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王都7

 いきなりエディのお母さんに会うことになって、僕は慌ててラロとアーニアに身なりを整えてもらった。  王子たちの母親はみんな後宮というところにいるらしい。王城があるエリアのほぼ中央に位置していて、とても大きな建物だ。  従者は入れないと言われ、僕は入り口で見送られた後一人で門をくぐった。案内人にドキドキしながら声をかけ、エディとそのお母さん……フラーティア妃の待つ部屋へと案内してもらう。    フラーティア様の自室だというその部屋の前で、僕は深呼吸をしていた。案内してくれた人は、今は部屋の近くで長居をしてはならないと言い付けられているそうで、そそくさと離れて行ってしまった。  自分のタイミングで落ち着いたら入ろうと思っていたけれど、耳の良いエディが気付いて扉を開ける。   「フィル?」   「あ……エディ」   「どうした?ずっとそこに立って」   「う……その、緊張してしまって」   「大丈夫。さあおいで」    エディに手を引かれ、僕は部屋の中に入る。   「こんにちは、貴方がフィシェル様?」    中に入ると燃えるような赤い髪と目の女性が新しいお茶を用意して僕を見た。そうして姿勢がそのまま固まってしまう。  僕は慌ててお辞儀をした。   「フィシェル・フィジェットです……はじめまして。僕のことはどうか、ただフィシェルと呼んで下さ……」    顔を上げてハッとした。フラーティア様は口元を手で押さえ、涙を流していた。   「母上……」   「ご、ごめんなさい……姿絵を見ていたけれど、やはり直接目の当たりにすると驚いてしまって……本当に、良く似ているのね」    そう言われて、フラーティア様が母さんを知っているのだと気が付く。フラーティア様はハンカチを取り出し、涙を拭った。   「……私はフラーティア・フレル・リグトラント。エドワードの母です。会えてとても嬉しいわ、フィシェル」   「僕も、お会いできて嬉しいです」    促されるままにソファへ座り、質問されたノルニでの暮らしを答えた後、僕は思い切ってフラーティア様に母さんのことを尋ねてみた。    リナトワ・リアターナ。街や村の名前を家名にしている時点で一般の庶民だと分かる。貴族ではなくとも、大きな商家や有名人になると新たに短めの音を家名とすることもあるらしいが、母さんはそのどれでもなかったらしい。  話を聞いていると、母さんにはそもそも家族がいなかったそうだ。強い光の魔力を持っていたが、リアターナに捨てられていたという。音楽の街リアターナでは、そうした子供は村長が預かり、幼い頃から歌や踊り、楽器などその子供が選んだ音楽が関わる道を一つ教え込む。  母さんは光を操る美しい踊り子に成長した。   「でも……リナトワは、私と会ったとき……自分に本当の家族が居ないことをとても気にしていたわ。村長の家ではあくまで師弟関係で……ずっと踊り子として扱われていたみたい。同じ家に住んでいても、親子のような扱いは受けたことがないと聞いているわ」    家族に飢えていた母さんは、リグトラントの有力貴族であるフレディアル伯爵家からの養子の申し出に頷く。お忍びで遊びに来ていたフラーティア様と仲良くなり、それを見ていた父フレディアル伯爵が養子にならないかと声をかけたのだ。  明らかに見た目の色の違う自分では不安だった母さんだが、姉になるフラーティア様は親しくしてくれ、父になるフレディアル伯爵も優しい。母さんは最終的には新しい家族に喜んでいたそうだ。    ところがテアーザに滞在した際、母さんは様子がおかしくなってしまう。  フラーティア様に「好きな人ができた」と言い、その人と結婚して家族を作りたい、と……   「私もリナトワも、まだ若い娘だったから……その時は私も応援してしまったの。あの子が家族に強い憧れを抱いているのを知っていたし……うちは正直なところ、お母様が厳しいお方だから……リナトワには合わない可能性も少なからずあって。だからお父様には内緒で送り出した。その時はまだ、私は愚かにもテアーザへ行けば再び会えるものだと思っていて……」    ところが嫁いだ先はあろうことか海の向こうのオルトゥルム。しかも王族は特に退知の呪いに晒されている……   「オルトゥルムでリナトワが幸せだったかどうかは、今となってはもう確かめようがないけれど……おそらく呪いの脅威はそこで暮らす間に分かっていたのだと思うの。