180 / 216
第九章・4
はたしてそうだろうか。
憎悪の底に、厚い愛念の層が隠れていただけなのかもしれない、とギルは思う。
なにせ今となっては、法皇の座を譲ってほしい、などと破廉恥なおねだりまでしてしまうほどに、彼にもたれ掛かっているのだから。
「……ル。ギル?」
「え。あ? あぁ、すまない」
「ぼんやりして、どうした。疲れたのか?」
生返事をかえすギルに微笑むルキアノスは、いつもの朗らかな男だ。
飛行船で暴露したジーグの存在も、ギルの途方もない願いも、そして自らの茶番も、全て何事も無かったかのようにふるまう、いつものルキアノスだ。
やはり、彼のこういう食えない点は憎々しい。
「フィードバックの前に、シャワーを浴びたいんだがな。俺は」
「何か理由があるんだろう。私たちに急ぎ伝えたい事がある、とか」
そして、彼の態度に嫌味を覚えながらも、何食わぬ顔で会話を交わす自分も憎らしい。
ギルの胸の内を知ってか知らずか、ルキアノスはそれきり何も話さなかった。
ただ静かに、棟三階のモニタールームで待っている天才技師の元へと進んだ。
二人が沈黙を保ったまま静かにモニタールームへ入ると、彼・キュクロプスは逆に賑やかな拍手で迎えた。
「さすが、神騎士の中でも最高位のお二方。まさか最新版のプログラムを、途中で見切ってしまわれるとは!」
ルキアノスとギルに椅子を勧めながら、キュクロプスはべらべらと一人で喋った。
「カオス理論に基づいて育てたエネミーです。一体毎に、個性がある。まるでばらばらの攻撃を仕掛ける彼らを、どうやって仕留めていったんです? 今後の参考に、ぜひお聞かせ願いたい」
「待ってくれ。これは俺とギルとのシミュレーションだ。フィードバックなら、俺たちを主体にして欲しい」
「あまり時間も無いんだ。手短に頼むよ」
放っておけば、一人で3時間は喋り倒す男だ。
ルキアノスとギルは、早い段階で予防線を張った。
「あぁ、そうでしたね。では、動画を見ながら振り返りましょうか」
頭の切り替えが早いところが、彼の美点の一つだ。
先程までの模擬戦の要所要所で録画を止め、三名で反省会を行った。
ただ、今日のキュクロプスは、やけに話を伸ばしたがった。
モニタールームからは他の技師たちが片付けを終え、一人またひとりと退出してゆく。
ついには三人だけになってしまったところで、ようやく長い長いフィードバックは終了した。
ともだちにシェアしよう!