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蒼茫と光り1

 エディと共に観覧用に用意された天幕内の貴賓席に座り、僕は王国で一番強い人の解説を聞きつつ試合を観ていた。今日はエディとお揃いの軍服を着ていて、髪は横髪を残して後ろを高くまとめ上げ、そこへコサージュをして新しいベールをつけている。その為帽子は被っていなかった。  試合前にはエディが激励の挨拶をし、僕も挨拶をして頭を下げた。まだ魔導騎士科の生徒たちはほとんど来ておらず、ルドラの姿も何処にも見えなかったけれど……  僕たちの到着を待って始められた本戦は、現在騎士科の生徒たちが戦っている。僕は最近まで知らなかった事だけれど、騎士学校には体術を主体として訓練する騎士科と、魔法を併用して戦う訓練をする魔導騎士科があるらしい。大会も科ごとに別々に行うようだった。更に騎士科は個人戦で、魔導騎士科は二人タッグで戦うらしい。  エディに理由を聞いてみると、魔法は多かれ少なかれ発動に隙が生じるので、それを実戦で補う連携が重要視されているからとのことだった。翻って騎士科は、魔法がなくとも単独で戦えるように鍛えるそうだ。  僕には自己治癒程度にしか魔法が使えないし、周りにいるのがエディを始めとする隙のない達人と、不染の習わしの為に僕の侍従となった……ラロのような魔力の少ない人たちばかりなので、魔法の連携と聞いてもいまいちピンとこなかった。  魔導騎士科の本戦が始まれば分かるようになるのだろうか?    刃が潰されているとはいえ、騎士科の生徒の激しい剣戟に、僕はドキドキしながら試合を眺める。僕からすれば魔法を使わずとも彼らも十分に素晴らしいのだけれど、エディはこれよりも更に動けるのだ。  そう考えると、僕はまだエディがちゃんと戦うところを見た事がないかもしれない。ルドラと戦ったときだって、エディは……文字通り一歩も動かなかったわけだし……実家が燃えた時も、エディがどうやって離れた場所にいるルドラを昏倒させる事ができたのか、僕は未だに知らないままだ。   「そこまでっ!」    僕はハッとして広場を見た。芝生が生い茂る大きな広場に、石で作られた広い競技場が乗っていて、一人の生徒がもう一人をその外へ追い詰めていた。騎士科は残った彼の優勝だ。ワァッという歓声と共に、彼の友人らしき数人が駆け寄ってくる。  僕には学校がどういうものか分からないけれど、少なくとも今見ている光景は以前エディやアーニアが話していたような陰湿な感じは受けない。  やがて彼は大会の管理をする教師に連れられて、僕たちのいる天幕へやってきた。エディにそっと背を押され、僕は慌ててエディと一緒に立ち上がる。   「騎士科三年、レトリー・セレージュです。お会い出来て光栄です、エドワード殿下」   「優勝おめでとう。君のような優秀な騎士がいて、セレージュ家もさぞ鼻が高いだろう。見事な戦いぶりだった」    エディがレトリーと握手をする。そのまま手がこちらに来たので、僕も「優勝おめでとうございます」と言って微笑み握手をした。  今日の僕はエディの指示で断魔材で作られた布手袋をしている。基本的に天幕の下にいるとはいえ、日焼け対策にもなるので、手袋はちょうど良かったかもしれない。  レトリーは何故か僕をぼーっと見ていたので、思わず首を傾げるとハッとして手を離していく。エディが態とらしく咳払いをした。一体何なのだろう。もしかして顔に何かついていたんだろうか……   「さて、レトリー。講評だが……」   「あ、あの……エドワード様。もし良ければ……魔法無しで、俺と戦ってもらえませんか」   「……ほう」   「レ、レトリー!何を勝手なことを……!エドワード様、申し訳ありません」    大胆な事を申し出るレトリーに、付き添いの教師が慌てる。が、エディは片手を上げて教師を制した。  僕はふと、エディの隊にいたクーレという騎士のことを思い出していた。魔力が多い人で、旅の間は僕のそばから外されていたけれど、僕の家にルシモス達の到着を告げに来てくれた人だ。その人は……なんて言ってたっけ?そもそもエディって……手合わせを良くやってたって話をしていたような……  エディを見上げると、それは素敵な笑顔をしていて、僕は微笑みながらゆっくりそこから視線を外した。間違いなくやる気だ、これは。   「先生、剣の用意を頼めますか」   「は、はい!お待ち下さい!」    教師は慌てて予備の剣を取りに行った。それを見送りながら、レトリーは嬉しそうに拳を握る。   「やった!まじで戦ってくれるんですか!?」   