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第六章・23

 領域解放状態なのでは、バックアップは、データ復元ソフトはと、真っ青になって騒ぎ出した技術者たち。  神の誕生を、それに至るまでの記録を、一瞬にして全て失ってしまった。  これはマズイ。  適当な数字をでっち上げて、捏造レポートを提出するか?  しかし、その文書を受け取る法皇様が、今この場に立ち会っておいでなのだ。  失態は、隠しようがない。  恐る恐る法皇の方を見てみると、それでよい、という言葉が返ってきた。 「これまでの報告は、紙という媒体で全て保管してある。心配するでない」  それより、女神ファタルの御光臨された姿をしっかりと見ておきなさい、と言い残して、ゆっくりとその赤ん坊へと歩いて行った。  すでに首がすわり、寝返りをうつ幼いファタル。  一見、可愛らしい赤ちゃんだが、その内に秘めたオーラには無限に膨らむ器を感じる。  やはり、この日この時この場所に、御光臨なさったのですね。  法皇は、ファタルを抱き上げ、大切にその腕の中に包んだ。  ふと見ると、お咎めを免れて安心した技術スタッフが、そんな二人の姿を写真に撮っている。 『これまでの報告は、紙という媒体で全て保管してある。心配するでない』  先程の自分の言葉を思い出し、わずかの間もの想いに耽った。  ファタルの予言書も、紙で残されているのだからな。  そしてそれは聖地だけでなく、三次元の人間界にも存在しているはず。  全く同じ表記のものが、双子のように二冊ある。  その片割れを持つ人間が、この日この時に、運命に向かって歩き始めたはず。  私はついに、聖域の一端に触れる。その幻の世界へ介入する。 「では、行くとするか」   エルンストはリュックを担ぐと、現地で雇ったガイドやシェルパの待つリビングへと向かった。  運命の一歩を、進み始めた。

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