フィシェル……血の繋がった家族であるあなたを呪いから守る為に、リナトワはオルトゥルムを出たんだわ」    僕はエディに背を撫でられ、気が付くとぼろぼろと涙を流しながら……母さんの言葉を思い出していた。   『フィン!今日はお外でご飯を食べましょう。母さん、張り切ってお弁当を作るわ!いくら光に弱いと言っても、ずっと籠もってばかりも良くないもの。大丈夫よ、母さん……素敵な木陰を知っているの!』   『自己治癒は自分の中の魔力の巡りを意識して……え?あなたまさか、魔力が視えているの?……そう……でも、フィンは視力が弱いから、その力は……きっと必要だったのね』   『そうねぇ……魔力が視えるなら、糸や針に自分の魔力を流してみたらどうかしら。それが見えればきっと、フィンにも刺繍ができるようになるわ』   『まあ!ふふ……頑張ってスープを作ってくれたのね。ありがとう、フィン』   『恋をすると、人は盲目的になる……あの頃の母さんは、そんなことも知らなかったのよ』   『すごいわ!フィン、あなた姿を隠せるのね!』   『フィン、寝る前のお話をしてあげるわ…………今日は悪い竜とお姫様のお話よ!……え?竜がどんな生き物かって?……そうねぇ……空を飛ぶ竜は、羽の生えた……蜥蜴のような見た目をしているわ。母さん、見たことあるの!……本当よ』   『母さんはあなたが大好きよ、フィン。丈夫に産んであげられなくて、ごめんね……できるならもっと長く、一緒にいたかったわ。……あなたの事は、村長とパウロさん、もちろんカーラにもお願いしてあるの。フィンの刺繍の腕前なら、きっとこの村で生計を立てられるはずよ』   『……フィン……あなたの人生にはもしかしたらこの先、つらいことがたくさん待っているかもしれない……でも、どうか強く生きて。魂だけになったとしても、母さんはずっとフィンのことを見守っているわ』  母さん、今日僕は……母さんのお姉さんに会えたよ。   血の繋がりはないけれど……僕がお姉さんの息子のエディを好きになったって言ったら、母さんは驚くかな……  いや、驚きはしてもきっと最後には祝福してくれるに違いない。  その身に宿す光の魔力のような、明るく元気な人だった……    僕は時間を忘れてフラーティア様と話をした。僕が覚えている母さんのことを話すと、フラーティア様は笑って、時折泣いていた。それは僕も同じで、エディは僕の手を握り、ベールの下へハンカチを持って行って僕の涙を拭ってくれた。 「フラトワ……ね。ふふ、肝心なところが大雑把な、あの子らしい名前……」    フラーティア様は母さんと一緒に過ごした時間は短かったし、血の繋がりもないが……僕は話をしていて、この人こそ間違いなく母さんの本当のお姉さんなのだと……何度も何度も噛み締めた。本当に大切に思ってくれていると分かり、息子として嬉しくなる。  しかしだからこそ、エディとの事を考えると複雑でもあった。実の妹のように思っている人間の息子が、自分の息子と……フリではあるが半身になろうとしている……  リグトラントは魔力の色が全てで、子供を作らない近親婚や同性婚には寛容な文化の国ではあるけれど、やはりできるだけ避けるべきだという認識はある。そればかりになっては、ただでさえ魔力の色に強く左右され、摩擦痛のあるリグトラント国民は瞬く間に数を減らしてしまう。  僕は一度エディの手から抜け出し、フラーティア様に確認してみようとした。が、エディは僕の手をしっかりと握って離さない。暫くそこを見詰め、どうしようかと悩んでいたが、二人の視線を集めていることに気付いて顔を上げる。  エディの綺麗なオッドアイと目があって僕が慌てて逃げようと顔を背けると、そちらにはフラーティア様がいて僕は真っ赤になって再び俯くことになった。   「ふふ……ねぇ、私もフィンって呼んでいいかしら?」   「そ、それは……もちろん。嬉しいです」   「本来なら至純様にはもっと丁寧なお言葉を使うべきなのでしょうけれど……」   「いえ、お気になさらないで下さい……僕は……至純である前に、母さんの息子なので」   「フィン……あなたは本当に優しい子ね。……でも、エドワードでいいの?」    会話によって恥ずかしさが薄れ、ほっとしたところで、フラーティア様が爆弾を投げ込んできたので、僕は噎せた。   「あらあら、大丈夫?」   「っだ、大丈夫です……」   「母上……フィルを困らせるようなことを言わないでください」   「あら?