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第二章・26

 愉快なはず、だった。 『ギル、すまん。ギル』  情事の最中に、すまんはないだろう。 『すまなかった』  愛し合った後で、謝ることはないだろう。 「くッ!」  ギルは、グラスに残った酒を、一気に干した。  喉が、胸が焼けるようだ。  幼い頃から、私を愛していたはずのルキアノス。  成人してからも、やはりその想いは未だ消え去ってはいなかった。  だが。  好きだ、とは言わなかった。  あれほど激しく体を重ねながらも、共に絶頂に達しながらも、好きだ、とは一言も言ってはくれなかった。  鏡に顔を映してみる。  金色の眼。  この不吉な眼を、初めて美しいと、好きだと褒めてくれのは、ルキアノスだったのに。  首筋に残る、赤いルキアノスの痕。  彼は、どんな思いでこの痕を付けたのか。  指先で、その痕に触れる。  癒しのオーラを高め、消してしまおうと思った。  だが、それをためらう自分がここにいる。  もう少し。  もう少しだけ、この痕を残しておいてあげようか。  途中からは、自分もはしたなく悲鳴をあげ、その愛欲に狂ったのだ。  私をそこまで追い詰めた、ルキアノスへのご褒美だ。  だが、勘違いするな、と自分で自分に言い聞かせる。  私は、彼のことなど愛してはいないのだ、と。

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