「ああ。講評をだらだら話すより、周りも盛り上がるだろう」   「ありがとうございます!」    そこでエディはニヤリと笑った。   「ただし、本気で殺すつもりで来い」   「え?」   「すぐに終わってしまうぞ」    旅立った日、ルドラと手合わせしたときにもエディが似たようなことを言っていたような……一体エディの強さって、どれくらいなんだろう。例えようにも比較対象が最早どこにもいない気がする……  教師から刃の潰れた長剣を受け取りつつ、エディはそれを軽々と左右それぞれの手で握ってみせる。呆然とするレトリーの様子をちらりと覗い、エディは左手で剣を持つことにしたようだ。剣がどうなのかは知らないけれど、少なくとも字を書くエディの手は右だ。   「エドワード様……」   「フィシェル殿、どうか座って待っていて下さい」   「は、はい……」    何か声をかけようと思って名前を呼んだけれど、続く言葉を思い付く前に着席を促されてしまい、僕は大人しく席についた。エディはそれを見届けると、レトリーを促して競技場へ向かう。それに気付いた生徒たちから大きな歓声が上がる。   「えっ?まさか、エドワード様の試合が観られるの!?」 「レトリーやるじゃん!」   「セレージュ先輩、頑張れーっ!」    最初は大きな声を上げていた生徒たちも、エディの様子を見て押し黙っていく。エディは剣を握る左手を前に出すと、利き手である右手は腰の後ろへやってしまった。完全に片手で戦うつもりのようだった。  広場には騒ぎを聞きつけた生徒たちがどんどん集まってくる。ベールによって軽減されてはいるが、魔力の強い人達も集まってきているのが視えて、騎士科だけではなく魔導騎士科の生徒たちも見学に来たのだと分かる。僕の目には姿こそはっきりとは見えなかったが、ふと見覚えのある色を見付けてハッとしてそちらを視た。   「……え?」    僕が思わず瞬きをした瞬間に、剣同士がぶつかる硬質な音が響き渡って、僕は慌ててそちらに視線を向けた。魔法も無しで片手のエディが、レトリーを圧倒している。  体格の良い生徒に両手で打ち込まれる長剣を、エディが片手で器用に反らす。レトリーは当然必死にやっているが、実力差は素人目の僕にも圧倒的で、他の騎士科の生徒たちは呆然とそれを見守っていた。  レトリーは息を荒くし、必死の形相だ。翻って息一つ乱していないエディの剣先は、踊るようにレトリーの剣戟を弾く。   「どうした?レトリー。殺す気で来いと言ったはずだぞ」    観衆が静まり返ってしまった為、エディの声は僕にもちゃんと聞こえてきた。   「……ッくそ!」    騎士科優勝者の悔しげな声も、よく響く。   レトリーは一度距離を取ると、短く深呼吸して一気に踏み込んだ。エディはその大振りな攻撃を自分の剣で反らし、体勢を崩したレトリーへ足払いを仕掛けた。尻餅をついたところへ、エディの剣先が下ろされる。レトリーは眼前の剣を目にして武器を手放し、ゆっくりと両手を挙げた。   「……そ、そこまでっ!」    教師の声がしても、今度の広場は歓声もなく静まりかえったままだった。エディがそれに苦笑し、レトリーに右手を差し伸べる。手も足も出なかった優勝者はため息をついてその手を取り、身体を起こした。  僕が堪らず拍手をすると、パラパラと疎らに観衆からも拍手の音がし始めて、やがて大きくその音が聞こえるようになった。   「エドワード様、ありがとうございました……」   「ああ……今痛感しただろうが、君たち学生と本物の騎士には大きな開きがある」    エディの言葉に、拍手がピタリと止む。エディはよく通る声で広場中に聞こえるように言った。   「だが、俺とて昔は弱かった。鍛えて鍛えて、何度も戦って……そうして今の俺がある。もちろん才能も関係あるかもしれないが……大事なのは、自分の強みを理解し、それを伸ばし……諦めず、手を抜かず、常に自分に誇れる自分であることと、その為に努力をし続けること」   「自分に、誇れる自分で……」   「冬になれば、三年生には本物の騎士隊と合同で魔獣を討伐する訓練もある。そこでまた先達から学べる機会もあるだろう。今俺の言葉を聞いて納得できた者、できなかった者……それぞれいるだろうが、このような経験をした際にそれをどれだけ自分に生かせるかで、君たちの将来は変わってくる。それを意識して日々励むように」   「は、はい!ありがとうございました!」    レトリーが頭を下げると、周りの生徒たちも口々に礼を言ってそれに続いた。  エディはやっぱり、すごい……  僕は戻って来たエディを見上げて微笑んだ。   