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蒼茫と光り5
日の光のほとんど届かない、暗い水底で眠るような……そんな感覚。
息苦しくて藻掻いた所で、うっすら光って見える水面は遠のくばかりで、肺に残った僅かな空気も口から飛び出して行ってしまう。その瞬間、どうやって言葉を話していたのかを忘れた。
ただひたすらに水面に向かっていける気泡を羨むほどに、自分ではどうにもこの水底から抜け出すことができなかった。纏わりつく水は重く、自分の身体を水底に縛り付けている。
そうしている間に、じわりじわりと精神が閉じていって、水圧に思考が押し潰されていく。
もう終わるのだと諦めかけたとき、光る気泡が水底の亀裂からふわふわと浮かび上がってきた。必死でそれを追い掛けて飲み込むと、少しの間だけ呼吸が楽になる。
でもそれは、再び苦しい時間を味わうという事でもあって……
何も分からなくなってしまえば、もう苦しむ必要はないのに。
苦しくて苦しくて仕方がなくなり、ああもう全て終わってしまえばいいのにと、それだけで頭が一杯になる頃に、再び光が浮かんでくる。そうなると今度は、ほんの一瞬でもいいから楽になることで脳内が埋め尽くされて、それに喰らいついてしまう。
そしてまた後悔するのだ。今度こそ諦めるはずだったのに、と……
もうたくさんだった。見上げると、衰えた目に薄ぼんやりとした水面の光が見えてうんざりした。
――あんなものに手を出さなければ、こんなことには……
ただ……本当にあの時は、あれが欲しかったのだ。
あれと……太陽と我が並び立てば、手に入らぬものなど……なかったはずなのに。
僕は目を開けると、先ず思い切り息を吸い込んだ。寝起きにも関わらず、全力疾走した後のような息苦しさがあって、僕は必死に肺に空気を送り込んだ。
……良かった、ここには空気がある。
呼吸が落ち着いてくると、背中がひどく熱いことが気にかかる。汗をかいていて、気持ちが悪かった。思わず服に手を掛けてハッとする。
「ここは……」
慌てて起き上がったので、頭がじん、と痛んで、僕は額を押えて暫し呻いた。霞む視界の中なんとか辺りを見回し、窓の外の細い月とその微かな月光の中……テーブルに置かれた僕のベールと白手袋に気が付く。結んでいた髪は解けていた。物体は今の僕の目には殆ど見えなかったけれど、ベールに流れるリチャード様の魔力がよく視えた。
僕は改めてシーツを退かし、服を確認した。エディとお揃いのはずの軍服を未だに着ている。
記憶が混濁していて、上手く思い出せなかったが、細切れの断片を辿るとどうやら……僕は攫われてしまったらしいと理解することができた。
あまりにも短い半月の準備を終え、よく晴れた日に僕はエディとともにアルアに乗り、王都を出発した。
戦いの場となるという精霊の森に着いてからは……後方でルドラ達の隊とアーニア、それからルストスに守られていた筈なのに……その途中からの記憶がない。
それに、さっきの夢……僕はあまり見た夢を覚えている方ではないけれど、先程見たものは思考を一度夢から引き離した後でも簡単に思い出すことができた。後ろを振り返れば、まだあの水底が口を開けている気さえする。
本当に恐ろしい夢だった。それと同時に直感で理解してもいた。あれはヴォルディスの夢だ。あの水はヴォルディスの知性を押し込める呪いで、古竜はその下で今も苦しんでいる。そしてあの光る気泡は僕たちだ。ぎりぎりのところでヴォルディスの知性を繋ぎ止める、白竜の御子の魂……
ここにいてはいけないと思った。直感で、ヴォルディスが近くにいるのだと分かっていた。
月は僕の目でも分かるほどもう本当に細く、明日か明後日にでも新月になってしまうはずだ。ここが何処なのかは知らないけれど……でも、どうにかして逃げ出さなくては。
そう思って寝台から足を下ろし、石造りの床を裸足でぺたぺたと歩き回る。……靴がない。壁も床と同じ石で固く、窓の外の地面は遥か下だった。