困らせているのはどちらかしら……そうだわ、エドワード。あなたちょっと外に出てなさいな。フィンと二人で話がしたいの」    僕がお茶に手を伸ばして必死に呼吸を整えていると、二人は暫く無言で睨み……いや、見つめ合っていた。が、やがてエディが握っていた僕の手を持ち上げ、そこに唇を落として席を立つ。あんなに手を一度外そうとしたのに、いざエディが離れていくと途端に心細くなってしまう。   「フィル、そんな顔をしないで……少し外にいるだけだから」   「エディ……」    エディは優しく微笑むと部屋から出て行った。   「フィン……エドワードの事を、好いてくれているのね」    僕が閉められた扉を見ていると、フラーティア様から声をかけられて慌ててそちらへ向き直る。僕は何度目か分からない赤面をしつつ頷いた。   「こ、こんな情勢で……しかも血の繋がりはなくとも、従兄弟にあたるのに……僕は……」   「ああ、そんな顔をしないで……いいの。大丈夫よ。責めたりしたいわけじゃなくてね。ただ、エドワードが一方的にあなたに想いを寄せているのではないかと思って心配していたから……」   「……え?」    僕はぽかんとしてフラーティア様を思わず視ていた。嘘も何もついていない。少なくともフラーティア様はそう思い込んでいるのだ。   「エディは……僕の事を好きではなくて……いえ、とても大切にしてもらってはいますが、それは僕の立場が難しいからでは……ないかと……」   「まあ!一体どうしてそう思っているの?」    僕の言葉にフラーティア様は目を丸くした。僕は戸惑いながらも、聞かれるままにここへ来るまでに二人に関して起こったことと、エディから言われた言葉を白状した。   「……それは、いえ、でも……そうよね……まだ子供の年齢で一人暮らしになってしまったんだもの……分からなくて、当然なのかも……あの子だって、そこまで教えられなかったんだわ……」    僕が一通り話すと、フラーティア様は難しい顔をしてぶつぶつと何かを呟いた。   「あの、フラーティア様……」   「あ……ごめんなさい、フィン……少し、驚いてしまって」   「……そう……なんですか?」   「ちょ……ちょっとだけ考えさせて欲しいの」    僕はフラーティア様の様子を見て大人しく頷くことにする。ややあって、フラーティア様は再び口を開いた。   「私は……こういう問題はもちろん、二人で解決すべきだと思っているわ。でもこんな状態を長く続けさせるべきではないとも強く思っているの。だって……これから命を懸けるというのに、こんな……こんな擦れ違い、エドワードはともかく、フィンがあまりにも不憫だわ」    僕は内心で首を傾げて聞いていた。また言葉の意味を上手く飲み込めない瞬間がやってきてしまった。時々こういうことが起こる度、僕は本当に勉強が足りないのだなと思う。   「でも……あの子の覚悟を完全に無駄にしてしまうのもどうかと思っている……だからこれだけ言うわ。どうか言わせて頂戴」   「フラーティア様……?」   「フィン、あなたの良い所は外見だけではないわ。もちろん外見も可愛らしいけれど……少なくとも私の息子のエドワードは、外見だけで隣にいる人間を選ぶような子ではありません」    僕は驚いて何度か瞬きをした。真剣なフラーティア様の赤い瞳を見詰めながら頷く。   「どんなに美人の令嬢が目の前を横切っても、鈴の鳴るような声で話しかけてきても……今まであの子はそんなことに一つも興味を示さなかった。あんな風に扱うのは、あなただけよ」   「そ、それって……?」   「何も悪い意味ばかりで、返事を保留にされているわけではないでしょうということよ」    僕は思わぬ可能性をもたらされて、再び泣きそうになる。フラーティア様は嘘もついていないし、取り繕った言葉を紡いでいるわけでもなさそうだった。心から僕を気遣って心配してくれていた。その揺らぎには見覚えがあって、フラーティア様が間違いなくエディのお母様なのだと実感する。   「あ、ありがとうございます……フラーティア様」   「私は大してなんの力も持たぬ女ですけれど……いつでも会いに来ていいから……もうあなたも私の大切な息子のようなものよ。フィンが不安なこと、気になること……一緒にお話をして、考えるくらいはできるわ」    にっこり笑って、フラーティア様は立ち上がった。僕も慌てて立ち上がると、フラーティア様が近付いて、僕をそっと抱きしめてくれる。