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蒼茫と光り7

「フィシェル、フィシェル!」   「うう……」    ルストスに声をかけられたのは、おそらく二階の辺りだった。意識を取り戻すと階下の戦闘音が良く聞こえてくる。   ルストスが腰のストールを解いて懐にしまう中、僕は軽く頭を振って瞬きをした。   「こ、怖かったです……」   「そう?結構楽しかったけどなー……こう言う遊びを体験できる場所を作ったら、賑わいそうじゃない?」   「うーん、確かに……好きな人はいるのかな……?」    呑気なルストスについ釣られてしまうが、階下では戦闘中なのだ。僕は身体を起こして深呼吸した。   「みんなは大丈夫でしょうか」   「心配ないよ。多少怪我はするかもしれないけど、エドワード様が強過ぎるからね。ヴォルディス以外は相手にもならないよ。オルトゥルム側の兵士は多分、もうエドワード様に眠らされてる」    ルストスが伸びをしながら言うので、僕もそちらへの不安は随分と薄れた。問題はヴォルディスのみ。僕はエディがヴォルディスに太陽の力を使う手助けをして、竜卵を浄化すればいい。    数日前、僕を捕らえると聞いたヴォルディスは、兄様の誘導でオルトゥルムからリグトラントへと飛んできてこの塔へ入った。流石に建築後は薄っすらとしか魔力が残っておらず、ここをどうやって作ったのかは分からないけれど……僕はこの塔を支える魔力を知っている気がしていた。    兄様の指示で、塔には誰も残っていない。滑り下りている間も邪魔されることはなかったみたいだし、二階の階段でルストスの後ろからそっと内部の様子を窺っていても、背後から誰かが来ることもなかった。ルストスの言う通り、もうどこかでエディに眠らされているのだろう。  二階にはやはり人がおらず、僕たちはゆっくりと階段を下り、一階に向かうと……何と一階の床が真ん中から抜け落ちていた。先程の衝撃はこれだったらしい。地下の広い空間の中、壊れた昇降機や瓦礫が階下に落ち、その瓦礫の中で巨大な漆黒の塊が咆哮する。ここまでビリビリと空気が震えるようだった。   「一階は元々入り口も大きく作ってあったし、床自体が地下への大扉になっていて……ヴォルディスが入れるようにしてあったんだけど」   「それが、壊れてしまったんですか?」   「うん、そうみたい。多分みんな下だ。フィシェル、下りても大丈夫?」  差し出されたルストスの手をとろうとしたとき、地下でヴォルディスがその巨大な尾を薙ぎ払ったのが見えた。瓦礫が一緒に飛び散るが、それらは全て溶けるように砂になって消え失せていく。瓦礫と砂埃が収まると、エディたちの魔力が視えた。   「エディ……!」   「おっと、そうだった。風で下りないとね」    ……ルストスはいつまで皆に内緒にするつもりなのだろう?最早内緒にしていること自体を楽しんでいる気すらしてくる。とはいえ必要になれば先程のように使うはずなので、僕は気になりはしたが心配はしていなかった。  僕はルストスの手を再び取ろうとして、改めて階下を見た。  ……どうにも人数が少ないように思う。   「どしたの?」   「……あの、人が少ないなと……」   「ああ……」    ルストスは一度手を引っ込め、真っ直ぐに僕を見た。   「……フィシェルには言ってなかったけど、実は部隊の大半はテアーザへ向かっているんだ。オルトゥルム側も、リグトラント側もね」   「えっ!?」   「一般市民にヴォルディスの事を公表して、エドワード様の鍛えた部隊がテアーザで避難と戦闘を行ってる。町の建物に被害は出るだろうけど……人は傷付かないよ。その為にアルヴァトとエドワード様と、準備をしたから……」   「で、でもどうして、テアーザで?」   