした。   天井から吊り下げられたたくさんの鉢の中には、色とりどりの小さな花が溢れるように咲き誇り、通路から見えるよう階段状に設置された大量の花壇はよく整えられていて、僕の弱い目でも大いに楽しむ事ができた。それらをガラスを通った秋の午後の陽射しが、柔らかく照らしている。僕はしゃがんだり中腰になったりして、花壇を一つ一つじっくりと見て回った。   「気に入ったか?」   「はい!とっても……!すごく綺麗です!」    エディが優しい眼差しでこっちを見ている。僕は自分があまりにも夢中になっていたことに気が付いて、ちょっと恥ずかしくなった。エディはそんな僕を嘲笑うことはなく、隣に並んで花壇を一緒に眺めてくれる。そんな一見些細なことが、僕の心を暖かくする。   「フィルはよく花の刺繍もするだろう?そういう意味でも、是非一度連れて来たいと思っていたんだ」   「……すごく参考になります。ノルニでは見たことないような……色んな種類があって。ちょうど、色糸を変えながらカラフルなモチーフを刺してみたいな、とも思っていたところだったので……」   「何かいいデザインでも思い付いたか?」   「うーん……そうですね……」    僕は少し悩んでからラロに声を掛けた。   「ラロ、何か書くもの……紙とペンがあったりしない?」   「スケッチ用の道具は用意がございますよ。すぐにお出しします」    僕は自分から尋ねたというのに、ラロの返事にとても驚いた。  まさか、読んでいたのだろうか……?当然のようにラロの鞄の中からスケッチブックとインクペンを取り出されて僕は驚きを通り越して思わず笑ってしまった。そう、インクがいいんだよね。僕はインクに魔力を流さないと細かい部分まで見えないから……  渡されたこのインクペンは、普通のスケッチには向かないのかもしれないけれど……目が弱い僕にはちょうどいい。それに実際に描くのはスケッチではなく、刺繍のデザイン画だし……  ラロの気遣いには毎度、只々感心するばかりだ。    少し考えながら、僕は目の前の花に更に顔を近づけつつ観察をして、簡単な刺繍用のデザイン画に落とし込んでいった。複雑そうなところは思い付いた刺し方もメモしておく。魔力を流しても字はやはり苦手で、ある程度線が震えてしまうけれど、このメモは僕が分かればいい。  色インクのペンで簡単に花弁の色も描き込んだ。何色で刺してもいいけれど、本来の色を忘れない為に。  小さい花をたくさん散らすのもいい。大きな花々を組み合わせるのもいい。こちらの存在感のある花は大きく一つだけ刺して、周りに蔓草を這わせるのが似合う……もちろんそれだけで絵になるデザインも良いけれど、ラインになるように花と蔓を繋げても面白い。何枚もいいデザインが描けて、僕は再び我を忘れて夢中になってしまう。  せっかく忙しいエディが一緒にいてくれているというのに……刺繍のこととなると、僕はどうしても時間や周りが見えなくなる。   「これは……」   「……フィシェル様、すごいですわね……」   「ああ……ずっとこれを仕事にしてきた訳だしな。もちろん才能もあるのだろうが……」   「あっ!……ご、ごめんなさい。つい……」    二人の会話が意識の隅に降ってきて、僕はハッとして顔を上げた。   「大丈夫だ。途中にするのは良くない。キリの良いところまでやってしまおう。俺はフィルの仕事ぶりを眺めているから」  エディがこれ以上なく優しく微笑むので僕は恥ずかしくなり、最後の方の線はちゃんと見えているのに手の方が勝手に震えてガタガタになってしまった。  でもいいものが何枚も描けたと思う。ルストスに渡したいものは、ちょうど色んなデザインが複数必要だったので助かった。ここへ来ればそれは解決するだろう。   「……エディ、ありがとうございます。でも、ごめんなさい……疲れている中、せっかく貴重な時間を貰っているのに」   「俺はフィルが楽しそうな様子を見ているだけで元気が出るから、構わないよ」   「そ……っ」    そんなわけ、ないんじゃ?そう言おうとしたのに、エディの魔力の揺らぎが本当に穏やかだったので……僕はその言葉を飲み込んだ。   「ふふ……またいつでも来るといい。