126 / 216
第六章・10
「どうした?」
「え? あ、いや。何でもない」
今すぐに、決断できないギルだった。
話を逸らすべく、彼はまだ照明を灯していない暗い室内にどんどん入り、窓際へ進んだ。
「すばらしい夜景だ。街の光が、まるで星空のようだな」
展望ロビーに見られるような、壁全体に一枚ものの高価なガラスを入れた特別な窓だ。
緩やかな曲線を描いたガラスに、そっと指先を置いて街の灯を見ていると、ルキアノスが後ろから抱き締めてきた。
「ギル、愛してる」
そう囁いて、首元に顔を埋めたルキアノスは、その髪の香りを大きく吸った。
「ルキアノス、まずは夜景を楽しもう」
優しい声でそう告げると、ギルに両腕をまわしたままルキアノスはゆっくり顔をあげた。
美しい夜景。
その一つ一つに、様々な人間の営みがある。
それが、幸せに満ちていますように。
ギルもルキアノスも、自然にそう思っていた。
ふと、そこに流星が走った。
「あ! 見た? ギル、流れ星だ」
「ああ、かなり明るかったな」
途端に少年のように明るい声を上げるルキアノスが、微笑ましい。
ギルは笑顔になったが、やがてそれは強張っていった。
あ、また。
まただ。
1、2、34……5,6,789,10……。
今夜、流星群が見られるなんて、天文年鑑には載っていなかったはず。
それが、この流星の量はなんだ。
まるで、降るように次々と流れていく。
「飛行機事故か? それとも衛星が、燃え尽きながら落ちてきているのか?」
ルキアノスもまた、不審に感じたようだ。ギルを抱く腕の力が、やや弱まった。
そして、ひときわ明るい流星がゆっくりと流れてきた。
その明るさは、すでに火球。-4、いや、-3等級並みの輝き。
もしかすると、それより明るいかもしれない。
二人を更に驚かせたのは、その火球が地に落ちた瞬間に街の灯が一斉に消えた事だった。
あれだけ美しく瞬いていた夜景が、突然消えて視界は真っ暗になった。
そして、耳鳴りが聞こえた。
なんとも形容しがたい音だった。
高いような、低いような。単音なのか、重音なのか。
まるで、厳かな聖歌を聴いたような感慨を、二人は覚えた。
ともだちにシェアしよう!