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第四章・4
ものの5分もかからずにニネットの傷はすっかり塞がり、肌には肉芽組織で作られた白光りする痕が残った。
10㎝はあろうかという目立つ傷だったが、マーオの男はやはりまるで気にしていなかった。
「ギルにルキアノスよ。ニネットの傷を、よく見ておくのだ」
二人は、法皇の指示を不思議に感じた。
オーラによるヒーリング法を見て勉強するのなら、治療の最中にその言葉を聞きそうなものだが。
後はニネットが真面目に医療棟へ行くようバーラに付き添いを命じ、法皇は本題に戻るためルキアノスとギルに向き直った。
ルキアノスと、ギル。
この若き新法皇候補に、現法皇は向き直った。
ファタルが現世 に御降臨なさる時が、刻一刻と近づいている。
その御誕生と、それに関わる諸々の儀式や事務作業、人選に引き継ぎ。全てを済ませた後、法皇職を退く。
すでにそう明言し、文書も決済が下りている。
周囲からはそれを時期尚早と惜しむ声が聞かれたが、覆す気持ちはなかった。
預言書の示すとおりに、私は事を運ばねばならぬ
たとえそれが、自らの死期を早めるとしても、だ。
そして、この二人の若者には死よりも過酷な運命が待っている。
すまぬ、と思う。
だが、致し方のない事。
聖地カラドという次元が女神ファタルのために誕生した時から、歴代法皇に受け継がれてきたファタルの予言書。
私だけが、それに逆らい運命の歯車を狂わせるなど許されない。
ルキアノスとギル。
二人の顔を見た一瞬の間で、法皇は過去を振り返り未来を思い出す。
預言書ですでに知ってしまった未来を、思い出す。
「では、参ろうか」
法皇はそれでも声を震わせることなく、厳かにそう口にすると二人の先を歩き始めた。
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