「……オルトゥルムとの貿易に依存している街だし、竜とよく接するマーク様や一部のリグトラント国民に至っては呪いの影響までも見受けられた。だからかもしれないけど……拉致を把握していても貿易をやめることはなかったし、詳しく調べようともしなかった。でも竜が襲ってきたとなれば、皆目を覚ますしかないし、被害が出れば都合のいい悪役がいる話にも納得するでしょ?」    僕は平然と言ってのけるルストスに息を呑んだ。   「大丈夫。主にオルトゥルム側の人や竜は怪我をするけど……誰も死なないし、上手く行く。さあ僕たちも行こう」    固まる僕の手をルストスが取り、風でふわりと地下に下りる。そうだ、僕は僕の役目に集中しなくては。ルストスはそのまま僕をエディのそばへ連れて行ってくれた。   「フィル!」   「エディ……!」    僕がエディの手を取ろうとしたとき、ヴォルディスが許さないとばかりに咆哮しつつこちらに向かって羽ばたき、風の衝撃波を放ってきた。   「兄様!」   「くっ!ルストス……ッ遅いですよ!」    風はラートルム兄弟が前に出て打ち消してくれた。僕達のそばの風は凪いでいたが、周りは再び瓦礫が飛び散り、砂埃も巻き起こって視界が悪くなる。ルシモスが舌打ちをしながら風の魔法の範囲を広げた。  確保された視界の中、僕が瞬きをしてヴォルディスを視るが……真っ暗で何も分からない。すっかり濁りきっていて、最早どうしてヴォルディスが生きているのかさえ分からなかった。しかしよく目を凝らすと僕には……身体の中心に僅かに光が視えた。   「闇雲に御子の魂を取り込めば、その魔力が混ざり、濁る。御子はそれぞれ魔力の色が違うからな。あれが黒いのはその所為だ、フィシェル」    僕が振り返ると、アルヴァト兄様がひらりとどこからか舞い降りてきた。   「お兄様!」   「残ったオルトゥルムの戦士たちも眠らせてきたぞ」    僕が兄様に話しかけようとすると、エディが後ろから僕の手を引いて抱き寄せた。   「エディ、お兄様は敵では……」   「くっくっく……エドワード殿下にとっては、俺はフィシェルを狙う敵なのだろう」   「……いくら兄弟だと言われても、心配なものは心配だ」    エディが呟くが、ルストスの悲鳴に近い声がそれを掻き消す。   「ちょっとー!話してないで助けて下さい!」    エディはため息をつくと、茶色の宝石がついた指輪を抜き取り、ヴォルディスの頭上へと投げた。   「アーニア!」   「はいっ!ですが、さすがにこれ程の大きさは……っあまり長く足止めできません!」    指輪に溜め込まれていたアーニアの魔力が発光しながら解き放たれ、そこに向かって周りの瓦礫が集まっていく。騎士隊の軽鎧に身を包んだアーニアが、険しい表情で手をかざして瓦礫をまとめ上げ、ヴォルディスの上へと落とした。地響きがして、巨大な黒竜は絶叫と共に瓦礫の中へ埋もれてしまう。   「今のうちに隊列を整えるぞ!」    僕は慌てて周りを見渡すが、数人の紅蓮隊以外目立った部隊が見えない。やはり皆テアーザへ行ってしまったのだ。けれどこの人数でこちらは大丈夫なのだろうか?そう思いはしたがエディに呼ばれ、聞くタイミングを逃してしまった。   「フィル、こっちへ!」    エディに手を引かれ、そのすぐ後ろに立つ。僕を取り囲むようにアーニアやルストスがそばについた。   「ッそろそろ、限界ですわ!」    苦しげにアーニアが言うと、エディが先頭で剣を構えた。いつの間にか日が落ちてきて、辺りが暗くなる。そうすると、ヴォルディスの纏う黒い靄が一層濃くなっていく。エディは高い天井に向かっていくつも火球を飛ばす。それがまとまって大きな炎になった。   「一人、明かりの維持を代われ!」   「ハッ!」    返事をしたのはクーレだった。紅蓮隊に入っていたんだ……彼は素早く隊列の中で後ろに下がると、手をかざしてエディが作り出した巨大な火球の明かりの維持を引き継いだ。  