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蒼茫と光り2
競技場は異様な雰囲気に包まれていた。声援もなく、罵声もなく……決勝戦だというのに、観客達は静まり返って競技場内を見詰める。
話を聞いている限りあまり強くなかったらしいアレビナと、転入したばかりの謎の田舎出身者であるルドラが周りを圧倒し、とうとう決勝戦にまで来てしまったのだから……動揺も無理からぬことなのかもしれない。
アレクスは物凄く不機嫌そうな顔で二人を睨みつけている。ここまでの彼の実力は相当なものだったけれど、体内の魔力があらゆる負の感情でうねっていて……僕の経験上、魔力がこうなっている人間は非常に良くない。
エディに危険だと伝えようとそちらを見ると、人差し指を自分の口に当てたエディが僕に競技場の小さな会話も聞こえるようにしてくれた。以前カーラさんにもやってもらったことがある。風を使うルシモス達のように簡単にはいかないが、地続きの場所の音を増幅してくれているらしかった。
アレクスもリグトラント人の中ではかなりがっちりした体付きなのに、背後にいる男は更に体が大きく、黄緑の髪をしていた。どうやら雷を使うらしい。
「大丈夫。何かあれば、俺が止める」
エディの言葉に、僕は頷いた。
競技場では、少しずつアレクスを応援する声が上がりだした。アレクスがそれを忌々しげに手を振って黙らせ、ルドラたちを睨み付ける。エディの魔法のお陰で、ざわめく中でも会話がよく聞こえた。
「一体これは……なんの冗談だ」
「冗談、だァ?先輩には、今までのオレたちの試合が……冗談に見えているんですかァ?」
「その力……どんな仕掛けを使っている?まさか魔力増幅剤でも飲んでいるのか?」
二人の実力を疑っているらしいアレクスが、不機嫌を隠さずにルドラへぶつける。僕にはあのルドラが不機嫌をぶつけられる側だというのが、なんだか信じられない。たったひと月会わなかっただけなのに、ルドラが随分と遠くに行ってしまったみたいに感じられた。
ルドラは余裕の笑みを浮かべ、アレクスを挑発する。そういうところは変わっていない。
「んじゃ、戦って確かめてみたらどうですか?」
「……ふぅ、貴様とは話すだけ無駄だな。おいアレビナ!」
「……なんでしょう、兄様」
ルドラと違って、アレクスに話し掛けられたアレビナは怯えているように視えた。
「フレディアル家の事を考えるなら、どちらが勝つべきか……考えずとも分かるだろう?お前はこんなことはしなくてもいいんだ」
アレクスがそう言うと、エディがため息をついた。それを聞きつつ僕が瞬きをすると、周りの青い魔力たちがざわめいていることに気が付く。
……なんだろう?今はベールの効果もあってはっきりと見える訳ではないけれど……まるで、皆で同じ感情を持っているかのような……
「アレビナ、気にしなくていい」
「ああ、分かっている。ボクには……もう関係の無い話だ」
二人が小声で話している事さえ聞こえてきた。カーラさんの時ほど音がくぐもってもいなくて、エディの魔法の精度にまた驚かされる。僕を染めないよう、僕自身に直接魔法を使うことは出来ないというのに……
二組の言い合いを見守っていた教師が、オドオドしながら小さな旗を前に出す。
「キルダル。ここまで来られたのはお前のお陰だ。流石キーレンス家だな……決勝戦も頼むぞ」
アレクスが後ろの人物へ声を掛けた。
「はい!アレクス様、お任せください」
旗を振り上げた教師の合図で、試合が始まった。教師が一目散に逃げるのが見えて、僕はそこに一番呆れてしまった。
しかし二組の実力を見せ付けられては……恐ろしいのも分かると言わざるを得なくなる。
アレクスはアレビナの補助を尽く打ち消して見せた。キルダルが前に出てルドラと打ち合う中、アレクスがアレビナに火の矢を放つ。
「アレビナ!」
「ッ大、丈夫!」
アレビナは咄嗟に炎の壁を作り、其処から正確に火矢に向かって火の蔦を伸ばし、アレクスの魔法の勢いを殺す。お互いとんでもない魔法の精度だ。
