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第三章・15

 わなわなと震えるギルに、ルキアノスはまた笑顔を向ける。  肩をすくめ、おどけた様子で調子のいい言葉を紡ぐ。 「抱かせてやる、って言ったのはギル、そっちだろう? ありがた~く、いただいたさ」 「よくも抜け抜けと」  そして突然真顔になって、君を愛してるんだ、とほざくルキアノス。  愛とは、恋とは、好きだとは、随分便利な言葉だな。  何をやっても正当化される響きがある。  だからこそ忌々しい、とギルはそれらを嫌う。  口づけようと顔を近づけてきたルキアノスに、ギルは自分から勢いよく噛みついた。  激しく熱い、キスをした。  舌を伸ばし、ルキアノスの咥内へ立ち入った。  擦り付け、絡ませ、唾液がしたたる程の長いキスをした。 「ギル」  唇を離し、そう呟いたルキアノスに、ギルはうやうやしく頭を下げた。 「これでご満足いただけましたか、ルキアノス様」 「ギル!」  それだけ言い捨てると、ギルは勢いよくソファから立ち上がり、大股で歩いて部屋を出た。  慌てて足を縺れさせながら、後を追ってくるルキアノスの気配を感じる。  だが、振り返ることなくギルはドアを開け外へ出た。  エレベーターではなく階段を使い、走って走って外へ出た。  月が、出ている。  来た時は、陽光の射す良い天気だったというのに、すっかり暮れて肌寒い夜になっている。  ふるっ、と身を震わせ、肩をすくめてギルは歩き始めた。  歩き始めたが、だんだんその歩調は駆け足になっていった。 『俺は、ギル。君の事を愛してるんだよ、多分。いや、きっと』  頭の中をわんわんと痺れさせる、ルキアノスの声。  もうしばらく、仮病を使って休むがいい。  私の前に、その顔を見せてくれるな。 「殺してやる!」  まるで、子どもの癇癪のようにそう叫んだ。 「殺してやる。殺してやる……、殺してやる!」  まるで、呪詛のようにそう繰り返した。  だが、誰を、とは言う事ができなかった。

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