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蒼茫と光り8 ※(エディ視点→フィル視点)

 半月前、ルストスから言われた言葉で怒りに震えたのをよく覚えている。   『エドワード様には言っておきますが、フィシェルは一度死にかける可能性が高いです。直前まで至純である必要があるので、予め半身になっておくこともできません』   『……フィルに何をやらせるつもりなんだ?』   『実はヴォルディス以外にも厄介な物があって……』    竜卵のことを言われた時には益々腹が立ったが、アルヴァトの知性が保たれていなければ……恐らく何も知らぬままフィルを連れ去られてしまっていた筈なので、何も言えなかった。彼が行動を起こさなければリグトラントもどうなっていたか分からない。  戦場から遠ざける為、先にルストスにフィルを攫わせてしまうこと、ヴォルディスの襲来に併せて一時的にテアーザで暴動が起こるよう仕向けること……ルストスの話はどれも頭が痛くなるものばかりだったが、これでも今後を考え被害が少なくなるように動いたと言われてしまえば、頷く外ない。対竜の訓練を積んだ部隊の大半はテアーザへ向かわせることになった。    俺はルストスの指示どおりにいくつか単独で作業をした。  オルトゥルムが人の国なのに竜の統治を選んだ歪な国だというのなら、リグトラントだって大して変わらない。  精霊の言葉を与えてくれる年下の青年に頼らなければならないのだから……  しかし、ルストスには悪いが……どんなに被害が少なくなるようにしたと言われても、フィルに害が及ぶならなんの意味もない。  俺が太陽の魔力を持っていたとして、だからなんだというのか。フィルがいない世界なんて、俺にとっての光りが失われた……蒼茫とした闇そのものだ。 「フィル!!」    白竜を抱えて倒れてしまったフィルの身体を抱き起こすが、ぐったりとして動く気配がない。黒紫色だった白竜は今はすっかり白くなり、狂気に出っ張っていたその目も大人しく閉じられている。その竜はフィルの腕の中から力なく倒れ伏していった。生きてはいるようだが……  フィルの方も今はもう血を吐く気配はないが、べっとりと服と口元についた血が痛々しい。  アルヴァトが険しい顔でフィルの傷口を見る。いや……"視た"のだと分かった。   「まずいな……魔力核に向って黒と紫が進行している。フィシェルの意識がない今、このままでは染まってしまう。せめて解毒しようにも……俺の魔力はこれ以上流すわけにはいかん」    それを聞いたルストスが透明な小瓶を懐から取り出し、フィルの口から飲ませた。  魔力増幅剤だとわかったが、今そんなことをして嚥下できるはずもない……と慌てたが、アルヴァトがルストスに呟いた言葉に閉口した。   「おい、ルストス……いいのか?」 「うん、秘密より友達のほうが大事」    ルストスはフィルの血液のみを指先に集め、口からそっと体内に戻す。液体をここまで精密に操作できるのは……熟練の水魔法の使い手だけだ。   「フィシェルの魔力核に直接薬を届けた。僕の魔力で傷ついた部分を一時的に塞いでいるけど……染めないように治療するには……今はこれくらいしかできないや」   「今のは……ルストス、お前」   「僕のことはいいです。それよりアーニア。まだ魔力はある?」   「指輪に貯めた分がいくつか……ですが、どうするんですの?」    困惑するアーニアに、俺は自分の指から地属性の魔力が籠もった指輪を全て抜いて渡してやった。   「最上階に使える部屋があるんだ。塔が不安定になってるから、それで補強して欲しい。いけそう?」   「……分かりました。やるしかありませんわね」    アーニアが広間の真ん中へ向って作業を始める中、ルドラが怒鳴る。   「オイ!オマエらなんでそんな落ち着いてんだよ!フィーは、フィーは……!」   「ルドラ、落ち着いて……こうなった以上、エドワード兄様がフィシェル様を染めるしかない。