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第九章・16

 ルキアノスとギル、二人は触れ合うほど近くにいながら、その距離が天と地ほどに離れてしまった事実に撃たれた。 (いや、まだ手は残っている)  ギルは気味の悪い汗を流しながら、心の中で念じていた。 (どうか。どうかルキアノスが。辞退、を!)  テレパシーを使ってはいない。尊ぶべき法皇を前に、そのような行為は許されない。  それでも隣にいるギルのオーラが乱れるさまを、ルキアノスは感じ取っていた。  頬の産毛が逆立つほどに、彼の心は動転している。  だがルキアノスは、ギルが望む返事をしなかった。 「謹んでお受けいたします」 (許してくれ、ギル)  法皇職は時として、無慈悲で冷酷な決断を強いられる。この今もまさにそうだ。  そんな役割を、苦しみをギルに与えたくはない、そうルキアノスは判断した。 (ジーグの件は任せてほしい。彼もギルの双子の弟として、表に出られるような方法を考えるから!)  沈黙の数秒間に、二人の若者は多様な思いを巡らせた。  ただそれは何一つ互いに伝わることは無く、伝える事も無く、自らの胸の内だけにとどまった。  「では、ルキアノスはもう少しここに残りなさい。予言書について話しておくことがある」 「御意」  下がってよろしい、との教皇の声を待つことなく、ギルは一歩ルキアノスの後方へにじった。  後は、妙に冷めていた。  慇懃に法皇の間を退出し、ロッカールームで荷物を手にし、共同宿舎の自室へ戻った。  ただ、室内の匂いを吸った時に、どうやってここまで来たのかという記憶があやふやだった。  それくらい、絶望していた。  ただひとつの希望は、その日ジーグが居てくれた事だった。 「おかえり」 「ただいま」  見る間に、血の気が戻ってゆく心地がした。

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