流石エディのお母様だけあって……僕より背が高い。   「フィン……リナトワの息子に生まれてきてくれて、そしてエドワードの事を好きになってくれて、ありがとう。あなたに会えて本当に嬉しいわ。この先オルトゥルムとの戦いでは危険もあるかもしれないけれど……エドワードがきっとあなたを守るでしょう」   「はい……」    僕が身体を離し、お辞儀をして部屋から出ると、待っていたエディが黙って僕の手を取った。   「エディ?」    僕が話し掛けても返事はしてもらえず、僕は困り果てながらもエディに連れられてレアザへと戻った。   「おかえりなさいませ、フィシェルさま……エドワードさま」    出迎えてくれたラロたちが僕とエディの表情を見比べる。微笑みこそ崩さないが、何かを察したようだった。 「ハーデトル、ルシモスに伝言を頼む。今日俺はもうここから出られない」    出られない、とはどういうことなのだろう?僕がエディを見上げる中、ハーデトルは恭しく頭を下げる。   「かしこまりました……」   「ラロ」   「は、はい」   「フィルを湯浴みに連れて行け。それから…………アレも飲ませるように」    ラロはぎょっとしてエディを見上げた。僕は困惑する。アレってなんなんだろう。気になったけれどエディは僕に視線を合わせてはくれず、さっさと昇降機で上階へ上がってしまう。取り残された僕は侍従達から心配そうな視線を向けられる。  アーニアが気遣わしげな声色で僕に話しかけてきた。   「フィシェル様、何があったんですの……?」   「ぼ、僕にもよく分からなくて……後宮ではエディとフラーティア様とお話をしていて……それで一度二人で話したいからってフラーティア様が仰られて……エディが外に出たんです」    話しながらラロに手を引かれ、僕は大浴場の方へと歩いていく。その間も言葉を選んで話をした。   「その……エディと王都へ来るまでにした会話とか……エディが僕の事をどう思っている……と、僕が考えているのかを……話して……フラーティア様が、エディの気持ちについて少し……教えてくださいました……エディの機嫌が悪くなったのはそれからです」   「まあ。そうだったのですね。それで……」    アーニアは頷くと、ラロと目配せをした。ラロも心得たように頷く。   「わたくしがルシモス様のところへ行って事情をお話してまいりますわ」   「……そうですね。それが確実かとぼくも思います。アーニアさま、よろしくお願いします。こちらは任せてください」    アーニアは頷いて素早く踵を返すと、玄関の方へ小走りで向かってしまった。  僕はあの拙い説明で二人が全て理解したかのように動き出したのを見て驚いた。話した僕には未だに何が何やら分からないのに。   「あの……エディがなんで怒ってるのか、ラロには分かったの?それに、その……気になってたんだけど、アレってなに?」   「大丈夫ですよフィシェルさま。もし閉じ込められそうになったら、ぼくが連れ出して差し上げますから」   「え……!?」    僕が何も答えが噛み合わないその言葉に驚愕している間に、服を全て取り去られ、侍従たちに湯殿に連れ込まれる。  ど、どういうこと?閉じ込めるくらい怒ってるってこと……?僕は……僕は一体なにをしてしまったのだろう。何かまずいことを言ったのだろうか……そう考えて、ふと部屋から外に出ただけのエディを思い出した。  エディは耳が良い。リグトラントの家は基本的に建築するときに魔法をかけてあり、部屋の一つ一つが防音にも優れているが……部屋の目の前にいるエディにその効果があるのかと言われれば疑問が残る。もしかして、フラーティア様との会話を全て……ではなくとも、聞かれていたのではないだろうか。その中に何か気に障ることがあったに違いない。きっとそれで怒っているのだ。    しかし……ではなぜ、お風呂なのか?そう思っていたが、以前からされているように、エディが夜僕に触る時の為の洗い方をされて、僕は内心で冷や汗をかく。  怒っているのに、どうして……?皆が指示をくみ取り損なったのではないかとも思ったけれど、この午後の早い時間に湯浴みを指定したのはエディなのだ。僕はラロたちに全身を丁寧に磨かれながら、心から困惑していた。  そうこうしているうちに、前が少なめのボタンで合わさっているだけのシンプルなワンピースを着せられ、あろうことか下着すらもらえず、代わりに僕はラロから硬質な小物を渡された。   