アレクスは舌打ちしながらもアレビナに向かって大きく踏み込む。間の炎の壁はアレクスを傷付けることがないよう、溶けるように消えてしまう。やはりアレビナの魔法は相手を攻撃することが出来ないのだ。今まではそれを悟られないよう、魔力を上手く操作して熱だけを伝え、相手に炎を直接触れさせないようにしていた。
しかし、兄であるアレクスには、アレビナの魔法の特性は既に看破されているらしかった。同属性であるアレクスには、熱で屈服を促すこともできない。
「ッくそ!」
悪態をついたのはキルダルだった。僕の目には剣戟は最早追えて居なかったけれど、どうもルドラが稲妻を放つ相手を圧倒し、後方へ弾き飛ばしたようで……ルドラがすかさずアレビナの前へ割り込む。
ルドラの斬撃を受け止めたアレクスの剣から、灼熱の炎が燃え上がった。アレクスが更に魔力を流し続けると、小規模な爆発が起こり、剣を弾かれたルドラが目を見開く。
「へぇ、試合用の剣に火の魔力を流し続けると……そうなるのか!」
「そんな事も知らぬ奴に……ッ!」
アレクスが険しい顔でキルダルと共に体勢を整えようとすると、アレクス側の後方で炎が燃え上がった。アレビナが後ろへ下がったアレクスとキルダルの合流を阻止すべく、相手を分断する炎の壁を作ったのだ。
「アレビナの炎は攻撃に向かない!こっちへ来い!キルダルッ」
「し、しかし!それは火属性ならの話でしょう!流石に俺がこの中へ突っ込めば、火が掻き消える前に大火傷ですよ!」
確かに火が直接身体に触れることはないとはいえ、魔法によって発生した熱はそこにある。それは既にアレビナの火自体とは切り離された自然現象なので、熱を操れるアレクスならともかく、キルダルではこの壁を越えるのは厳しいのだろう。僕はそれを丁寧に伝えてくれるエディの解説に、なるほどと頷く。
アレクスが炎を消してあげるのかとも思ったけれど、なんとそのまま一人でルドラたちに立ち向かうようだ。
「……まあちょうどいいか。お前はそちらで準備をしておけ!」
「……準備、だって?何のだ?」
ルドラが眉根を寄せるが、アレクスは鼻で笑って剣を薙ぎ払い、斬撃から火の矢を無数に放った。ルドラがそれを打ち返す間に、アレビナがアレクスの足を払おうと火の鞭を地面に放つが、やはりアレクスにはひと睨みで掻き消されてしまう。
どうもアレビナは、アレクスのことは他人より余計に傷付けられないらしい。
そのとき、ぽつり、と空から水滴が落ちてきた。
「あ……」
僕が空を見て思わず声を漏らすと、エディが困ったような顔をする。
「……これは……フィシェル殿、視えているか?」
「は、はい……間違いありません……こういうのって、反則じゃないんですか?」
「反則だが、このまま見守るしかあるまい。口に出来る証拠がない。いざとなれば俺が消せるが……」
「……そ、そんな……」
突如、競技場に雨が降ってきた。観衆の中にいる水を操る生徒たちが雨雲を呼んだのだ。アレビナもルドラも、流石に険しい表情になる。
「これって先輩も不利になるんじゃねェの?」
アレクスはニヤリと笑った。
「さて、それはどうかな?」
複数人が協力して発生させた雨足は次第に強まっていき、流石に半身とはいえアレビナもルドラも単体では上手く火の魔法を操ることが出来なくなってしまったようだ。
天幕にいる僕たちは平気だし、観衆たちも雨避けの魔法を展開させてるが……競技場は特に酷い土砂降りだ。教師たちが何事か怒鳴っているが、雨足は弱まる気配がない。
炎の壁がとうとう消え失せてしまうと、キルダルが長剣に稲妻を伝わせながら、それを頭上に掲げた姿で現れる。
「ッあれはまずい、アレビナ!」
アレクスとルドラの距離が離れた隙に二人は手を繫ぎ、ルドラがアレビナを庇うように抱き込んだ。
「今だ!キルダル!」
アレクスが後ろへ飛んでルドラ達から距離をとり、キルダルは掲げた自分の剣に雷を落とそうとする。恐らく雷を受け止めた剣を振り下ろすと、それが一直線にルドラ達へ向かうのだ。僕は直前に何が起こるかを理解し、目を瞑って隣のエディにしがみついた。