もちろん、一人ではなくラロやアーニアとだが……ここは王城にいる人間ならある程度誰でも来ていい場所なので、どうしてもフィル一人ではまだ危ないからな」    僕は頷いた。どう危険なのか、もう自分で理解することができるようになっていた。ルシモス達の指導のおかげだ。僕の事情をよく知らない使用人、一癖も二癖もあるらしい貴族たち……僕はまだまだ一人で対応できない事柄が多い。  所謂オルトゥルム側の人間もどこかにいるのかもしれない。僕は自分の身を守れないので、一人きりにならない方がいい。  その点、従者として完璧なラロと、貴族や王族への対応を把握していて戦えるアーニアは、とても心強い味方だった。    僕はデザイン画とペンをラロに預け、エディに手を引いて貰いながら再びゆっくりと温室を見学し、大いに楽しんだ。後から見て回った方もデザイン画にしたい衝動に駆られたが、それはいつでもできる。今はエディと一緒に居られる時間を、もっと大事にしなければ。    歩みを進めていると、僕はふと温室の雰囲気が変わったのを感じた。それまでは見る人を楽しませるような、所謂"魅せる"為の植え方をされていたのに、こちらは色も大きさもバラバラだった。かと思えば同じ形の別色の花同士で植えられているのに、どうにも元気がなさそうな鉢植えもある。   「ここは……なんだか雰囲気が違いますね」   「この辺りは……実験中の鉢のようだな。注意書きの看板があるはずだが……ああ、いつの間にか通り過ぎてしまっているな」    エディが振り返り、後方の天井からぶら下がっている木の板を指差した。   「実験って、どういうものなんですか?」   「なんでも、花と花の相性を調べているそうだ。魔力を持つ花も多いし、何が起こるか分からないものが殆どだから、フィルは特にあまり近付かないように」    僕はそう言われて瞬きをした。ピントを魔力に合わせれば、僕でさえ明らかに相性が良くないと分かる花がある。   「エディ、この鉢なんですけど……」   「……ちょっと元気がないようだな。よく似た種類なのに、どうしてこうも相性が悪いのだろうか……」    白っぽい花同士で分かりにくいかも知れないが、僕の目にははっきりと花に宿る相克の魔力が視えていた。色相環のちょうど反対の色なのだ。混ざると黒っぽくなる、補色関係の色同士。これでは相性が悪いに決まっている。  魔法として発動させ、お互いを立てるよう考えて作用させるならともかく、補色関係の魔力を持つ人間同士に一緒に寝るような距離感の共同生活を強いたら、不意に魔力を流す度に強烈な摩擦痛が走る。花だって一緒だ。  この花は内在する魔力が少なく、花弁の色に殆ど魔力色が反映されていないので、分かりにくかったのかもしれない。    ざっとそれを説明すると、三人は目を丸くしていた。   「なるほど、魔力の色の問題か……」   「ここにある相性の良くない組み合わせは……ほとんど魔力の色が遠いですね……」    僕が一つ一つ花の小さな魔力を視ていくと、双方の根が絡み合い、そこでどす黒い魔力溜まりを起こしているものまであった。こうなると周囲の魔力を飲み込み、花はじきに枯れ、土も汚染されてしまう。無闇やたらと魔力を取り込んだ魔獣の血と同じような……黒の毒になってしまうのだ。  特に精霊国の人間がこの黒い魔力を体内に取り込むと、全身に激痛が走り、最悪の場合ショック死するだろう。ショック死はしなくとも、汚染が酷ければ当然死に至る。もし取り込んでしまったなら、半身同士の魔力増幅作用で自分の魔力の元の色を増やし、黒い毒を薄めて追い出すしかない。もしくは僕の魔力を使って薄めるとか……?いや、でもそれだと相手の元の色も薄まってしまうので駄目かもしれない。  ……そういえば、透明の僕自身はどうなるのだろう?  元が透明なので痛みは無いのかもしれないけれど、濁ってしまうわけだし……緩やかな死には向かう気がする……  僕は恐ろしくなってその鉢から離れた。   「どうした?」   「こ、ここは……ちょっと怖いです」    エディに黒い魔力溜まりのことを伝えると、流石にエディも焦ったようだった。   「それは不味い……ラロ」   「分かりました。クリス様にお伝えするよう近くの者に伝えて参ります」   「……その必要はないよ」    僕たちが突如聞こえたその声に驚いて振り返ると、独特の作業服の上に暗色のローブを着た、深い緑色の髪と瞳の男性が歩いてきた。