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第三章・6
そんな顔をしないでくれ、とルキアノスはギルに向かって苦笑いした。
「俺だって初めてなんだよ、仮病なんか使うのは」
「……どうして」
ようやっとの思いで振り絞ったギルの声に重なり、デリバリーサービスが到着した音声が流れた。
ギルに返事をせずに、ルキアノスは部屋を出てゆく。
やたら嬉しそうにトレイを持って何度も部屋を出入りするルキアノスを見ながら、ギルは混乱しそうになった頭を冷やすことに努めた。
彼が、仮病を使ったわけは?
私とあんなことがあったせいで、顔を合わせづらかったからか?
だとしたら、万々歳ではないか。
清廉潔白なルキアノスにズル休みをさせるほどに、私は彼を追い詰めたのだ。
愉快なだけではないか。
「ギル、ちゃんと食べてるか? ピザ、もう一切れしか残ってないぞ」
「あぁ、いただいてる」
何か口にしても味などしなかったし、食欲も湧かなかった。
そんなギルを置いて、ルキアノスは逆にただひたすら食べることに没頭している様子だった。
まるで、何かから逃れるように。
食事を終え、コーヒーを飲み、ルキアノスはグラッパを用意した。
「ちょっと、酔いたい気分なのさ」
こんな事を言いながら、二人分のグラスを作るルキアノス。
ギルは、ただ黙ってその姿を見ていた。
奴の手に乗ってはダメだ。
ギルという名の自分を見失わず、よく考えて喋るんだ。
ああ。そして、そんな私の心すら読み取って、ルキアノスはチェスの駒をまた一つ動かしてくる。
「そう構えないでくれ。ちゃんと話しておきたいことが、あるんだ」
ルキアノスは、くい、と無色透明のグラッパを一口飲み、さすがにキツイな、と笑った後に、まるで罪の告白でもするかのように真剣な顔で語り始めた。
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