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第九章・3
「上、と見せかけて、下だ!」
ルキアノスが振り下ろした右拳が、姿を現しかけたヒト型の3Dエネミーを的確に捉えていた。
途端に、虚空に掻き消えるエネミー。
ポーン、と澄んだ撃破音が格技場に鳴り響き、シミュレーションの終了が確定した。
「最後の一体を持って行かれるとは。残念だ」
「甘いぞ、ギル。これで俺の勝ちだ」
ルキアノスとギル、二人は久々に揃って戦闘訓練のプログラムを受けていた。
ファタルの降臨から、10日が過ぎていた。
一部を除いて聖地の中枢はようやく日常を取り戻し、彼ら二人の神騎士も通常業務に戻っていた。
「お二人とも、お見事でした。どうぞモニタールームへいらしてください」
このやたらと捻りの利いたシミュレーターを創ったプログラマーが、場外からマイクで呼びかけた。
ルキアノスとギルが『彼』と呼ぶ、おなじみの名物男だ。
以前、彼の創った訓練プログラムのフェイントで、ギルがルキアノスを庇って重度の火傷を負ったことは記憶に新しい。
(いや、遠い過去のような気もする)
あれから一年も経ってはいないというのに。
しかし、それがきっかけとなって、二人の距離はぐんと近くなった。そして、互いを想う愛情にまで発展していったのだ。
(あの時はまだ、私はルキアノスを憎いだけの存在として見ていたはずなんだ)
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