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第六章・13
特別優秀な人間の精子や卵子を使えば、もっと楽ができるのに、とはこの特殊任務に就く技術者たちの半数が持つ意見だ。
神ではないかもしれないが、神に近いほど優れた能力を持つ個体。
それでいいではないか。
だが、聖職者はそれに異を唱える。
どんなに優秀でも、人は人。神ではない。
人間から神が生まれる事は、許されないのだ。
そう言いながらも、不信感を拭いきれない聖職者たちだった。
無から神を創るなど、できるのだろうか。
信仰があれば、姿はなくとも神は信者の心の中におられる。
だが、人の姿を持つ神を。現人神を創るなど。
それを一途に信じて疑わないのは、法皇様ただ御一人。
失礼ながら、を枕詞に、マジですか、無理ですよ、やめましょう、といった意見が、幾度となく法皇に進言された。
それでも、頑として聞き入れないのだ。この最高責任者は。
お疲れなのでは、少し休養を取られては、一度精神科に行かれては。
そんな声が、小さく囁かれ始めている。
しかし法皇たるもの、我々常人には考えも及ばない何かを感じておられるのでは。
こんな声も、無くなることはないのだ。
そこへ突然、今夜ファタルが来るよ、と言われたのだ。
スタッフは全員、気を引き締めるより先に、まさか、と感じていた。
「いつもの量のアミノ酸や高タンパクを投与し、その後の経過も順調です。しかし、これといった変化はございません。サンプルを検出いたしましょうか?」
「それには及ばん」
ゆるりと、法皇は天を仰いだ。
その視線の先を無意識に追った技術者たちだったが、そこには変わらぬ天井画があるだけだ。
ファタルがこの世に姿を現した、その瞬間を描いた宗教的な意味合いを持つ天井画。
華々しく、大地の神・エレツの腹を破って、白金に輝く姿で飛び出してきた女神・ファタル。
そんなファタルが、今ここに姿を現すという。
全く昨日と変わらぬ、この日常が動転するなど考えられない。
それぞれが、ふと気を抜いたその刹那、緊急を告げるアナウンスが響いた。
『メインセンター・天文台より報告。非常に多数の流星群を確認。火球または隕石の落下が予測……』
アナウンスは途中で寸断されたが、その時点では誰もがのんびりしていた。
極めて細心な注意を要するこのファタル神殿には、取るに足りないほどの変化まで警報として届けられる。
今回もまた、そんな事だろうと思っていた。
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