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第四章・9

「記憶は……」  ようやく振り絞ったルキアノスの声が、やたらかすれている。  こんなに狼狽している彼は滅多に見ない、とギルは痺れかけた意識の端で、やけにクリアに感じていた。 「記憶もまた然り。脳に埋め込まれたチップから、五感を通して感じた事や鮮明に覚えている思い出は、電気信号で代替品に伝えられる」  だからこのニネットγ は肉体が完全に出来上がってからまだ5年しか経ってはおらぬが、オリジナル・ニネット20年分の記憶は全て脳に書きこんであるのだ。  どうだ素晴らしいだろう、と誇るかのような法皇の口調は、二人の若者を恐れさせた。  まるで、神のような。  人間を無からこしらえた創造主のような事をしでかし、塵芥ほどの呵責も感じぬ法皇という存在。  まさに、十全なるものであるのか。  そうでなくては、法皇たる資格はないというのか。 「では、上へ帰るとするか」  上へ。  それは単なる階上のフロアではなく、人の世に戻るというような響きでルキアノスとギルの耳に届いた。    この、悪夢のような。  神の支配する場所から、離脱する。  エレベーターで上へ上へと昇る間に、この若き法皇候補者たちは必死になって、平静を取り戻すよう努めた。    元の生体技術部に戻った時、ニネットが持ち込んだ闇騎士の頭部からは主な情報がすでに取り出されていた。 「何か有益な事が解かったかな」  法皇の、やけにのんびりとした口調とは逆に、部長はやや興奮したおももちで早口に報告を始めた。 「現時点で覚醒している闇騎士の人数が、明らかになりました。113名のうち、67名です」 「七将軍はどうだ。すでに目覚めておるのか」 「第四将軍・リューンのスコホスルが、活動を始めておるようです。あの脳の持ち主は、奴の直属の部下でした」  それはそれは、と法皇はおどけたように驚いて見せた。 「あの寝坊助のスコホスルが一番乗りとは。今回の戦争、何か波乱があるようだな」  やはりニネットは大手柄だ。特別ボーナスを支給しよう、と明るい口調で法皇はひとつ頷いた。

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