暗い塔の地下が揺らめく大きな炎の明かりで照らされ、僕もベール越しに辺りの様子が良く見えるようになる。  だが次の瞬間、空間がビリビリと震えるほどの巨大な咆哮と共に、アーニアが集めた瓦礫が吹き飛んだ。ラートルム兄弟がそれらをヴォルディス側に押し留め、エディとアーニアが瓦礫を素早く泥に変えると、紅蓮隊がそれを焼き固めた。息のあった連携だったが……それもことごとく砕かれてしまう。  どうしよう。先に竜卵を探して浄化すべきだろうか?   「お兄様、竜卵は何処に?」    兄様の尻尾が飛んできた瓦礫を叩き落とす。僕が尋ねると、兄様は顔を顰めてヴォルディスを視た。   「……視えんな。腹の下か、或いは中か……」   「な、中って……」   「近付けば分かるだろうが、ここからでは……見えるところにはないと言うことしかわからん」   「アレビナ!ルドラ!」    僕たちのやり取りの後ろで、ルストスが叫ぶ。紅蓮隊はルドラを中心に据えて、ヴォルディスに巨大な火槍を何本も落としていた。エディもヴォルディスの尾や爪を長剣で反らしながら火槍を強化しているが、ヴォルディスの漆黒の竜鱗は貫けないようだった。  ルストスに呼ばれた二人は、与えられた指示に驚愕している。   「ぼ、ボクが!?」   「そう!アレビナを中心に、炎でヴォルディスを捕らえるように!君の火縄を強化すれば、動きを止められる。アーニアとエドワード様は、その間にヴォルディスの足元を一度泥にして、固めて欲しい」    ルストスはそう言いながら僕を見た。   「そうすればエドワード様とフィシェルが近付ける。熱からは僕と兄様が守るから」   「全く、そんな危険な作戦をいきあたりばったりに……」   「兄様……」   「……お前が優秀なのは分かっています。それで、どのタイミングで仕掛けるのですか?」   「……では俺が隙をついて、少しの間動きを止めよう」    アルヴァト兄様が前に出て、エディの隣に並んだ。   「ヴォルディス相手には何秒も効果はなかろうが、身体の自由を奪う毒を吸わせる。そこを狙え。俺ごと燃やすつもりで構わん」    エディは頷くと、噛み付こうとしてくるヴォルディスの横面を巨大な岩石を放って殴り付けた。顔がこちらからわずかに背けられた隙に兄様が飛び出し、軽い身のこなしでヴォルディスの口元に近づくと、一瞬の内に生成した毒を鼻や口に纏わり付かせた。離れた場所から兄様の叫び声が響く。 「今だ!」   「アレビナ」    ルドラがアレビナを静かに呼び、手を取る。紅蓮隊も二人の周りに集まった。エディが赤い宝石の指輪を投げると、体勢を崩して横向きに倒れたヴォルディスの上空で指輪が輝いた。そこから大量の炎が何本も吹き出し、ヴォルディスに覆いかぶさっていく。  それを見届けるとアルヴァト兄様が高く飛び上がり、くるりと回りながらヴォルディスから距離を取った。  身体を拘束された黒竜は怒りに首を持ち上げると、こちらへ向かって炎を吐く。が、ルドラとアレビナがその炎の主導権も奪い、ヴォルディスの巨大な頭も拘束してしまう。  更にエディとアーニアがヴォルディスの下を一時的に泥沼に変え、その巨体を沈めると、炎が泥を撫でて焼き固め……ヴォルディスを押さえ込んだ。   「フィル!」    僕はエディの手を取り、藻掻くヴォルディスに向かって駆け出した。  僕たちの周りを風が吹き抜け、アレビナの魔法で発生した熱を散らしていく。  横向きになっていたことで、僕は簡単に目的の場所へたどり着く事ができた。ヴォルディスの腹部の、その中心。  近づくほど、僕には彼らの魂がはっきりと感じられていた。  魔力と竜気で自分の身体を覆いながら、僕は白手袋を外してそっとヴォルディスの腹部に触れる。   「フィル……」    心配そうなエディの声がするが、今だけはそれに振り返ることはできなかった。    ……僕の役目は、太陽の通り道を作ること。    そもそも、遠い昔……どうして当時の太陽はヴォルディスを滅ぼさず、呪いを掛けるだけにしたのか。  ヴォルディスが強欲にも精霊国に手を出したのは、太陽が欲しかったからなのだとあの夢を見た僕には分かっていた。  たぶん、あの気持ちは……好きだったんだと、思う。ルストスが言うには、精霊たちは「ヴォルディスは太陽が嫌いだ」と言っているらしいけれど……それは今現在の話で、過去は……一番最初に精霊国に手を出したときには、違っていた。  だってきっと、古い生き物同士手を取れば、オルトゥルムもリグトラントも……今よりもっと広い大地と多くの人々を抱える大国になっていたはずだ。    少なくともヴォルディスはそうしたかった。旧友と共に、世界を駆けたかった。でも精霊はすでに受肉した人になっていて、ヴォルディスとは生きる時間も性質も変わってしまっていたのだ。  嘆くヴォルディスに、精霊は残酷にも……自分と同じ滅びを与えたんだと思う。それは自分が愛した精霊国を脅かされた怒りも、もちろんあったのかもしれない。ヴォルディスの知能が完全に無くなれば、いくら古く長い命を持つ生き物とてやがて餌を食べられなくなり、衰弱して死ぬ。それが傲慢になってしまったかつての友人に対する精霊の答えだったのだ。    けれどオルトゥルム国民はリグトラントとは違い、すっかりヴォルディスの統治に依存していた。ここが多分、当時の太陽の誤算だったのだ。竜血を繋いだ王族はいたが、彼らはヴォルディスをいかに永らえさせるかということのみを重視する。  そこで目を付けられたのが……元々、邪気や災いを遠ざける力を持つと言われていた白竜の御子だった。最初は祈りを捧げていたが、それだけでは大した効果は得られないと分かり……ついにその魂を喰らわせることになる。よりによってそれが効果的だったのだ。  呪いに侵されたヴォルディスは、新月に捧げられる白竜の御子の魂を喰らいながら、今日まで生きてきた。このままでは……もう体が呪いに染まり、魔力も濁りすぎていて……エディの力が届かない。    僕はヴォルディスの中心で身を寄せ合う魂達のいる場所へ、呪いを掻き分けて道を作らなければならない。僕が本当に至純であり白竜の御子でもあるならば……僕の透明な魔力でヴォルディスの濁った黒い魔力を、御子としての竜気で退知の呪いを払って、かつての御子達が待つ場所へエディの力を届ける道を作ることができるはずだ。    僕は意識を集中して、ゆっくりとヴォルディスの内部へ力を伸ばした。アレビナの火縄が周りでぎちぎちとヴォルディスを締め上げ、暴れる身体を押さえ込んでいる。  泥から逃れた尾が僕に向かってきたが、エディが砂をまとわりつかせて勢いを殺し、再び生成した泥の中に深く沈め、固めていく。藻掻く翼や手足も、炎と泥が絡み付いて動きを止める。  とはいえ僕はエディを信じて集中していたので、そちらを気にすることはなかった。一心不乱に巨体の内部へ力を伸ばしていく。    やがてたどり着いた先には、魂たちが取り囲んで守るヴォルディスの魔力核があった。それが本来の色なのだと分かって泣きそうになる。  蒼茫たる夏の大空のような……それは美しく澄んだ蒼色だった。同時に、ヴォルディスが太陽を欲した理由も分かってしまう。  ……自分のそばで輝いていて欲しかったんだ。  実際の空と同じように、地上でも……   「エディ……エディ」    僕がエディの手を取り、僕の隣へと導くと、すぐに僕のしていることを理解したエディが目を見開いた。   「……エディの光で、照らして下さい」   「ああ……わかった」    僕がベールの下で目を瞑ると、エディは小さく深呼吸をして僕の隣に手を当てる。僕が作った道に沿って魔力を流し、ヴォルディスの中心に巨大な光源を生み出した。エディの強すぎる光の魔力が、ヴォルディスの中で輝きを放つ。  