「フィル、大丈夫だよ」
「え……?」
激しい閃光に備えていたが、僕がエディに促されて目を開けると、雷の通った後に、柔らかな炎に包まれた二人がいた。手を取り合い、半身の魔力増幅をしつつ、土砂降りの中二人で防御の魔法を練り上げたらしかった。
咄嗟の判断で、半身同士はここまでできるのか……
今更考えたところで仕方ないけれど、パウロさんが僕の家でルドラと対峙した時、やはりカーラさんには夫のそばに最初からいてもらったほうが良かったんだろう。
二人とも攻撃には向かないが、少なくともパウロさんが吹き飛ばされて怪我をする事はなかった気がする。
「フィル、少し離れていて」
耳元でエディにそう囁かれ、僕は我に返ってほとんど抱き着いていた身体を離した。その後エディが雨雲に鋭い視線を送る。
するととたんに雨の魔法を使っていたと思われる観客たちがざわめく。でも彼らが限界まで魔力を注ぎ込んだところで、精霊国の太陽に敵う筈もない。
たちどころに雨は止み、雨雲は掻き消され、競技場の地面と辺りを漂う湿気が乾いていく。
一瞬、ルドラがこちらを窺った気がしたけれど、アレクスの怒声に視線を持っていかれた。
「一体、どうなっている……クソッ使えん奴らめ!おい、キルダル!まだやれるだろう!」
「は、はい!」
「同時にアレビナを狙……」
アレクスがキルダルを促す間に、巨大な火柱がキルダルへ向かって放たれた。アレクスは舌打ちをして距離を取る。
「アレクス様、助け……ッうわぁ!!」
キルダルは火柱に燃やされるというより、勢い良く場外へ跳ね飛ばされてしまった。アレビナの手を取って立ち上がらせながら、空いた手をそちらへ翳していたルドラがニヤリと笑う。
「あんな事されたなら、怪我とか火傷なんて気にしてやる必要ねェよなァ?」
「その力……本当に、どうなって……」
「……ルドラ、ここはボクが」
動揺する兄の前にアレビナが立ち塞がる。背後に回されたルドラが驚いてアレビナを見た。
「オイ、でも……」
「アレはまだ不安定だし……ボクがもし残されたとしても、兄様には勝てない。なら先に前へ出て、少しでも兄様の体力を削る。ボクの魔法も、兄様を傷付けることはできないし……サポートも、今回に限ってはルドラの方ができるはず。信じてるよ」
僕はアレビナの中にある、優しい魔力の波を視て思わず胸を押さえた。あれは、あの感情の名前は……何なのだろう。驚く事に、ルドラの中にもある。僕にぶつけてきた激しいものじゃなく、テアーザで見た漣のような……穏やかな魔力の揺らぎ。
「アレビナ……兄である俺より、その田舎者を選ぶのか?」
「……彼の名前はルドラです、兄様」
「家名を持たぬ庶民など……貴族の俺たちが個として呼んでやる必要はない」
アレビナはふらりと前に出ると、ため息をついた。アレクスの持つ長剣の半分ほどの長さしかない短剣を構えて、悲しげに言う。
「兄様、残念です」
「それはこちらも同じだ、アレビナ」
同じだと口では言うのに、二人の魔力は対称的な感情の揺らぎを示していた。静かなアレビナと、激しく魔力を乱すアレクス。
同時に地を蹴った二人が斬り結ぶと、金属同士がぶつかる鋭く高い音が響き、接触した場所から火花が散った。それを火種に、二人の剣の間が燃え上がる。アレビナは絶えず火花をアレクスの眼前に散らし、集中を奪う。
「誇り高きフレディアル家の人間が、そんな魔法を使うな!」
「くっ……ルドラ!」
アレビナが振り上げた腕の下から、ルドラの火槍がアレクスに向かって飛んでいく。火槍を叩き落としつつ、それと共に斬り上げてアレビナの剣を受け止め、アレクスはひと睨みでアレビナの火花を掻き消した。
「う、ぐ……っ」
アレビナ一人では力負けしていたが、ルドラがすかさず別方向から斬り掛かったので、アレクスは舌打ちしながら大きく後退し、二人から距離をとった。
「おいお前……邪魔をするな……!」