逆に言えば、そうすればフィシェル様は必ず助かる」    アレビナの言葉に俺が頷いて立ち上がると、ルドラは表情は険しいが押し黙った。アレビナの言うように……半身同士の治癒効果ならば濁った魔力も毒も、肩や内臓の傷も……何もかも元通りだ。そして当然これは、他の誰にもやらせる訳にはいかない。  俺がフィルをしっかりと抱きかかえると、ルストスがフィルの腹に意識のない白竜と、新たな小瓶をそっと乗せた。   「……ルストス」   「すみませんがお説教も説明も後で。アルヴァト」   「ああ。エドワード殿下、不快かもしれないが……この状態のフィシェルを治癒するには、"視"えたほうがいい。俺の視界を一時的にお貸しする」    もう呼び方などに突っ込んでいる余裕はなく、俺はアルヴァトの言葉にのみ返事をした。   「それは……魔力視をということだな」   「そうだ。額を合わせてくれ」   「……分かった」    フィルを挟んでアルヴァトと額を合わせる……普段なら絶対にやらないと断言できることだが、今回だけはやむを得ない。  額を離して瞬きをすると、俺の視覚に新たな世界が広がった。ありとあらゆる魔力の色が視通せる。これがフィルの視界……なのか。  驚いていると、アーニアの声が響く。   「終わりましたわ!ですが、昇降機などはどうしようもなくて……階層を減らそうにも、今のわたくしの魔力ではこれが限界でしたわ。他の部屋ではだめなんですの?」   「あの部屋は特別に頑丈にしてあるし、断音も完璧、水回りも強引に僕の魔法で整えてあるから、できればあそこがいいね。エドワード様、僕と兄様で外から送ります」    ルシモスは苦々しい顔で弟を見ている。   「はぁ……エドワード様、お送りいたします」    ルシモスがため息をついて風の階段を作り、それを地上へと伸ばす。  俺たちは一度外に出て、ラートルム兄弟の風で最上階の外階段まで一気に噴き上げられた。その後は下の様子を気にする余裕はなかった。  室内に入り、フィルを寝台に寝かせる。白竜はどうすべきか分からなかったが、枕元の、フィルの頭の隣にそっと寝かせた。どちらもぐったりとしているが、竜の方の内部はかなり落ち着いたように思う。フィルの頑張りのお陰で一点の濁りもない。  問題はフィルの体だ。失った血は戻ったし、ルストスが血流を操作して、傷付いた血管や内臓の機能を補っているのだろうが……  初めて視認した魔力核とやらからは、魔力増幅剤のお陰でフィルの透明な魔力が絶えず湧き出し、黒紫を押し返していた。だがその代わり、核以外の全身にじわじわと黒い靄のような魔力が広がりつつある。俺はフィルの上着を脱がせた。  ……こんな形で、染める事になるなんて。  悔しさに歯噛みする。だが、フィルの命のほうが余程大切だ。  ベールを上げてシャツのボタンを外していき、やがてフィルの腹部を露出させると、俺は残っていた指輪を全て外して上着のポケットにしまい、掌をそっと臍の上から当てた。ゆっくりとフィルの腹の下へ魔力を流していく。どうか拒まないでくれと祈りを込めながら。   「フィル……」   「う……ぁ……」    俺の魔力が流れ込むと、フィルは薄っすらと目を開けた。   「エディ……?」 「フィル……すまない。君を……同意もなしに、染めようとして……」    俺がそういうと、フィルは苦しげに息をしつつ、それでも微笑んでみせた。   「エディ……好きです。大好き……嬉しいです」   「フィル……!」    そうだ、もう言ってもいいのだ。ヴォルディスも消え、その呪いを受け継いでいた白竜も浄化され、憂いはもうない。染色衝動を堪える必要はなくなった。  ああでも本当は……もっとゆっくり話をして……気持ちをちゃんと伝えてから、フィルを染めたかった。  だが、一言想いを口にすればそんなことは瞬く間にどうでも良くなる。フィルが今ここに生きていて、俺を受け入れてくれるのならば……なんだっていい。   