192 / 216
第九章・16
ルキアノスとギル、二人は触れ合うほど近くにいながら、その距離が天と地ほどに離れてしまった事実に撃たれた。
(いや、まだ手は残っている)
ギルは気味の悪い汗を流しながら、心の中で念じていた。
(どうか。どうかルキアノスが。辞退、を!)
テレパシーを使ってはいない。尊ぶべき法皇を前に、そのような行為は許されない。
それでも隣にいるギルのオーラが乱れるさまを、ルキアノスは感じ取っていた。
頬の産毛が逆立つほどに、彼の心は動転している。
だがルキアノスは、ギルが望む返事をしなかった。
「謹んでお受けいたします」
(許してくれ、ギル)
法皇職は時として、無慈悲で冷酷な決断を強いられる。この今もまさにそうだ。
そんな役割を、苦しみをギルに与えたくはない、そうルキアノスは判断した。
(ジーグの件は任せてほしい。彼もギルの双子の弟として、表に出られるような方法を考えるから!)
沈黙の数秒間に、二人の若者は多様な思いを巡らせた。
ただそれは何一つ互いに伝わることは無く、伝える事も無く、自らの胸の内だけにとどまった。
「では、ルキアノスはもう少しここに残りなさい。予言書について話しておくことがある」
「御意」
下がってよろしい、との教皇の声を待つことなく、ギルは一歩ルキアノスの後方へにじった。
後は、妙に冷めていた。
慇懃に法皇の間を退出し、ロッカールームで荷物を手にし、共同宿舎の自室へ戻った。
ただ、室内の匂いを吸った時に、どうやってここまで来たのかという記憶があやふやだった。
それくらい、絶望していた。
ただひとつの希望は、その日ジーグが居てくれた事だった。
「おかえり」
「ただいま」
見る間に、血の気が戻ってゆく心地がした。
ともだちにシェアしよう!