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第六章・10

「どうした?」 「え? あ、いや。何でもない」  今すぐに、決断できないギルだった。  話を逸らすべく、彼はまだ照明を灯していない暗い室内にどんどん入り、窓際へ進んだ。 「すばらしい夜景だ。街の光が、まるで星空のようだな」  展望ロビーに見られるような、壁全体に一枚ものの高価なガラスを入れた特別な窓だ。  緩やかな曲線を描いたガラスに、そっと指先を置いて街の灯を見ていると、ルキアノスが後ろから抱き締めてきた。 「ギル、愛してる」  そう囁いて、首元に顔を埋めたルキアノスは、その髪の香りを大きく吸った。 「ルキアノス、まずは夜景を楽しもう」  優しい声でそう告げると、ギルに両腕をまわしたままルキアノスはゆっくり顔をあげた。  美しい夜景。  その一つ一つに、様々な人間の営みがある。  それが、幸せに満ちていますように。  ギルもルキアノスも、自然にそう思っていた。  ふと、そこに流星が走った。 「あ! 見た? ギル、流れ星だ」 「ああ、かなり明るかったな」  途端に少年のように明るい声を上げるルキアノスが、微笑ましい。  ギルは笑顔になったが、やがてそれは強張っていった。  あ、また。  まただ。  1、2、34……5,6,789,10……。  今夜、流星群が見られるなんて、天文年鑑には載っていなかったはず。  それが、この流星の量はなんだ。  まるで、降るように次々と流れていく。 「飛行機事故か? それとも衛星が、燃え尽きながら落ちてきているのか?」  ルキアノスもまた、不審に感じたようだ。ギルを抱く腕の力が、やや弱まった。  そして、ひときわ明るい流星がゆっくりと流れてきた。  その明るさは、すでに火球。-4、いや、-3等級並みの輝き。  もしかすると、それより明るいかもしれない。  二人を更に驚かせたのは、その火球が地に落ちた瞬間に街の灯が一斉に消えた事だった。  あれだけ美しく瞬いていた夜景が、突然消えて視界は真っ暗になった。  そして、耳鳴りが聞こえた。  なんとも形容しがたい音だった。  高いような、低いような。単音なのか、重音なのか。  まるで、厳かな聖歌を聴いたような感慨を、二人は覚えた。

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