「フィル……俺も、フィルが好きだ。……君を愛している」    そう言うと、フィルは目を見開いて、そこに涙を溜めた。   「ああ……エディ……僕も、エディのことを……愛しています……」    紅い唇に口付け、そこからも魔力を流した。あれ程使ったというのに、俺の魔力は枯れることなく溢れて、フィルに流れ込んでいった。  少し不安だったが、しばらくそうやって流していると、暖色の燐光が散ってフィルの傷が癒えていく。どうやらフィルの身体は俺の魔力を受け入れてくれたようだ。まだかなり薄いが、治癒効果が発動したなら間違いはない。   「フィル……良かった」    身体を起こして魔力を視てみたが、入り込んでいた黒紫は末端に追いやられ、じわじわと薄まって消えていく。フィルも今は完全に意識を取り戻し、俺を見上げている。   「エディ……目の色が……」   「ん?」   「……兄様と、同じような色に……」   「ああ……今は、アルヴァト殿下の視界を借りていて……」    俺がそう言うと、フィルはゆっくりとこちらへ手を伸ばしてきた。引き寄せられるまま額を合わせ、フィルがゆっくりと呼吸する音を聞いていると、いつの間にかフィルの瞳の中に映る俺の目は、いつもと同じ色に戻っていた。  それどころか、フィルの瞳も……よく見れば薄っすらと俺と同じ赤と橙のオッドアイになっている。   「エディ……僕、染まれたんでしょうか……」   「ああ……だが、まだまだ薄いな」    フィルは俺の言葉を聞くと、瞬きをして自分の手の甲を視た。黒と紫を押し退ける暖色の混ざりが透けているが、俺の濃度をフィルは知っているのだろう。悲しげに眉根が寄せられた。   「エディ……」   「フィル……身体は辛くないか?」   「はい、もう……痛みもないです」   「では……もっと、俺と同じ色にしてもいいか?」    するとフィルはきょとんとしながら頷いた。   「それは……是非……お、お願い……します……?」    分かっていないな、これは。俺は一つ笑みを落とすと、露わになっていたフィルの鎖骨の辺りに口付けた。フィルの身体に、面白いように俺の魔力が染み込んでいく。まるで水を溜め込む綿のようだ。  傷があった右肩にも、何度も口付けた。フィルが微かに甘さの滲む嘆息をして、潤んだ瞳で俺を見上げる。   「エディ……?」    フィルのスラックスのベルトに手をかけると、俺が何をするつもりなのか理解したらしく、フィルは途端に頬を赤くした。   「……ようやく分かったか?」   「う……はい……でも、みんなは……?」    フィルが部屋を見回そうとしたが、その顎をとって唇を啄む。   「んッエディ……ッ待って」   「……気にしなくていい。ここには誰もいないし、大丈夫だから……こちらに集中してくれ、フィル」   「あ……ッ!」    俺がフィルに触れる手に力を入れ、服の上からその形を確かめると、フィルは鋭く喘いで僅かに身を捩った。その微かな戸惑いを押さえ込み、下着の内側へ手を差し込む。   「ん、ぁ……あ……っ」    既に硬くなり始めていたフィル自身を避け、その下の膨らみを緩く包むと、フィルがもどかしさに切なげな吐息を漏らす。それも飲み込むように、俺は何度もフィルの唇吸った。   「ん、ん……ッあ!」    中心をそっと撫で上げてやれば、フィルはぎゅっと目を瞑り、寝台へついた俺の腕に絡む細い指にも力が籠もる。  反応の一つ一つが可愛らしい。不安も憂いも消えた今、その反応を見るのが楽しくて仕方がない。   「フィル……脱いでしまおうか」   「ん……はい」    熱に身体が沈んでいても、フィルはしっかりと腰を浮かせて俺を手伝う。邪魔な衣服は下だけでなく、身体を軽く起こさせて上も取り去ってしまう。上げただけのベールも取り去ろうとすると、ベールを留めていたフィルの後ろ髪がひとりでに解け、滑らかな白髪がその背に垂れた。  