塔の外周にはぐるりと螺旋上の階段が走っているようだったが……如何せん危険すぎる。程度の低い自己治癒程度にしか魔法の使えない僕では、この窓から出ることは無理だ。
部屋の中には先程寝かされていた寝台と、大きめのテーブルに椅子が二脚、それからクローゼットのようなものがあり、扉は奥に一つ、出入り口と思われるものが一つ。
奥の扉の向こうにはシャワーと小さな浴槽、それにトイレがあり、ここに僕を連れてきた人間が……この部屋の中だけで僕の生活を完結させるつもりなのだと理解する。
僕は深呼吸すると、意を決して出入り口の方の扉に手を掛けた。しかしドアノブを回そうとした瞬間、両足首に衝撃が走って、僕は驚きに呻きながら膝をついた。よく見ると、風の鎖と足輪が僕から寝台に繋がっていた。僕が寝台に近づくと、鎖と足輪は見えなくなってしまう。
だが……僕には魔法に流れる魔力の色が視えていた。
やはり僕をここへ連れてきたのは彼なのだ。
「ルストス……」
「……呼んだ?」
僕が驚いて振り返ると、そこには音も無く扉を開けたルストスが立っていた。
「あ、フィシェル〜すごい汗だよ。着替える?シャワー浴びる?」
「あの、どうして……」
僕は近付いてくるルストスから距離をとろうとして失敗した。身体が動かなかった。
ルストスは意に介した様子もなく、僕の足元にしゃがむと、足首を丁寧に調べた。
「うんうん、少しも染まった感じはしないな。フィシェルの身体にどうしても足輪が触れるからちょっとだけ心配だったけど……魔法は上手くいってるみたいだ。まあ僕の魔力なんて、フィシェルは意識があれば吐いちゃうかな」
僕が何かを言う前に、ルストスは視線を合わせずに話し続ける。
「魔力核を避けるように魔法を使えば、フィシェルもおそらく染まらないだろうって聞いてさ。前にフィシェルの熱を下げたときも、実はちゃんと避けてたんだよ〜」
「ルストス……」
僕が震える声で名前を呼ぶと、ルストスは小さく息を吐いた。
「……ごめんね、フィシェル」
「ど、どうしてこんなこと……」
「それは……」
ルストスはゆっくりと立ち上がると、僕より少しだけ高い目線から僕を見下ろした。
「こうするのが、一番良かったから」
僕はジッとルストスをみていたけれど、その表情にも魔力にも、なんの動きも感じられなかった。
……いや、いいんだ。僕はそう思い直した。
ルストスを信じよう。信じるって言ったじゃないか。確かにちょっと……いやかなり驚いて、逃げかけてしまったけれど……こんな状況だったから、それは許してほしい。
僕が頷くと、ルストスは静かな声で続けた。
「とりあえず着替えよう、フィシェル。服は洗って乾かしておくから、シャワーも浴びて……話はその後で」
「……はい」
僕がシャワーを浴び、用意されていたシンプルな部屋着に着替えて戻ってくると、ルストスが風で髪を乾かしてくれた。
「フィシェルの髪は……本当に綺麗だね。上質な絹糸みたいだ」
背中の中ほどまである、さらりと長く白い髪を撫でられて、僕は寝台に腰掛けたまま俯いた。
「ルストス……あの、僕に教えられることを……話してください」
僕が訴えると、ルストスは苦笑して隣に座り、右目の眼窩に嵌め込んでいた片眼鏡を外した。よく見ると、ルストスの右目は少し青みがかっている。エディほど分かりやすくはないが、どうやらルストスもオッドアイらしい。魔力を二種類以上持つ人は、目や髪の色にも影響が出て自然とそうなるのだろう。
ルストスは瞬きをしながら辺りを見回し、やがてゆっくりと僕と目を合わせた。
「僕が風と水を使えるって、フィシェルには視えてたよね」
「は、はい。ルストスの魔力は、すごく綺麗な、海の色みたいで……」
「海かぁ……それはいいな。海は結構好きだから。あのね、実は僕……右目で、精霊を視ることができるんだ」
「え……?」
僕が驚いてルストスの右目を覗き込むと、目はすっと細められた。ルストスが笑っている。