「エドワード様……かっこよかったです。とても……」   「フフ……ありがとう、フィシェル殿。流石に少し照れるな。随分と偉そうなことを言ってしまった」   「……実際偉いわけですから、いいんじゃないですか?」    僕が眉根を寄せて呟くと、エディは僅かに眉尻を下げた。   「……騎士科は昔から、比較的素直な生徒が多い。だが魔導騎士科は、俺の言葉でもこれほど大人しく聞いてはくれないだろうな」   「……そうなんですか?」    僕が尋ねると、エディは溜め息をついて頷く。   「魔力も膂力も持ち合わせていると、気が大きくなるんだよ。自分たちこそ選ばれた真のリグトラント国民だとか、なんとか……」   「はぁ……なるほど……」    確かに先程拍手していたのは、近くに固まっていた騎士科の生徒たちがほとんどだった。ルドラはそんな所にいるのだな……と思い起こして、先程視た光景が脳裏に浮上した。   「あ、そういえば……」   「エドワード様!至純様!すぐに魔導騎士科の本戦を開始致します。よろしいですか?」    僕が口を開いたところでちょうど駆け寄ってきた教師に遮られてしまい、エディは苦笑しながら僕に尋ねた。   「フィシェル殿は疲れていないか?」   「は……はい。大丈夫です」   「では、準備が終わり次第始めてくれ」   「かしこまりました」    教師が引き下がり、集まってきていた魔導騎士科の生徒たちが競技場に列ぶ。本戦に出場する八組の生徒たちだ。その中にやはり見知った顔を見付ける。長い髪を後ろで一つに束ねているが、間違いなくルドラだった。   「……ルドラ……」   「ひと月程しか在席していないのに本戦出場か。成長ぶりが楽しみだ。さぁ、フィシェル殿、皆に挨拶をしよう。話はその後で」   「……はい」    エディが立ち上がって天幕から出る。僕もその隣に立った。   「リグトラント王国騎士隊総隊長、エドワード・フレル・リグトラントだ。本日は君たちの日頃の成果を存分に発揮し、戦って欲しい。既に騎士科の生徒たちの戦いぶりを見せてもらったが、素晴らしいものだった。魔導騎士科の君たちにも期待している」    エディがちらりと僕を見た。今朝ルシモスに教わった台詞を思い起こしつつ、僕は深呼吸をして口を開く。   「初めまして、魔導騎士科の皆さん。至純のフィシェル・フィジェットと言います。本日は僕にもこのような機会がいただけて、とても嬉しく思っています。学んだ事を生かして、頑張って下さい」    ルドラの方をあまり見ないようにしなくてはと思うのに、先程から視えている色を確かめたくて仕方がない。その衝動を堪えつつ、僕はエディと共に席に戻った。エディがぽつんと呟く。   「ルドラは、アレビナと組んでいるのか……」   「アレビナ……?」   「……フレディアル家の、俺の従兄弟に当たる人間だ。華奢なリグトラント人だが、騎士学校にどうしても入りたいと言うので……実は俺も少し後押しをした。前にも言ったように、俺は騎士学校の門戸をもっと多くの人間に開きたいと思っている。……庶民だろうと、女性だろうと、華奢なリグトラント人だろうと……技術を学ぶ意欲がある者には、その場所を提供せねばな」    フレディアル家と聞いて、僕はフラーティア様の魔力色を思い出していた。そちらに近い人物も一人いる。僕の目でもわかるほど、燃えるような真紅の髪の青年だ。僕の視線に気付いたエディが、彼の名前がアレクス・フレディアルで、アレビナの兄であると教えてくれた。   「アレビナとアレクスは……似ていないだろう」   「そうですね。その……随分と違いますね」    言葉をぼかしながら小声で言うと、エディは頷く。   「アレビナは……当然至純とはわけが違うが、人より魔力の色が薄い。その所為でかなり苦労しているようだ。何とかしてやりたいが……」   「え……?本当に、薄いんですか?」    僕が首を傾げてジッとエディを見上げると、エディも不思議そうな顔になった。   「フィル……」    思わず、と言った様子でエディがフィルと呼ぶ。そのとき、競技場から罵声が聞こえてきて、驚いた僕たちの視線はそちらに向いた。   「引っ込め田舎者!」   「田舎に帰れ!」   「火の補充役が出しゃばるな!」    僕はあまりの言葉に瞠目した。そもそも、王子であるエディが見ている前でよくもそんな事を言えるなと思う。教師達の注意も意に介さず、競技場に立ったルドラとアレビナへの罵倒は止まない。   「今年は特に酷いな」    エディがうんざりした様子で呟く。