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第六章・2

 しかし、この歴史家は研究の途中から、妙に信心深くなっていった。  聖地は、文字通りアンタッチャブルの聖なる地である。必要以上の国土を、富を、支配を手にするために争いを続ける我ら人間が汚してはならない。  古文書と共に買い求めた彼の翻訳書や日記には、そういう言葉が繰り返されるようになっていった。  そこまでなら、事業に忙しいエルンストがライフワークにするまでにのめり込むことはなかっただろう。  彼がおもしろい、と感じた点は、その聖地が信仰する宗教が極めてユニークだったからだ。  キリスト教、イスラム教、仏教、世界三大宗教はもちろんのこと、ヒンドゥー教やユダヤ教でもない。  なんと、ヨーロッパ地方神話に登場する、女神ファタルを奉じている、というのだ。  この世が大きな転機を迎える時、地上にその姿を現すという女神・ファタル。  彼女を守る、最強の戦士・神騎士。  そして、闇の国を統べる神・フィンスタリーとの最終戦争。    とても一人では解読できそうにないこの文献は、エルンストの友人たちにも共有された。  知的好奇心をくすぐられるこの幻の国・聖地カラドの謎を解こうではないかと、こぞって翻訳に力を入れた。  歴史家、言語学者、文化人類学者、果てはオカルトの世界にまで協力を要請し、古文書の解読にやっきになった。    それに、くだんのこの書籍につけられたタイトルは『ファタルの預言書』である。  予言書というからには、今から起こりうる未来が解かるのかもしれない。  我々人類の行く末をも、記されているのかもしれない。

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