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第五章・12
勝負は、帰宅してからか。
ジーグは衣料品店で、コートを試着しながら考えていた。
「どうだ。似合うか?」
「いいな。丈もぴったりだ」
ギルの服を借りて身につけているジーグに、双子の兄は弟の私物を買い与えていた。
服に靴、歯ブラシなどの日用品から、大きいものはベッドまで。
さすがに家具はもう少し考えてから、と止めたのはギルではなくジーグだった。
「まだ一緒に住む、と決まったわけじゃないんだ。それは後にしよう」
「私の家を出るつもりか? 何も持たずに、一人暮らしをする、と?」
ジーグは何も持たない。
それは物理的なものばかりではなく、聖地カラドという社会に住むためのバックボーンもだ。
戸籍もなく、住民登録もなく、個人IDも持たない。
それもそのはず、彼はこの世にいない事になっている人間だからだ。
「俺がお前の前から消えるのは、何も家を出るだけに限ったことじゃないだろう?」
ずん、とギルの胃はとたんに重くなった。
ジーグの言葉が何を示しているかは、あけすけに言われなくても解かる。
しかし、本人の口からその可能性を聞こうとは。
「気にするな。今日一日で、人生を満喫したよ。俺はギルになら、殺されたって構わない」
いや、どうせならギルに殺してもらいたい、とひらひら手を振りながらジーグはどんどん先をゆく。
「どこへ行く。家はこっちだぞ」
「先に帰っててくれ。俺は、ひとりで確かめてみたいことがある」
「早く戻れよ」
「ああ」
すっかり家族の会話をしながら、内心では殺す殺されるの言葉を交わしている。
いたたまれない気持ちを抱えて、ギルは家路についた。
挑戦的な気持ちでもって、ジーグはルキアノスの家へ向かった。
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