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第五章・2
俺が愛するのは、ギルだけだ。
今まさに、ここで俺を殺そうとしているギルだけだ。
ギルはギルだ。
いくら同じ肉体、同じ遺伝子、同じ記憶を持っていたとしても、他のギルでは愛せない。
俺を愛することが許されるのも、ギルだけだ。他の誰でもない、今ここに存在しているギルだけなんだ。
ギルを愛する資格があるのも、俺だけだ。俺以外の、この俺以外のルキアノスがギルを愛するなど許せない。
「傲慢だな」
自分で自分を、罵った。
まるで、小さな子どもが駄々をこねているようだ。
しかし、そうでもしなければ到底抑えきれなかった恐怖。
法皇から明かされた、吐き気のするような機密。
神騎士に有事があった際の代替品として存在する、クローンの存在。
『今死なれてはまずい、という時に彼らを使うのだ。例えば、ルキアノス。お前が瀕死の重傷を負って、戦地から戻ったとする』
『もしそのまま死ねば、味方の士気が落ち心理的に敗北する可能性がある、という際に、重症のルキアノスの代わりに彼を表に出すのだ』
『瀕死のオリジナル・ルキアノスは、そのまま闇から闇へと葬り去る。ルキアノスが二人いては困るからな』
法皇の言葉を思い出し、ルキアノスはぐっと唇を噛んだ。
人間を無からこしらえた創造主のような事をしでかしても、塵芥ほどの呵責も感じぬ存在。
それが、法皇。
果たして俺に務まるだろうか、と思った。
そして、務まるんだろうな、と思った。
就任してしばらくは色々と思い悩むことはあろうが、次第に慣れるに決まっている。
瀕死のニネットを、眉ひとつ動かさずクローンとすり替える決断を下すようになるに決まっている。
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