これが日常化しているのだとしたら、僕の知り合いが嘆くのも当然だし、ルドラやアレビナはとんでもない環境にいることになる。   「補充役……ってなんですか?」    僕が気になった単語を尋ねると、エディは露骨に顔を顰めた。   「それは……後から話そう。ここでは言い難い」    ……いい意味ではなさそうだ。  僕は競技場へ視線を戻し、瞬きをして二人を視る……うん、やっぱりそうだ。間違いない……   「始めっ!」    そう宣言された瞬間、アレビナが前後に立っていた相手チームを炎の壁で分断した。ニヤリと笑って剣を構えるルドラに対して、こちら側に取り残された相手は焦ったような顔になる。  それなりに広いとはいえ、競技場のフィールドの外に出てしまうと失格のルールなので、二対二に戻す為にはアレビナの炎壁を破るしかない。しかし僕の目には、相手の魔力量ではそれが不可能であることがはっきりと視えていた。差が歴然すぎた。  水球を飛ばしているが瞬く間に炎の壁に蒸発させられて、相手の二人は滝のような汗を流している。とても敵わないだろう。何せこの二人は……   「やっぱり、半身だ……」    僕の小さな呟きで、エディが僅かに動揺した声を出す。   「本当か?」   「はい」    戦闘音で周りにいる教師たちには聞こえないだろうけど、僕は小声で頷いた。  炎壁に追い詰められた相手が尚も剣を構えようとすると、背後の炎が踊って相手に絡み付こうとし、それに相手が動揺した隙にルドラが剣を叩き落とす。相手が氷の刃を生成しようとすると、ルドラが笑いながらそれを融解させてしまう。  相手二人が水属性なのも災いしている。これだけ力量差があると、何をしても直ちに蒸発させられ、最早勝負になっていない。半身になった二人は、どちらも王宮魔導師達に匹敵する魔力量になっていた。ルドラは言わずもがな才能の塊だったし、アレビナも魔力の薄さを既に克服し、使える魔法が格段に強力になっているようだった。  周りも呆然としている。  相手はじわじわと炎に炙られ、競技場の外へ追い詰められていき、そのままリタイアとなった。このルールも、物量で押せる二人には非常に有利だ。いざとなったら最初から炎の壁を作って、そのまま相手を押し出してしまえばいいのだから。    「エディ……」    僕が困惑して思わず呼び方を間違えてしまい、慌てて口に手を当てたが、エディは気にした様子もなく、愉快そうにルドラとアレビナを眺めていた。なんだか悪い顔をしている、ような……  エディは小さな火の鳥を作り出すと、それを矢のような速度で王城へ向けて飛ばした。   「エドワード様、い、今のは……?」   「ルシモスを呼んだ。彼らをリグトラント軍の火属性部隊……紅蓮隊に加えようかと思ってな」    僕は瞠目してエディを見た。が、同時に納得もする。最早二人の優勝は決まったようなものなんじゃないだろうか。明らかに他の学生を圧倒しているし、王宮魔導師並みの魔力量に教師たちも目を丸くしている。  次の試合でもアレビナは攻撃魔法は使わなかったけれど、正確にルドラを避けて相手を捉え、転ばせたり、注意を逸したり、ルドラを守ったり……とにかく魔力操作が非常に繊細で上手かった。  ルドラもアレビナを上手く背後に庇いながら、相手と剣を交え、以前エディにも使っていた地を這う火槍を放つ。そうして相手を牽制し、アレビナが前に出て戦えない分の人数差を作らせないようにしていた。  エディはおかしくて堪らない様子で、口元を押さえて笑みを隠している。   「くっくっ……今現在、軍でやっている連携の訓練に近い。アレビナの魂が攻撃に向かない為にこうなっているのだろうが……惜しいな」   「……魂が……?そうなんですか?」   「ああ。流石にこれだけ見ていれば分かる。アレビナは相手を直接傷付ける攻撃系魔法が殆ど使えないらしい」    僕がアレビナに視線を向けると、ちょうど火矢を横切らせて相手の視界を遮った所だった。その一瞬の隙にルドラが相手の剣を叩き落とす。二人は驚くべき事に、このような戦いをしていても殆ど相手に怪我や火傷をさせていない。熱で屈服を促したり、注意を逸らして武器を奪ったり、火を近づけて脅したりするが、不思議と相手はほぼ無傷だ。  それだけ力量に差があるらしかった。    二人への悪態は最早聞こえてこなかった。ルドラとアレビナはすっかり腰の引けた相手を順調に場外へ送り出し、あっという間に決勝戦になる。  相手は……アレビナのお兄さん、アレクスだ。      

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