髪は短めだがウェーブがかかっている。黒縁の眼鏡も掛けているので、ルシモス程ではないが生真面目そうな印象を受けた。   「兄上……」   「やあエドワード。非常に興味深い話をしていたね。しかしこんなところで迂闊な話は禁物だよ」    その人はエディに微笑んだ後、そのまま僕の方を見た。   「初めまして、至純殿。私はクリス・サロ・リグトラント。今は魔道具開発局の局長をしています」    僕のベールや服の素材を用意してくださった、魔道具開発局に勤めているお方だ。  僕は慌ててお辞儀をした。   「初めまして、クリス殿下。至純のフィシェル・フィジェットと申します。いつもベールや衣服をありがとうございます」   「噂通り、大変可愛らしいお方ですね。フィシェル様、とお呼びしても?私のことも殿下は不要です。王子らしいことは、何もしていませんからね」   「僕の呼び方はお好きなようになさって下さい。えと……それでは僕も、クリス様と」    クリス様は穏やかな顔で、懐から何かの道具を取り出した。それを温室の天井に向かって投げる。  空気が張り詰めるような音がして、僕たちのいる空間の外側へ、風の断音魔法が張り巡らされるのが分かった。   「それも……魔道具ですか?」   「ええそうですよ。内緒話をするときには、こういう道具があると便利です」   「……兄上は、もうお聞きに?」    エディが聞くとクリス様はふぅ、と息を吐いた。   「ああ、先日陛下から直接聞いたよ。驚いた、あのオルトゥルムと戦うとはね。それで……フィシェル様?」   「は、はい!」   「魔力が視えるのですね?大変素晴らしいお力です」   「はい……これはオルトゥルム国で、一部の人間が持ち合わせているらしい、魔力視です」    僕はルシモス達に教えられた通りに返事をした。王族特有だとは言わないことになっている。しかしやはり嘘をつくときは緊張する。魔力が視えるのが僕だけで本当に良かったと思う。  クリス様はそんな僕のことを頭の上から足の先までじっと眺めた。   「失礼、白竜の御子とは本当に……分かりやすい竜の特徴が出ているわけではないのですね。ベール作成のお話の時点で、光に弱い体質については聞いていましたが……白竜の御子、魔力視、至純と……このように二国の特性が両立するとは、驚きです」    僕は目を伏せた。迷ったが、正直に思ったことを告げる。   「……もしリグトラントとオルトゥルムが本当の意味で国交を回復し、いい関係を築くことができたなら……温室の研究だけでも、随分と進みがあると思います」   「ええ、間違いなくそうでしょうね。我が国は治癒を始めとする魔法が優れていますから、治療用の薬学など……一部の分野は少々どころではなくかなり遅れがちなので……魔力視の持ち主を招くだけでなく、オルトゥルムでは当たり前に広まっているような知識も、リグトラントの役に立つでしょう。私も一研究者として、非常に興味があります」    僕は静かに頷いて、先程視えたものについて改めて説明した。特に黒い魔力溜まりには迅速に対応が必要だった為、クリス様にお願いする。   「……そうですね。すぐに回収させましょう。ああ……フィシェル様には、そのうち研究者になっていただきたいほどです。魔道具製作において、魔力の流れが視える目ほど便利なものはありません」   「ぼ……僕はまだ……魔道具以前に、色々と勉強中の身ですので」   「ふふ……確かに、それもそうでしょうね。残念です。興味が出ましたら、いつでも技術塔をお訪ねください」    僕は御礼を言ってその場から逃げるように離れた。エディはもう二言三言クリス様と話していたけれど、僕はラロとアーニアを連れて一足先に華やかな温室の方へと戻った。   「き、緊張した……」   「大丈夫ですわ、フィシェル様。受け答えに問題はありません」   「ありがとうございます。アーニアがいつも教えてくれているお陰です……」    僕は戻ってきたエディともう少し温室で話してから、レアザへ戻った。      

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