「邪魔するなだって?面白ェこというじゃねェか。協力して戦う試合なのに」
「大体、お前は本当に何なんだ……貴族の血も引いていない田舎者のお前が、一体何故そんな強力な魔法を使える?どうして俺たち兄弟の仲を裂く。言っておくが、アレビナがフレディアルにいる以上……俺の元にいるのが一番マシだぞ」
アレクスの強力な剣戟を受け止めた為にその細い腕を痺れさせるアレビナを背後に庇い、ルドラは可笑しそうに笑う。
「……もう、分かってんじゃねェのか?俺達が、半身だって」
ルドラが地を走る火槍を数本放ち、アレビナへ手を差し出す。アレビナがその手を取ると、放たれる火槍がぐっと大きくなり、石の競技場が熱され、その軌跡が赤く染まる程になった。
証明するような魔法の使い方に、アレクスの顔色が変わる。
「……まさか、本当に……半身……だと?」
周りの人間たちがざわめく中、アレクスは呆然と呟いた。悲痛な面持ちで弟を見る。
「アレビナ……」
「兄様……ボクはもう、兄様に守っていただく必要はないのです。お祖母様の許しが出ないのであれば、ボクは……フレディアル家を出ます。例え皆が見下す田舎でも……何処だっていい。半身であるルドラと共に生きていきます」
「……そう、か。そこまで、覚悟が決まっているのだな」
静かに呟く兄にアレビナが僅かに目を見開いたが、次の瞬間にはアレクスがルドラと斬り結んでいた。僕の目ではいつ踏み込んだのか全く見えなかった。
アレクスは服の内部から燃やそうとしたり、目などの弱い部分を至近距離で炙ろうとしたり、明らかに戦い方を変えてきた。何ていうか……なりふり構わなくなったと感じがする。ルドラは険しい顔をしながらも、アレクスの剣を捌き、魔法を打ち消す。
しかしルドラはまだ剣技に関しては未熟なのだろう、魔法を打ち消しながらの切り合いは徐々にルドラが押され始める。
二人の剣技に割り込めないアレビナが、何とかアレクスの気を逸らそうと魔法を使うが、アレクスはとうとうアレビナの魔法は避けようともせず、足に絡む火縄は踏み抜いてしまう。そうされるとたちまち魔法は霧散する。
素人の僕の目にも、アレビナがアレクスを止めることは不可能に思えた。
「アレビナ!良いからアレをやれ!」
「で、でも……ルドラが、怪我をするかも」
「良いから!」
一体、何をするつもりなのだろう。僕は瞠目して一連の流れを眺めていた。
アレビナは斬り結ぶ二人から距離を取ると、何と剣を足元に放った。ガラン、という音が響く中、アレビナは両手を前に出し、苦しげな表情でルドラを見詰める。だがやがて、意を決したように叫ぶ。
「ルドラ!」
「何を……ッ!」
アレクスが驚きに目を見開いた瞬間、剣を握るルドラの拳が燃え上がった。アレビナが短剣を蹴り飛ばすと、拳の炎が伸びてそれをルドラの手元へ届ける。
「……二刀持ちだと?それが何だ!」
アレビナの手の動きに合わせて、ルドラの拳が動く。アレビナが炎を通してルドラを動かしているのだというのは、僕にもひと目で分かった。やがて火はルドラの両足にも灯り、ルドラの動きが熟達した人間のものになる。
……そうか、アレビナは力がないから自分で動けないだけで……戦い方は頭に入っているんだ。
「凄いな」
エディが素直に感嘆の声を漏らすほどに、二人の息のあった戦いは見物だった。しかしルドラの表情は決して明るくはない。
アレビナの炎がルドラを焦がす事はないが、やはり発生した熱はそこにある。ルドラはアレビナの邪魔をしないように熱だけを正確に掻き消す事が困難なようだと、エディが僕に教えてくれた。
確かにルドラには才能があるけれど、元々大振りな魔法の使い方をする人間だったように思う。自分に作用する細やかな魔法はまだ不慣れなのだ。この戦い方を今までやらなかったことにも納得がいく。
それでもルドラは踊るように二本の剣を振り、アレクスを追い詰めていた。
アレクスが放った火矢を短剣がギリギリのところで打ち払い、すかさず伸ばされた長剣がアレクスの切っ先を正確に突き弾く。その隙にルドラが踏み込むが、アレクスは崩れた体勢を補うための火矢を無数に放ってルドラを牽制し、後退りながらも剣を構え直した。
