148 / 216
第七章・9
ギルに抱きついたまま、ジーグはしばらく動けずにいた。
気味の悪い汗がこめかみを伝う。
荒い息が、なかなか治まらない。
そんなジーグをあやすように、ギルはただ弟の背中を静かにさすり続けた。
「……い」
「何?」
ようやく人心地ついたのか、呼吸の整ったジーグがギルに話しかけてきた。
「……ルキアノス臭い」
全く、とギルは困った笑顔でジーグから身を離した。
「ちゃんと、シャワーは浴びたんだけどな」
途端に、どさりとジーグが上から被さってきた。
夢中になって、口づけを求めてきた。
「待ってくれ」
もがくギルを離さず、おし黙ったままジーグは求めてくる。
身をよじり、逃れながらギルは訴えた。
「ハンバーグ、食べよう。せっかく作って」
「お前はあいつを憎んでいたはずだろう!?」
ルキアノスのことを言っているのだ、とはすぐにピンときた。
唇に、頬に、首筋にむしゃぶりつきながら喘ぐジーグがいたたまれない。
ルキアノスを愛しながら、ジーグをも愛することの難しさを、ギルは改めて思い知らされていた。
「どうしても追いつけない、越えられない。そして誰にでもいい顔をする偽善者が、憎い。そうだったはずだ」
ギルの記憶は全て知っているんだから、と言いかけて、ジーグは口をつぐんだ。
兄にその身を擦りつけることもやめ、どこか茫然とした様子だ。
そのあまりの豹変ぶりに、ギルも気づいた。
「どうした?」
「憎んで……、いや……。あ、あれ? おかしいな。よく、思い出せない」
「思い出せない?」
うろたえるジーグの顔は、これまで見たことのない幼さを持っていた。
「ギルが。俺の中のギルが、見えなくなってきてるんだ」
愕然とした顔は、しだいに心もとない弱々しい表情へと変わってゆく。
ギルは、そんなジーグを慰めようと、安心させようと考えを凝らした。
ルキアノスの事は、すっかり頭から消えていた。
「お前は、もうジーグなんだ。私の代替品じゃない。ギル′ だった頃の記憶が、薄れてきているんじゃないか? いや、逆にそれは、良いことなんじゃないのかな」
ともだちにシェアしよう!