「僕はたぶん……精霊に近いんだ。ラートルム家に嫁いだお祖母様は王族だった方だし、王族の血を引く人間には……たまに、先祖返りみたいに精霊に近い人間が生まれることがある、らしくて」
「そうなんですか……」
「だからさ、僕は……考え方とか、ちょっとおかしいんだ。視えて聞こえて……精霊の言葉がほとんど完璧に分かってしまう為に、それに引っ張られて……けど僕は、精霊とは違うっていつも思ってた。自分の意思で決めてやるって……でも、今回のことは……精霊の言葉に従わないと、色々と良くないことが多くて。あんなに自分の意思で決めようと思っていたのに、ほとんどそのまま動いてしまった」
僕は思わずルストスの手を握った。
「……今回のこと?」
「うん……ごめんね。アーニアにも、ルドラとアレビナにも……悪いことをした。もっとゆっくり将来の選択や、気持ちの整理をさせてあげるべきだった。もちろん、フィシェルにも謝らなくちゃ」
「……僕にも?さっき謝ってくれたじゃないですか」
ルストスはまた苦笑して片眼鏡を宙に浮かべると、それを水で包み、きれいに洗ってまた右の眼窩に嵌め込んだ。断魔材であるガラスを通すと、精霊が視えなくなるのだろうと想像がつく。左右で違う目の色も誤魔化されている。ガラスが僅かに黄みがかっているのだ。
「フィシェルの人生は、僕の所為で大きく変わってしまった」
僕も思わず苦笑した。
「ルストスだけの所為ではないですよ」
確かに、今の状況は楽観視できないかもしれないけど、こうなって良かったことだって……本当にたくさんあった。エディのことはもちろん、ルストスに会えたこと……アーニアと友達になれたのだって、ルドラと気負わず話せるようになったことだってルストスのお陰だ。そう伝えると、ルストスは泣きそうな顔をする。
「……フィシェル……本当にごめんね。フィシェルに何をして欲しいのか、ちゃんと話すから」
ルストスが控えめに手を握り返してきて、僕は僕の使命を聞いた。
アルヴァト兄様が部屋に入ってきた時、僕はちょうどルストスを抱きしめて慰めていたところだったので、思い切り怪訝な顔をされた。
「……まさかとは思うが……」
「ルストスは友達です!」
「……まあいい。食事だ、フィシェル」
なんとアルヴァト兄様自ら食事の乗ったワゴンを押してくるので驚く。僕が目を丸くしていることに気付いた兄様は、ニヤリと笑った。
「俺もここで食べようかと思ってな。ルストスはどうする?」
「食べる……」
僕の膝の上からのそりと体を起こすと、ルストスはテーブルのそばに氷の椅子を追加して腰掛けた。水の魔法を平気で使うので驚く。
「ルストス……その、いいんですか?」
「アルヴァトには協力してもらうときに、僕のことは全部教えてあるから」
……兄様が先程僕とルストスを見て勘繰ったけれど、こちらの方が余程気になってしまう。一体この二人はどんな関係だというのか……?敵対している国の王族と重要な役職の人間にしては……呼び方が気安すぎる気がする。
「な、仲が良いんですね?」
考えた末にでてきた言葉はあまりにも幼稚で、僕は言ってから自分で頭を抱えたくなった。二人も食事を用意しながら僕の言葉に笑っている。
「お互いの事は話してしまったし……それにここでは、僕がアルヴァトに惚れて情報を流してる……ってことになっているから」
「え?惚れて?」
「ああでも、精霊が言うには僕の運命の人は他にいるらしいんだけど」
「そ、そう……なんですか?」
返事は挟んでいるけれど、僕の理解が追いつかないまま会話は進んでいく。
「そもそも、俺たちは色も遠いしなぁ」
「アルヴァトはオルトゥルム国民だからそこまで感じないかもしれないけど……僕がアルヴァトと何かすると、こっちは摩擦痛で失神しちゃうんじゃないかな」
「試してみるか?」
「やだやだ。痛いの嫌い。知ってるでしょ」
「そうだったな」
もたらされる情報に面食らってしまったが、冷静に二人の髪を比べると、鮮やかな紫の兄様と緑のルストスでは、実際にかなり遠い色合いだ。ここまで遠いとなると、余程のことがない限り精霊国民は伴侶にはしない。