内心どうやって留まっていたのかと首を捻ったが、今はどうでもいいと思い直し、俺はフィルの服を砂で運び、窓際にあったテーブルの上へ届けた。   「エディも……脱いでください」    俺に手を伸ばすフィルの体は、淡い魔力灯に照らされいて、薄暗い部屋の中ではひどく浮いて見えた。相変わらず美しい。    揃いの軍服を着せていたので、いつの間にやらフィルにも俺を脱がすことができるようになっている。そのことに俺が微笑むと、フィルも同じことを思っていたのか、少し恥ずかしそうに視線が逸らされた。  お互いに服を全て脱ぎ捨ててしまうと、フィルは再び寝台に身体を預け、俺はそこへ覆い被さった。艶を帯びた紅色に惹かれて唇を重ねると、服を脱ぐ間に下火になっていた欲の炎が、再び燃え上がってくるのが分かる。   「フィル……好きだ」   「僕も……大好きです……エディ」    今まで言えなかった分、俺は何度も好きだとフィルに囁いた。魔力と同じように、俺の言葉もフィルに染み込んでいけばいいと思った。    枕元で眠る白竜のそばに、ルストスに渡された小瓶が転がっている。それを手に取り、中身を出してみると……やはり潤滑剤だった。  もうほとんど魔力は残っていないが、ルストスが魔法で洗滌と潤滑の効果を付与したものだと頭の隅で理解する。多重霊格だと隠し通していたのは何とも彼らしいが、流石に戻ったら問い詰めなければならないだろうな……  そんなことを思いつつ、それをフィルの後孔へと垂らす。   「あ……エディ……」   「大丈夫」    戸惑うフィルを宥め、そっと指を挿し入れる。もう良く知っている、フィルの好きなところを擦ってやれば、忽ち甘い声が聞こえてくる。  この時の為に練習だと言い訳して、少しずつ触れる箇所を増やしてきたのだ。実際、練習には違いなかったが……   「あ、あっ!ん、ぁあっ」    体勢を少し変え、フィルの胸で硬くつばくむそこへ口付ける。   「んんっ!」    フィルが俺の頭を掻き抱くが、気にせず舌を這わせる。すると触れてもいないフィルの中心からとろりと透明な先走りが零れ落ちて、その白い下腹を汚した。その中に滲む魔力の色が少しずつ濃くなっていくことが、堪らなく嬉しかった。  指を増やし、ゆっくりと唇を下ろしていくと、俺の意図に途中で気付いたフィルが焦った声を出す。   「あ、エディ……エディ、だめ……あ、あっ!」    嫌とは決して言わないフィルの、その中心を咥え込む。途端にフィルが逃れようと動くので、細腰を掴んで引き寄せた。  力で俺に敵うはずないと、知っているだろうに……   「ひ、あっ!ん、待……ッエディ……っそんな……ぁあっ!」    びくびくと震える筋に舌を当て、そのまま吸い上げてやると、フィルが切羽詰まった声を漏らした。その間にもう一本指を増やして、フィルの好きなところを強く擦る。   「ぅ、あ……ッあ!いっ……ぁ……んぅっ!」    とろりと口の中に流れ込むフィルの魔力は、考える間もなく自然と飲み下していた。すると俺の体内にある魔力も待ちわびたように呼応し、増幅されていく。   「ん……ッ……」    指を抜いて、その滑りを俺自身にも擦り付ける。フィルの後孔に押し当てると、フィルがジッと俺を見上げてきた。   「フィル……いいか?」   「はい……」    ゆっくり、間違っても傷付けないように、フィルの中に挿れていく。滑りを帯びた温かい泥濘みが、俺を包み込む。   「ん、ぅ……エディ……」   「ッフィル……大丈夫か?」   「は、い……っ」   「もう少しだ……」    押し進めていくと、フィルはやはり苦しげに息を吐いた。それでもしっかりと受け入れようとしてくれて、堪らない愛しさが込み上げてくる。  しかしやはり、今のフィルに無理をさせるわけにはいかない。そう思っていたのだが……   「フィル……入ったよ。つらくはないか?」   「ん……エディ……大丈夫、ですから……」    そう言って肩に添えられた手に力を込められてしまえば、俺も我慢ができなくなってしまう。