アレビナとルドラの二人は、この他に新たな魔法を使う余裕がまだ無いようだった。
しかしそれでも手数は負けておらず、アレクスはじわじわと後退させられていく。あともう少しと言うところで、不意にアレクスが笑った。
「ッ面白い、戦い方だ」
アレクスは追い詰められる戦いの中で、段々と体内の魔力が穏やかになっていた。僕にはそれが、曲がりなりにも戦いを学んできたアレクスの素直な称賛の言葉だと分かったけれど、魔力の視えないルドラは訝しげに剣を交えるアレクスを見た。
「何企んでんだよ」
「フ……ッ見事な戦法だが、こうすればどうなる?」
アレクスはルドラの手元に視線を移した。燃え上がり、ルドラとアレビナの魔力操作で危うい均衡を保つ拳へ、アレクスが更に熱を加える。ルドラが堪らず呻いた。熱に強いはずの火属性の人間を苦しめるなんて、ルドラの拳は相当な温度になっているはずだ。
「ぐ……ぅッ」
「る、ルドラ!」
「……っいいから、続けろ!アレビナ!」
「では、これでどうだ?」
アレクスはアレビナに向けて無数の火矢を放つ。それを見たルドラは瞠目し、アレクスを自分の意思で思い切り蹴り上げた。ルドラの脛がアレクスの剣に打たれ、見ているだけで痛そうだったが、ルドラは呻きながらも火槍を放ってアレクスを牽制しつつ、身体を反転させてアレビナの元へ駆け出す。
「アレビナ!!」
「……ッだい、じょうぶ……!兄様だって、ボクを深く傷付けることは、できないから」
ルドラが思わず立ち止まって息を呑む。火矢はアレビナの手前で掻き消えてしまった。
すると、ルドラの背後で石の床に剣がぶつかる硬質な音が響く。アレクスがため息をついて剣を捨てたのだ。両手を軽く上げ、あとほんの数歩の所だった場外へと出る。
ルドラが信じられないものを見るような目でアレクスを見やった。
「……まさか、本物の半身が見つかるとはな。それがそこの田舎者……ルドラなのは気に入らんが……半身が出来たならば諦めるしかないだろう」
「ハァ?負けを認めんのか?」
「未だ隙の多い戦い方ではあるが……このまま戦い続けても、俺には打ち破れそうにない。凌いだところで半身相手ならば……確実にこちらの魔力が先に切れる。……俺の負けだ」
「兄様……」
アレビナはルドラに駆け寄って手足に治癒を施しながら、兄を見た。
「……決まりだな」
エディがそう呟いて立ち上がると、息を呑んで戦いを見守っていた教師が慌てて呟いた。
「そ、そこまで……!魔導騎士科の優勝は、一年生のアレビナ・フレディアルとルドラ・ノルニ!」
普通なら歓声に包まれるのではないかと思う。が、広場は静まり返っていた。誰もが今までの価値観を打ち砕かれ、呆然と優勝者を眺めている。
エディは僕を残して一人で競技場へ入ると、準優勝のアレクス達を労い、ルドラとアレビナを讃えた。
「ルドラ、ひと月で見違えたぞ」
「フン!当然だろ」
「アレビナ」
「……はい……」
「見事だった。強くなったな」
エディの言葉にアレビナは瞠目した後、ポロポロと涙を流し始めてしまった。ルドラが慌てているし、エディも困った顔をしている。が、僕は人の気配にハッとして後ろを振り返った。
「ルシモス……いつから……?」
「……決勝戦は見ていました。呼び付けられて飛んできてみれば……一体これはどうなっているのですか……?会話の中で彼らが半身と聞こえましたが」
「それは本当です。間違いありません」
僕がルシモスに告げると、眼鏡の奥の目が驚きに見開かれた。聡い補佐官はそこでエディの意図を理解したらしい。
「なるほど……そういうことですか」
ルシモスは暫く考え込み、僕にそっと囁く。
「フィシェル様、少々協力していただけますか?」
僕は珍しい頼み事に目をぱちくりとさせつつも、ゆっくりと頷いた。
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