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第四章・6

 室内は、やたらと広かった。  そして、それなりの設備が大きく場所をとっていた。  温湿度データロガーがあるということは、この部屋は巨大な恒温槽というわけか。  広い室内は、常に一定の気温・湿度に保たれているのだ。  他にも、絶対気圧制御チャンバーに、プラズマ滅菌システムなどが見られる。 「さらに、ナノバブル発生装置、か」  ルキアノスの言葉に、ギルは頷いた。   と、なると。  考えられるのは、溶存ガスの保持による水質浄化と有機合成。  化学物質の分解に殺菌、そして生理活性。  つまり成長促進と洗浄。  これらの機材をフル稼働させて守っているものは、この部屋中に整然と並んでいる縦横の幅が約3メートル程度のカプセルの中身だ。  その中身とは、おそらく有機体。  そして多分、人体。 「見当がついたか。では、心の準備もよい、という事だな?」  法皇の声は、相変わらず穏やかだ。  穏やかな声に、鼓動がやたらと速く答える。血圧が上がってゆくのが、自分でもわかる。  ルキアノスとギルは、法皇が進み指し示したひとつのカプセルを怖々と、しかしそれは彼には、互いには絶対に悟られないように気を配りながら覗き込んだ。  目視できないくらい細かなナノバブルに満たされたカプセルの中には、先程会ったばかりの人間が横たわっていた。 「まさか……」 「一体、なぜ?」  大声を出すほどの驚愕をさらに超えた、茫然とした感情が二人の若者を襲っていた。  ニネット。  先程、生体技術部の事務所で出会ったばかりの男。  そして今頃彼は、バーラに付き添われ医療棟で手当てを受けているはず。 「彼の右腕を、見ていなさい」  法皇の言葉に、二人はただ従うしかなかった。  彼の右腕には、10㎝くらいの新しい傷があるはず。  そして観察する間に、ルキアノスとギルは信じられない光景を見ることとなった。  カプセルの中に横たわっているニネットの右腕に、徐々にあの傷が現れ始めたのだ。  肉がミミズ状に盛り上がり、やがて周りの肌よりやや白っぽく固まってゆく。  二人が見守る中、ニネットには彼の新しい特徴である右腕の傷が刻まれた。

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