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第七章・15

 東空の藍の中、日の出を誘う明けの明星。  やがて深い橙に彩られた地平は金色の輝きを放ち始め、空を複雑な色合いに変えてゆく。  天上はまだ暗い藍に紫。太陽の昇る地平に近づくほどに青、水色へと彩度を変える。  その中にたなびく赤や橙、黄に緑の薄雲……。 「おや?」  小さな声を上げたのは、バンだった。  日が昇る時、条件が整えば虹の七色全てを目にすることができる。  しかし、緑色の雲、とは今まで見たことがない。 「いや、あれは雲には見えませんね」  大気中にかたまって浮かぶ水滴、または氷の粒が雲である。  しかし、バンの指す緑色の雲は、それらよりさらに細かな物質できているようだ。  雲を構成する粒子は、水滴の場合は2~40μm、氷晶では50~80μmほど。  だが朝日の中、どんどんその存在を明らかにしてゆく緑色のそれは、雲のようにしっかりとした形を整えてはいない。  まるで、ガス状の粒子が濃淡をもって空にじんわりと広がっているかのように見える。 「まさか、星雲?」 「そんなバカな」  シドクとアデラが、低い声でやり取りを交わす。  星雲を構成する宇宙塵の粒子は、0.01μmから10μmほどの極小サイズ。  とても地上から肉眼で見ることなどできない。  星雲といえば、華やかな色合いの美しいものばかりを写真で見て育ってきた大人たちは、自分の子ども時代を思い出していた。  オリオン大星雲くらい大規模なものならば、月のない真っ暗な夜空の中、肉眼で観測することは可能だ。  それでも小さくぼんやり、かすかに滲んで見える程度。  ならばと、双眼鏡や望遠鏡を持ち出した経験を持つ面々だ。だがやはり写真のように壮大な姿は見られなかった。  もちろん綺麗な色などついてはおらず、モノクロの寂しいものだった。  あの時は、ずいぶんがっかりしたっけ。  今では、あんなに美しい星雲写真を撮影するには、特別な望遠鏡が必要なのだと知っている。  主鏡が直径10mはあろうかという大型光学赤外線望遠鏡や、地上約600km上空の軌道上を周回する宇宙望遠鏡。  それほどの規模や性能を持つ天体望遠鏡や天文台なくしては、美しい星雲の姿は見られない。  観測波長も可視光線だけでなく、赤外線や紫外線。目的によっては電波やエックス線まで駆使して、さまざまな角度から撮影が行われているのだ。

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