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第六章 降臨
ついにこの時が来たのだ。
ダニエル=エルンストは、しっかりと荷造りされたリュックに両手を乗せた。
節くれだった、指。血管の浮いた、甲。
我ながら、老いたものだと感じた。
彼は今、ヒマラヤ山脈のふもとにあるコテージにいた。
そして、目を閉じる。
感慨にふける、というより昂ぶる興奮を抑えるためだった。
私はついに、聖地カラドの一端に触れる。その幻の世界へ介入する。
いつも肌身離さず身につけている、革の表紙を持つ手帳。
開くとそこには、地球上のどの地域でも使われていない言語が走り書きされている。
そして、それを訳した文字も。
地球上、どの地域でもない次元。
しかし古来より、地球上の多くの場所で神話や伝説に残され伝承されている国、聖地カラド。
太陽や月、星々などの天体はこの人界である三次元と共有しつつも、全く独自の文化や技術を持つとされる、謎の国。
若い頃から実業家としてだけではなく、冒険家としても名を知られているエルンスト。
冒険家になってしまったのは、全て未知の次元・聖地カラドを知るためだった。
縁のある遺跡や伝説の残る地域はもちろん、聖地へ行ったことがある、と言う長老に会いに、はるばる未開の地にまで足を運んだ。
全てはまだ10代のころ欧州を遊学中に、フランスの古美術商から買い取った、ある古文書から始まったのだ。
信頼のおける店の品であるから、その履歴もしっかりしている。
怪しげな夢物語ではないものだ。
生涯をその解読に捧げた、という19世紀の歴史家が残したアンティークだった。
生涯を捧げた割には、未解読の部分が多すぎる。
しかし、夢物語ではないにしては、壮大なロマンに満ちた内容だった。
ヨーロッパの列強が植民地争奪戦を繰り広げていた時代であるので、おそらく、聖地とやらも侵略しよう、くらいの目的で研究されていたに違いない。
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