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第五章・5

 自分を落ち着かせるため、ジーグという男を把握するため。  そして、彼の処分をどうするか決めるため。  ギルは、珍しく有給をとった。  ルキアノスに相談しよう、という考えは微塵も浮かばなかった事が、唯一の救いだった。  そこまで彼にもたれていたなら、自分で自分が許せないところだった。 「シャワーでも浴びてくれば? いつもの朝みたいに」  何の屈託もなく、そう提案してくるジーグ。 「確かに起きたらそうするが、今日はいつもの朝じゃない」 「俺が居るから? 誰かが隣にいる朝って、いいものだと思わないか」  何をいけしゃあしゃあと、とギルは眉をひそめたが、すぐにそれを緩めた。  こいつは。  ジーグは今までずっと、たった一人でナノバブルのカプセル内で横になっていたんだ。  それを思うと、情を感じた。  そして自分がそんなセンチメンタルに囚われるのは、ジーグが本当に肉親だからなのだろうか、と考えた。  自称・双子の弟。  それが真実であると断定する証拠は何もない。  ただ、ジーグの言葉を信じるしかないのだ。  信じ切ってしまえば、彼を闇から闇へと葬ることができなくなる。  血を分けた兄弟を殺害するなどと、ストッパーがかかるだろう。  だが、このギルの細胞から創り上げた、ただのクローン体ならば。 「私はお前を、無かった事にするかもしれないぞ」  法皇は、ジーグが地下から逃げ出したなどとはすでに知っているに違いない。  その上で午前8時を過ぎても何の知らせも、指示も寄越さないという事は。 「法皇様が、私を試しておられる」  まさに、神騎士に何かあった際には冷静に、冷酷に。  本物を始末し代替品と交換する胆力があるかどうかを、試されている。 「そして? 試されてるギルは、俺をどうするつもりだ?」  まるで他人事のように飄々と言ってのけたジーグは、勢いよく起き上がった。 「ギルがバスを使わないなら、先に俺がもらうよ。その後、お前もシャワーを浴びろ。ちゃんとボディ・ソープで、全身きれいにするんだぞ」 「いちいち細かく指示するな」 「これは失敬」  あどけない返事の割には、にやり、と不遜に口の端を上げるジーグ。  そしてその顔をキッと引き締めると、低い声で言った。 「ルキアノス臭いからな」  言葉を失ったギルだった。  振り返りもせず、バスルームへ消えるジーグをただ見送った。

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