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第九章・5

「さて、と」  シャワールームへ行きたがるルキアノスを制し、この天才技師は一抱えほどの大きさのスポーツバッグをテーブルの上へ、でんと置いた。 「フィードバックは終わりだろう? もう戻りたいんだけど」  こういう時に迷わず思った事を口にできるのは、さすがルキアノスだ、とギルは考えたが、心の中では彼に同感だった。  しかしキュクロプスは、むしろここからが本題、とどこ吹く風だ。  ルキアノスとギルから滲み出す『早く帰りたい』は、重々承知だろうに。 「お二人に、プレゼントがあるんですよ」  バッグの中から出てきたのは、新聞紙に包まれた楕円形の立体だった。  昆虫の繭玉のようなそれは白金色に輝き、金属でできているように見える。  しかし手にしてみると、重さがほとんどないのだ。 「これはもしや」 「オリハルコンでできているのか?」  神騎士の甲冑を構成する、レアメタルのオリハルコン。  そんな貴重な物質で、一体全体何をこしらえたのやらこの男は! 「いやこれは、それくらい高級でないと務まらないブツでして。いわゆる、赤ちゃんのおくるみです。ファタル様、まだ赤ん坊の姿なんだから」  移動の際には、このキュクロプス特製のおくるみを使うよう法皇様へお渡しください、ときた。  未だぽかんとしているルキアノスとギルに、この技師はひとつウィンクをして指を立てた。 「このおくるみを、お二人からファタル様への贈り物として献上するのですよ。次期法皇のお二人から、ね」  次期法皇、と聞いてわずかに緊張の走ったルキアノスとギル。  しかしこの変人技師は、ぶつぶつと独り言をこぼしながらプディングの入ったカップを同じスポーツバッグの中から取り出した。 「ファタル様は実に興味深い御方だ。生まれてすぐに、指しゃぶりができる程に成長なさるとは」  プディングの封を切ったキュクロプスに、ギルとルキアノスは彼の興味関心とは別の方向で慌てていた。 「ファタルに御目通りを? 私たち神騎士でさえ、まだ許されていないのに!」  そんな彼らの憤りも、顔色一つ変えずに受け流す技師は、彼なりの興味からしか物事を見てはいなかった。

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