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第五章・6
昨夜のうちに、一目見た時に、始末すべきではなかったのか?
ジーグの存在が、運命の歯車を大きくゆっくり動かす気配を感じていた。
今からでも遅くない。
浴室なら、丸腰のうえ隙だらけのはず。
奴を殺すんだ。
そして速やかに、法皇様へご報告を。
だが、できない。
始めの一歩を、踏み出せない。
『誰かが隣にいる朝って、いいものだと思わないか』
弟の孤独を、知ってしまった。
私を兄と慕う、彼の喜びを聞いてしまった。
「一日、様子を見よう。それからでも遅くはない」
それからでも遅くはない……はず。
決断を先延ばしにするギルの行動は、法皇に筒抜けだった。
ギルとルキアノス。
どちらが、より法皇職にふさわしい人間か。
今朝の二人の行動は、教皇のその判断にまた一つの材料を与えていた。
何も知らないルキアノスは、日常を選択した。
何も知らないギルは、非日常を選択した。
そしてギルはゆっくりと起き出し、自室という名の密室で誰も知らない一日を過ごそうとしていた。
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