少しずつ腰を動かすと、フィルは再び甘い声を上げた。  お互いの魔力が混ざり合って染み込んでいく感覚に、堪らない気持ちになる。  自分と同じ色の人間がいてくれるなんて、夢のようだった。  ずっと一人でこの色彩を抱えていくのだと思っていた。  しかしもう、今は違う。  フィルがここにいる。      ◆      エディが僕の中に入ってくる衝撃で、口から勝手に声が押し出されていく。自分でも分かるほど感じ入った甘い声で、恥ずかしいのに何故だか凄く興奮もした。    僕はずっと、暖かい色合いの中にいた。僕の中心がじわりじわりとエディの色を濃く帯びていく度、感じたことのない気持ち良さと興奮ですぐにでも達してしまいそうだった。  エディに一度指と口でされたとき、まだ薄い僕の暖色が、それでもしっかりとエディの中へ溶けていって、涙が出そうになる。  よくやくこの時がきたんだと思った。    「あ、ぁ……っうぅ」    抽送の度に内壁を擦り上げられて、僕はエディとの境界を強く意識させられる。魔力は行き来して溶け合っていき、同じ色に近付いていくのに……僕たちはどうしたって別々で、そのことが堪らなく愛しい。   「あっん、ん……ッエディ……っ」   「フィル……好きだよ」    エディは何度も僕に好きだ、愛してると囁いて口付けてきた。僕も必死に応えるけれど、余裕がなくてほとんど喘ぎの中に掻き消えてしまう。  それでもエディが僕の存在を確かめるように手を握り、指を絡め、優しく力を込めて魔力を流すから、僕も真似をする。そうすると僕だけじゃなくエディの指先も快楽にびくりと震えたので、同じことを感じているのだと嬉しくなった。     身体にそういう感覚があってわかったのだけれど……どうやら気を失っていた間に魔力を増やす薬を飲まされていたみたいで、僕の臍の下辺りにある魔力の源が絶えず魔力を生み出している。お互いの身体の隅々まで魔力が行き渡ると、身体から漏れ出て空気にまで溶けていく。  そうして僕たちは暖色の奔流に飲まれ、その中で尚もお互いを求め続けた。   「フィル……ッ」   「あぁ……っエディ、僕も……んんッ」    中に注がれるエディの色に、僕の中心が歓喜しながら染まっていく。そうするとまた一段と濃密になるので、僕はそれを再びエディへ渡すのだ。繋がりの中で繰り返す。まるで初めて言いつけを守れた子供のように、僕はエディに何度も自分の色を確かめてほしくて仕方がなかった。   「エディ……愛してます……大好き」  エディがそれを聞くとすぐに顔が近付いてきて、僕の言葉ごと唇を啄まれる。間近でみる大好きな暖色のオッドアイは魔力が充ちて煌めき、とても美しかった。瞳の中の僕が同じ色を纏っているのだと分かった時には涙も溢れた。    エディの瞳の中にあった兄様の竜気を塗り替えるのは、思ったよりも簡単なことだった。そこをなぞるように僕が塗り替えていくと、透明な僕の力でエディの目の色が元に戻り、僕は密かにほっとしていた。  やっぱり僕はこの色が好きだ。ひと度瞼が持ち上がれば、味気無い蒼茫たる夜も、たちまち暖かい光りに染まる。今の僕のように。   「あ、あっ……エディ、エディ……ッ」   「フィル……愛しているよ」    何度も注がれ、僕の方も何度散らしたか分からない。幸せだった。  二人で溶け合って、この熱い暖色の中で……ずっと溺れていたい。        大して広くない浴室と、それに見合った小さな浴槽だったけれど、エディと二人で身を寄せ合って入ると丁度良かった。僕はエディに身体を清める手助けをしてもらい、ようやくこうして湯の中に身体を落ち着ける事ができていた。しかしエディに背を預け、温かい湯に浸かっていると、先程まで散々摩擦を感じていた後ろがじわりと熱を持っているのが良く分かる。   「フィル……本当に眩しくないのか?」   「うっ……は、はい」    先程まで受け入れていた感触を反芻していたところに声を掛けられたので、僕は大袈裟に肩を跳ねさせてしまった。