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第八章・8

 定員12人のゴンドラは11mにも満たない小さなもののはずだが、プロムナードデッキを歩くルキアノスには意外に広く感じられた。 「展望サロンに、ラウンジ。そして、コンパートメント、か」  ラウンジではなく、一番広いコンパートメントに食事の用意が整っていた。  ここで、ギルと空中デートだ。  悪くないな、と顎を一つ撫でた時、ルキアノスは背後に人の気配を感じた。 「ギル?」  振り向きざまそう言ったこの声は、ルキアノスの後に乗船してきた男の耳だけでなく、心にまでも突き立つアイスピックのようだった。 「ルキアノス……だと?」  室内灯が明かりをともし、互いの顔がハッキリと解かる様になった。  ギルじゃない  眼の前に現れた男の顔はギルに瓜二つだったが、ルキアノスは瞬時にこれはギルではないと判断した。  そして、それを裏付けるかのように、男のさらに後ろから見えた人物。  彼が、ギルだ。  よく見知った、慣れ親しんだ、最愛の人だ。  では、このギルにそっくりな男は……。 「もしかして。ジーグ、か?」  あの運命の朝に、ギルがテレパシーでしきりに話しかけていたジーグと言う相手。  ギルの思考にはロックがかかっていたが、ルキアノスもまた、その興奮状態の彼から漏れるジーグという名を拾い上げていた。  ほとんど勘に近かったが、勘だからこそ一撃で的を射た。 「そうだ。俺がジーグだ」  憮然とした口調だが、そのまなざしは挑戦的だ。  そして、そっと彼の腕はギルの腰にまわされた。それを見落すルキアノスではなかった。  彼は敵だ。  だがそれは表に出さず、何も知らない気づかないふりをして、ギルに明るく話しかけた。 「今日はお招きありがとう。まさかお連れ様がいるとは思わなかったけどね」  ルキアノスとジーグ。  とうとう、二人を引き会わせてしまった。  私が愛する、二人の男。  そしてこの私までも、にこやかに腹芸などして見せるのだ。 「来てくれてありがとう、ルキアノス。じきにフライトだ。まずは個室に落ち着こう」  さあ、ジーグも、とギルがいざなう。  正直、相手を飛行船から叩き落としたいと思いながらも、ギルをインタープリターに二人心の間合いを取りながらデッキを歩いた。  外は黄昏時を迎えつつあった。

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