「フィシェルさま、どうかこちらを……」    渡されたのは、透明な小瓶だった。首を傾げながら手に持つと、飲むように言われる。  これがエディの言っていたアレなのだと分かって、益々困惑する。 「こ、これ……なに?それにこの格好って……そういうことなの……?」   「フィシェルさま、どうかお飲みください。危ないものではありません。どちらかというと、フィシェルさまの御身をお守りするためのものです」    僕は呻くように再度尋ねた。   「僕は、これがどういう物なのかを知りたいんだけど……」    そう言うと、ラロは苦しげに「即効性の、魔力増幅剤です」と呟いた。僕も更に苦い気持ちになって小瓶に視線を落とす。   「本来は解毒や治癒能力を高めるために使うものなのですが……今回は、その……」   「……エディとちゃんと話をする。僕にはエディがどうしてこれを飲むように指示したのか分からないから……ちゃんと話をして、それからこれを飲むかどうかを決める」    僕の言葉に、ラロは黙って頭を下げた。        柔らかい明かりが灯され、遮光カーテンを引かれた薄暗い部屋で、エディは窓辺に立ち尽くしていた。外が見えるわけでもないのに。  僕が部屋に入ると、エディはゆっくり振り返る。僕は真っ先に小瓶を見せた。   「……飲んでいないのか?」   「僕は……まず、どうして僕がこれを飲む必要があるのか……知る権利があると思います……」  例えエディが怒っていたとしても……   エディはよく見ると上着を脱いでいて、僕は雰囲気でエディもここでシャワーを浴びたのだと察した。そのエディはため息をつき、低いトーンでそうだなと呟いた。   「すぐには何もしないから、おいで」    そう言われて、僕はそろそろとエディに近付く。エディは目の前に来た僕を見下ろし、暫く言葉を探しているようだった。   「……エディ?」   「……俺は……フィルには、やはり全てが片付いて、なんの憂いも障害もなくなってから言うべきだと……今でも思っている。その言葉を口にしたら……確実に俺は衝動に抗えない。そんな薬も意味を為さなくなるだろう」    保留にされている件だと気が付いて、僕はやはりフラーティア様との会話をエディが聞いていて、思うところがあったのだと理解した。   「しかしそれで、フィルと……こんな……本当につまらない擦れ違いをするなんて……それも耐え難い」   「……ぼ、僕が、エディの言葉を上手く受け取れていなくて、それでこういうことになっているんですよね?」   「……俺もはっきり言うことができないから……フィルの所為だけじゃない。だから……言葉にできない分、フィルには思い知ってもらう事にした」    僕が見上げるエディのオッドアイが細められ、手の中から強引に小瓶を取り上げられた。   「あ!」    エディがそれを一気に煽り、僕に口移しで飲ませてくる。唇と歯列を引き結んでいようと思ったのに、エディの手が僕の背筋を撫で上げるだけで、簡単に緩んでしまう。流れ込んでくる液体を拒めなくて、僕はそれを嚥下する外なかった。  そのまま深く唇が重ねられ、僕は頭が早速くらくらして、脚から力が抜けてしまう。そんな僕をエディはいとも容易く抱き上げると、ベッドへと下ろした。離れるエディが己の唇をぺろりと舐め上げるのが視界に入り、僕は堪らず視線を逸らす。  身体の、ちょうどお臍の辺りがじわじわと熱くなってきて、僕は自分の体から魔力が溢れ出すのを感じていた。僕は自分の手を見詰め、透明な魔力光が滲み出すように出て行くのを呆然と見守る。不意に聞こえた衣ずれの音に視線を向けると、エディがシャツを脱いで綺麗な上半身を晒しているところだった。   「エディ……これは……」   「……フィル。これで君は、俺から多少魔力が滲んだ程度では染まることはないし、もし本当に嫌なら……全力で魔力を流せば、俺を完全に昏倒させることもできるだろう」    僕は速く煩くなる自分の心臓の音を自覚した。エディの言葉の意味を理解して息を呑む。   「……俺が怖いか?フィル」    ずいぶんと久しぶりに聞かれた言葉で、胸がぎゅっと痛くなる。  その問の答えは、きっともう二度と変わることはないだろう。   「怖くはない……です」    エディはベッドに置いた僕の手を片方持ち上げ、いつもみたいにそこへキスをした。    

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