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第七章・9

 ギルに抱きついたまま、ジーグはしばらく動けずにいた。  気味の悪い汗がこめかみを伝う。  荒い息が、なかなか治まらない。  そんなジーグをあやすように、ギルはただ弟の背中を静かにさすり続けた。 「……い」 「何?」  ようやく人心地ついたのか、呼吸の整ったジーグがギルに話しかけてきた。 「……ルキアノス臭い」  全く、とギルは困った笑顔でジーグから身を離した。 「ちゃんと、シャワーは浴びたんだけどな」  途端に、どさりとジーグが上から被さってきた。  夢中になって、口づけを求めてきた。 「待ってくれ」  もがくギルを離さず、おし黙ったままジーグは求めてくる。  身をよじり、逃れながらギルは訴えた。 「ハンバーグ、食べよう。せっかく作って」 「お前はあいつを憎んでいたはずだろう!?」  ルキアノスのことを言っているのだ、とはすぐにピンときた。  唇に、頬に、首筋にむしゃぶりつきながら喘ぐジーグがいたたまれない。  ルキアノスを愛しながら、ジーグをも愛することの難しさを、ギルは改めて思い知らされていた。 「どうしても追いつけない、越えられない。そして誰にでもいい顔をする偽善者が、憎い。そうだったはずだ」    ギルの記憶は全て知っているんだから、と言いかけて、ジーグは口をつぐんだ。  兄にその身を擦りつけることもやめ、どこか茫然とした様子だ。  そのあまりの豹変ぶりに、ギルも気づいた。 「どうした?」 「憎んで……、いや……。あ、あれ? おかしいな。よく、思い出せない」 「思い出せない?」  うろたえるジーグの顔は、これまで見たことのない幼さを持っていた。 「ギルが。俺の中のギルが、見えなくなってきてるんだ」  愕然とした顔は、しだいに心もとない弱々しい表情へと変わってゆく。  ギルは、そんなジーグを慰めようと、安心させようと考えを凝らした。  ルキアノスの事は、すっかり頭から消えていた。  「お前は、もうジーグなんだ。私の代替品じゃない。ギル′ だった頃の記憶が、薄れてきているんじゃないか? いや、逆にそれは、良いことなんじゃないのかな」

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