けれど、エディは髪を上げて露わになっていた僕の項をそっと撫で上げてからかうに留めた。  僕はちらりとエディを振り返る。  今は明るさを調節できる魔力灯の明かりを、最大に……そう、一般の人たちが暮らすものと同じにしてある。それでも不思議と眩しくはなかったし、以前よりも遠くの方まではっきりと見えた。  僕の瞳の中の、物を映す場所が光に強くなった……のだと思う。  髪は一見すると変わらず白髪のままだったが、髪の根本や束ねた部分など、髪が集まる場所では仄かに金色に見えるようになった。今は僕の髪が湯に浸からないように、エディが後頭部で高く纏めてくれている。僕にもそういう魔法ができないかと思ったけれど、まだ身体の感覚が追いついていない所為なのか大したことはできないようだ。  肌は……エディと比べると相変わらず随分と白かったけれど、以前よりも……少しは血の通った色になったのではないだろうか?僕が白竜の御子でもある所為なのか、半身になってもはっきりと見た目に現れてはいないようで……とはいえ、もう変わってしまった後なので比べようもない。  ……でもそれが嬉しいのだから、なんだか不思議な感じだ。   「エディ……」   「ん?……どうした?」   「キス、したくて……」    けれどこの浴槽は身体を完全に捻ってしまえるほど広くなくて、おまけに僕は体があちこち痛い。僕たちは苦戦しながら何とか口付けたものの、可笑しくなって笑ってしまった。エディが悔しげに呟く。   「もう少し広くすべきだったな」   「やっぱり、この塔ってエディが作ったんですか?」   「ああ。やっぱり、とは……気付いていたのか?」   「何となく……魔力の名残があったので」    エディはそれを聞いてぐるりと室内を見渡す。が、今ここには恥ずかしいことに……僕たちの身体に収まりきらなかった魔力が漂っているので、建物に残った微かな力の確認はできない。  そう伝えると、エディが笑った。   「この目はすごいな。しかしフィル……俺の目を維持するのに疲れているとか、そういうことはないのか?そもそもフィルの治療の為に魔力が視えた方が都合が良かったから、アルヴァト殿下に借りたのであって……だからもう、無理をする必要はないよ」    僕は首を横に振った。本当に大したことじゃないのだ。   「いえ……辛くはなくて……なんて言ったらいいのかな……多分、エディが作る宝石と一緒です。僕が死んだら消えるだろうけど、別に維持の為に気を張り続けないといけないものでもなくて……」    そこでふと、目の色が変わってしまったという母さんのことを思い出した。   「きっと母さんの目がずっと青かったのも、この所為ですね」   「確か、元は茶系色の瞳だと言っていたな……なるほど、そういうことか」   「僕は元が透明だし……竜気は魔力とは関係ないのかもしれないですけど……もし染まっていたとしてもエディと同じ色なので、瞳の色は変わらないですね。良かった……」    僕が心底ほっとしたという声色で呟くと、エディが僕の耳の後ろからそっと囁く。   「……良かった?」   「ん……はい。エディの目の色が、その……す、好きなので……」    真っ赤になって俯くと、エディが後ろから抱き締めてきた。   「俺も、フィルが好きだ」   「い、今のは……目の話で」   「……目だけ?」    エディが不満げに言うので、慌てて言い直す。   「いえ……もちろん、エディのことは……愛していますよ」   「ああ、俺も愛しているよ。フィル」   「うぅ……」    後ろから降ってくる甘い囁きに耐えきれなくなってきて、僕は自分の膝をぎゅっと抱いた。  身体もきっと以前よりもずっと熱に強くなったはずなのに、あっという間にのぼせてしまいそうだった。

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