それは僕の力や周りを取り囲む魂たちをも暖かく照らし、呪いや黒く濁った魔力を内側から焼いていった。  目を閉じていても僕の薄い瞼から、その鮮やかで眩しい暖色の魔力光が透けて見えるようだった。    ヴォルディスが暴れ、苦しげに絶叫するが、ラートルム兄弟が音を掻き消していた為にその大きな音は僕たちには届かなかった。    濁った魔力と呪いに芯まで侵されたヴォルディスの細胞は、太陽の魔力に焼かれて内側からボロボロと溶け崩れ、あれ程魔力も熱も通さなかった竜鱗を内側から崩壊させていった。  崩れかけた塔の隙間から、かつてヴォルディスを形作っていた細胞たちが光の粒となって天に昇り、消えていく。夜中だというのにこの塔の中は真昼間のように明るくなり、僕だけではなく殆どの人間が目を開けていられなくなった。    でも僕には、瞼の下から目的の物が視えていた。  兄様が呪いと魔力を逃がすために作ったあの竜卵も、共に救わなければならない。    それはこの光の中でも毒々しい紫と黒が混ざり合い、御子達の魂を引き寄せようとしていた。ヴォルディスがこのそばから離れようとしなかったことにも納得がいく。  呪いと毒の魔力が混ざりあった竜卵は、最早ヴォルディスよりも凶悪な生命になりかけている。  早くしなければ、御子の魂たちが取り込まれてしまう。   「フィル、駄目だ!」    せめて少しでも薄めなければ。そう思って手を伸ばし、僕は光の中でその竜卵を抱き込んだ。全身に魔力と竜気を流して、卵の内部へ注いでいく。    ばちん、と音がして、ヴォルディスの最後の欠片が消えていった。エディの光も徐々に収まり、途端に竜卵の魂を引き寄せる力が強くなる。   「みんな、来ちゃ、だめだ……!」    彼らの魂を知覚できているのは、きっと同じ存在である僕だけだ。僕の言葉でこの場に生きている人たちを戸惑わせることが分かっていても、そう口にせざるを得なかった。皆に少しでも踏み止まって欲しかった。もう少しだけ、時間があれば。  少しずつ薄まっていく黒紫を前に、ヴォルディスの蒼茫たる魔力核を守り続けて疲弊した魂たちへ願わずにいられなかった。耐え続けた彼らにとって、再び耐えろと言うことがどんなに酷か分かっていても、僕は何度も来ないでと呟いた。   「フィル……」   「エディ……大丈夫です、いま、僕が」    僕が一度エディを振り返ったとき、竜卵にひびが走った。   「ッフィル!」   「あッ……うっ!」    驚いて竜卵に視線を戻すが、狂気にぎょろりと歪んだ縞々の出目と目があった瞬間、僕はその竜に右肩へ噛み付かれていた。  直接触れ合った僕の傷口から、互いの魔力が流れ込んでいく。僕は悲鳴を上げて、黒紫の魔力が入ってくる不快な感触に耐えた。  兄様の毒は言わずもがな、黒の魔力も僕の中に雪崩込んできて、内臓が焼ける。僕は一度血を吐いた。身体の中が熱くて、痛い。でも僕がここで止めたら、きっとこの子は殺される。先程見て理解していた。エディの魔力を使うと、この罪もない白竜は身体を焼かれて死んでしまうだろう。  エディが僕から竜を引き剥がそうとしたが、僕は咄嗟にそれを拒絶した。   「フィル!ッその竜を離せ!!」   「ま、って……もうす、こし」    周りに人が駆け寄ってくる気配がしたが、そちらに意識を割く余裕などない。僕は孵ってしまった幼竜の口から自分の魔力と竜気を流していった。  内部から直接薄めてしまえば流石に応えたようで、竜は暴れながらも体色を白化させていき、やがて意識を失ってぐったりと倒れる。周りを取り囲んでいた魂たちも自由になったのが分かった。  新月の夜だけれど……どうか……どうか彼らの魂が、太陽神の元へ導かれますように。  僕の意識は、そこでぶつりと途切れた。

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