「二人は……た、確かに色がとても遠いですね」
「嘆かわしいことだが……ひと目で分かることさえ判断できないほどに、周りの連中は知性が溶けている。戦うことばかり考えてきた者たちは特に酷くてな……オルトゥルム側には摩擦痛がほぼないとはいえ、攻め入る国の知識くらい覚えておいて欲しいものだ。何度か伝えてはいるのだがなぁ」
兄様はため息をつきながら、サラダと肉、それから薄いパンが盛られたワンプレートをテーブルに三つ並べ、椅子に腰掛けた。
「あ、ありがとうございます……お兄様……」
「……ああ。なぁおい、ルストス。お前、フィシェルに入れ知恵したな?」
「兄を二人持つ一人の弟として、呼び方のアドバイスはしたよ」
そのやり取りを聞いて僕は慌てて付け足した。
「ご、ごめんなさい。嫌でしたら、やめます」
「いや……やめる必要はない。嫌では……ない」
兄様がボソリと呟くと、ルストスが「あはは!」といつもの笑い声をあげる。僕はそれを見てホッとした。ルストスが年相応の笑顔を見せて落ち着くなんて、不思議な気分だった。彼のほうが二つ程度とはいえ僕より年上なのに。
食事をとり、しばらく中身の無い話をしていたが、食べ終わる頃に兄様がルストスへ鋭い視線を送った。
「フィシェルにはもう話したのか?」
「うん」
先程の話のことだろう。僕は話の中でも気になっていた部分を口にした。
「あの……でも、本当にそのようなものが?」
「ああ、ある。現にヴォルディスはそれがある地下から離れないからな」
僕はルストスから聞いた話が真実なのだと悟って苦い気持ちになった。
「フィシェル……すまないな。あの竜卵も、俺がここに来た理由の一つなんだ」
同じく苦々しげな顔をした兄様が視界に入り、僕は慌てて首を横に振った。
「いいえ……他ならぬアルヴァトお兄様が来てくれなければ、僕は何も知らないまま死んでいた可能性もあるので……感謝しています。大丈夫です。ちゃんとやり遂げてみせます。死ぬつもりも、死なせるつもりもありません」
……竜卵の話は、先程ルストスから聞いた。オルトゥルムの竜たちは、時々"白竜"の竜卵を産む。精霊国の至純のようなものだ。まっさらで何色にでも染まる、白い卵。白竜の御子という言葉もそこから来ている。
ただし、白竜と白竜の御子はその性質が大きく異なる。
竜人は白竜の卵に魔力や竜気を注いで性質を変化させ、力を増幅させた強い竜を作ることができるらしい。オルトゥルムではそうやって子供の代わりとすることもあるそうだ。
兄様は不可視の力に強く、纏う竜気がそれらを退けるとはいえ、呪いに侵されたオルトゥルムの国土の中では完全に逃れられるわけではなかったようで……自分を襲う退知の呪いを己の竜気と毒の魔力に乗せて注いだ、恐ろしい竜卵を持っているというのだ。
「俺が生きていく為には……身代わりを作るしかなかったんだ。あの白竜にも……罪は無いというのに」
「お兄様……」
「もちろん白竜の御子達も、贄などになる必要はなかった。……昔からオルトゥルム王族は愚かだ。どんな栄華も繁栄も、いつか等しく滅びるものだからな……。しかし……本当にすまない、フィシェル。お前を救いたいと言っておきながら、俺はフィシェルに……此度の戦いの中で、最も危険なことをさせようとしている……」
「……大丈夫……頑張ります。僕にしかできないことですから」
兄様は僕の返事を聞いて尚、辛そうに顔を歪めたが、大きく息を吐くと席を立って皿を片付け始めた。僕も慌ててそれを手伝おうとする。
「ああ、いいよ。俺が持っていく。残念だが、フィシェルはまだこの部屋から出してやれないからな」
「……地下にヴォルディスがいるからですか?」
この塔は何処にどうやって作ったのか分からないけれど、窓から見た景色通りなら僕がいるのは相当高い場所だ。同じ建物内とはいえ、地下のヴォルディスからはできるだけ引き離してあるらしかった。
