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第四章・10
データは生体技術部で、極秘資料として保管。
バックアップは法皇の執務室へ送付するように、と指示を出すと、この聖職者はようやくルキアノスとギルの顔を見た。
(二人とも、すでに動揺の気配は消しておる。さすが法皇候補よ)
だが、その後の精神状態はどのように変化するやら、と彼は考えた。
それ如何によって、どちらを新しい法皇とするかが大きく左右される。
ファタルの予言書通りに事は運ぶか、はたまたこの特別な運命を持つ神騎士がそれを変えて見せるのか。
二人の若者にねぎらいの言葉を掛け、法皇は先に部屋を出た。
偉大なる聖職者の後を付けるような形にならないよう、ルキアノスとギルはしばらく時を置いてから、退室した。
部屋から出ると、室内はかなり生臭かったのだという事に気づいたが、互いに何も言わなかった。
ただ、ルキアノスが。
彼の方から、ギルに問うてきた。
「あれ、どう思った?」
「あれ、とは?」
解かっているくせに、わざわざ私は問い直すようなことを言う、とサガは自分に軽い嫌悪感を抱いた。
ルキアノスは、感じたことをそのまま素直に口に出す性格だ。
長い付き合いなので、彼の気性はよく知っている。
だが、私は。
私は相手の出方を見てから、返事を選ぶ。
自分からは、決して先に本心を明らかにすることはない。
そんな癖が、今ここでも出てしまった。
あれだけショッキングな機密を知ってしまった後だというのに。
「ニネットの体毛、ああまで濃いとは思わなかったな」
「は!?」
確かに、生体維持カプセルの中の彼は全裸だったが。
しかしそれは、赤ん坊が外の世界へ出るまで無菌の羊水に入っているようなものだ。
ギルは特段何とも思ってはいなかったので、このルキアノスの観点にただ口をぽかんと開けるしかなかった。
「胸から腹へ、そしてアソコにまで連続して毛が生えてるんだぞ。あの分じゃあ、尻の穴まで毛だらけだな」
毛蟹だ、毛蟹、とくすくす笑うルキアノス。
豪胆だな、と思った。
あんな気味の悪いクローンを見せられても、すぐ笑い話にしてしまうルキアノス。
(やはり法皇に向いているのは、彼なのだろうか)
そんな風に思ったギルが、ルキアノスに付き合って笑おうとした途端、手首を強く掴まれた。
「俺の部屋へ、来いよ」
有無を言わさぬ、強い響きだった。
ぐいと腕を引かれるまま、ギルはルキアノスに従った。
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