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第四章・22
朝、目覚めてみると。
ジーグなどという男は跡形もなく、すっかり消えているかもしれないじゃないか。
そんな楽観的な気分に支配されると、ギルは急速に眠りに落ちて行った。
耳には、カノンとジーグ ニ長調が流れ入ってくる。
だが、ギルはそれを聴いてはいなかった。
全ての感覚を手放して、深い眠りへと落ちて行った。
「やはり、抜け出しおったか」
日中、兄であるギルの存在をすぐ傍に感じ取り、彼の弟は覚醒したのだ。
神騎士の代替品が眠る暗がりの奥深く、法皇は空になった生体維持カプセルの前にたたずんでいた。
ここにある設備は全て優秀な人工知能によって、完全自動制御が掛けられている。
機密を知るのは法皇と、一部のごく限られた人間だけだ。
そのコンピューターが、深夜に法皇の間へ警報を鳴らしてきた。
寝室へ転送されてきた異常に、法皇は飛び起きて確認に走った。
ギル´が、兄と邂逅したか。
ギルと共に、死産としてこの世に生まれた双子の弟。
聖地本部は、星の恵みを受ける者の研究対象として、この息のない嬰児を一時預かった。
そして数時間後、両親に渡したのは別の赤ん坊の遺体。
生まれたての、顕著な個体差が見られない嬰児では、彼の両親はそれが我が子ではないとは気づかなかった。
最新の医療設備で蘇生した本物の方は、いずれは神騎士となる兄の代替品として、秘密裏に育てられることとなった。
温かな肉親の腕の中でなく、無機質な機械類に抱かれ成長していった。
ギルがこの双子の弟を即座に消せば、予言書は新たな展開を見せるだろう。
だが、彼を受け入れ名前を与えれば。
「やはり法皇の座はルキアノスのもの、となるかな」
天を仰いでも、星が見えるはずもない。
だが法皇は、暗い天井を眺め続けた。
その運命を見通すかのように、睨み続けた。
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