兄様はゆっくりと首を振る。
「もちろんそれもあるが……ここにいる戦士達は知性が溶けている。フィシェルにとって危ない者しかいない。ルストスの魔法を見たか?あれは部屋とフィシェルを繋ぐ結界だ。部屋から出ない限り俺たち以外がここへ来ることはないし、鎖がフィシェルを部屋から出すこともない」
魔法の仕組みを聞いて、僕は頷く外なかった。しかしふと気になってルストスを見る。視線を合わせると小首を傾げられた。
「でも……る、ルストスは……?何もされていませんか?」
「僕は平気……ここにいる間は、ほとんどアルヴァトにくっついているから」
ルストスが目を逸らしてそう言うと、僕の視界の端で兄様がニヤリと笑った。僕は……何となく話題を変えることにする。
「し、新月は明日ですか?」
「……うん。おそらくエドワード様と兄様、アーニア、紅蓮隊がここに辿り着く。そこからは話した通り。僕たちも……新月の夜に、始祖古竜殺しの禁忌を犯そう」
ルストスも立ち上がったので、二人とも部屋から出ていってしまうのだと分かった。そうなるとこの部屋に一人取り残されるのが途端に恐ろしく思えてしまう。
「……眠れそうにない?」
僕の表情が変わったのを見て、ルストスは口元にうっすらと笑みを浮かべて僕を見た。
「あ……はい……そうですね。落ち着かなくて」
「……じゃあ、これを」
ルストスはそう言うと、懐から金色の粉の入った小瓶を取り出した。
「これは……?」
僕が尋ねると、ルストスはちらりとアルヴァト兄様を見た。すると兄様は肩をすくめ、僕に向かって「おやすみ」と言い、ワゴンを押して退室してしまった。尻尾で器用に扉を閉めたのが見えた。
二人きりになると、ルストスが部屋に音を漏らさない為の魔法を張り巡らせ、小瓶をテーブルの上に置いた。
「エドワード様の、熱砂の由来を知っている?」
「いえ……炎と土を操るからだと思っていました」
「もちろん、それも間違いじゃないよ。じゃあ……エドワード様に眠らされたような気がした日はない?」
「……それは、たくさんあります」
僕が俯いて言うと、ルストスがまた微かに笑った気配がした。
「その魔法の正体がこれだよ。本来は藍色の……暗礁石っていう鉱石なんだけど、それを砕き特殊な熱加工して金色にしたのが、この粉」
僕は瓶の中の金色を眺めた。
「どうにも役に立たない、地の元素の行き詰まりの石。でもその石を砕いて日光に当てて、それから一定の手順を踏んで熱し続けると……大抵の生き物を眠らせることができる粉になる。残念ながら、古き生き物にはほとんど効果がないけれどね」
「それを、エディが作ったんですか……?」
「そう。エドワード様は太陽だから、すべての工程を自分でできる。めちゃくちゃ高度なことだけど、これを一瞬で用意できるんだ。この粉を広げて少し息をするだけで、すぐに眠くなるよ。これが熱砂の、本来の由来」
つまりこれをルストスが持っているということは、エディもこの話を了承しているのだ。
僕はルストスが戻ってきた日の夜から……少し様子がおかしかったエディを思い出していた。
……会いたい、と思った。でもどう転ぶにしても明日事態は決着するし、エディにも会える。そう思えば少しだけ気持ちも落ち着いた。
僕は悩んだ末、もう少し食休みを挟んでからそれを使うことにした。少量を薬包にして僕に渡すと、ルストスは部屋から出ていった。
そういえば……ルストスはまさか、兄様と一緒に寝ているんだろうか?不意にそんな考えが浮かんで、慌てて首を振る。仮にそうだとしても、僕が詮索すべきことじゃない。
僕はしばらくベールを被って月を眺め、お腹が落ち着いた頃にベッドへと潜り、薬包を開いた。
その夜も、またあの苦しくて仕方がない夢を見た。
水底から、空の上の光に焦がれる愚かな竜の夢。
……僕だってそうだ。
あの太陽が、どうしても欲しい。
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