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第五章・22

「誰かが隣にいる朝って、いいものだと思わないか」  まだ記憶に新しい台詞を、敢えて口にするジーグ。  そのおふざけに、ギルは彼の鼻を軽くつまんでやった。 「確かにね。こんな事は初めてだ」    情事の翌朝を、一緒に迎える。  ルキアノスとは一度もやったことがないと言うのに、出会って一日のジーグとはまるで気軽にそうなった。  感慨深く物思いに耽るギルの横顔を見ながら、ジーグは何と声をかけようかと迷っていた。  どう? やっぱり俺を始末する?   代替品であることを拒否し、抜け出してきたギルの影武者。  あろうことか自我を持ち、オリジナルを愛してしまった。  危険極まりなく、野放しにしてはおけないはず。 『気にするな。今日一日で、人生を満喫したよ。俺はギルになら、殺されたって構わない』    挑発的にあんな言葉を吐いてはみせたが、今はただ素直にそう思う。  何も言うまい。  そう、ジーグは結論付けた。  後の事は、ギルにまかせる。  俺は何も口出しするまい。 「ジーグ。お前は」  ギルの口が、開いた。 「お前は、ジーグだ。私の代替品なんかじゃあない。私の、双子の弟だ」  しばらくは、ここにいろ。  そう言い残すと、ギルは空気清浄機をオンにしてバスルームへ向かった。  ああ、ギル。  お前はやっぱり、俺の双子の兄なんだな。  俺が今、一番欲しかった答えをくれる。  胸が熱くなる思いのジーグだったが、それは表に出さずにいた。  そして、そんなところがギルとは決定的に違う部分なんだろうな、と改めて気づいた。 「卵はどうする? ボイルか?」 「オムレツにしてくれ」  了解、とジーグはギルの背中に返事をした。 「しっかし、俺もまずはシャワーを浴びないと」  昨夜の名残で、べたべたのどろどろなのだ。これではキッチンに入れない。  もう一度ベッドに横になったジーグは、瞼を閉じてシャワーの水音を聞いていた。  あと何回、こんな平和なひとときが過ごせるか、など思いつきもしなかった。  ただ、眼には見えない大きな運命の歯車が、ジーグの手により新しく噛み合った。  ごとりと鈍い音がした。

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