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第十章・10

「衛兵は下がらせておいた。お前がここへ来ることは解かっていたからな」 「法皇様の予知、というわけか」 「少し違うな。全てはここに記されている」  そんな法皇の手には、革の表紙を持つ古びた書籍が。 「ファタルの予言書……」  ジーグの呟きに、法皇は気を良くしたようだった。 「やはり知っているのか。ならば話は速い」  そこでジーグは一時停止しかけた思考を、無理矢理引き戻した。 「そんなことはどうでもいい。ギルを法皇に選び直せ。さもなくば」 「さもなくば、殺す、と?」  どこまでも先を読む法皇に薄ら寒さを覚えつつも、双子の弟は黙って頷いた。 「それもいい。いや、それでいい」  法皇の言葉に眼を見開くジーグに頷き、聖人は彼の前で仮面のロックを解除した。有機メタルでできた数本の爪が引き、仮面から法皇の顔を解放した。  仮面の下にあったのは、皺ひとつない若者だった。 「私の名は、リーエン。かつて聖獣・ティーの神騎士だった男」  その声も、いままで聞いてきた法皇のものとは違う。やはり見た目の年相応の若さを持っている。  法皇の聖なる仮面を付けると、個が消える。身に付けた者がどうであれ、法皇の身体、法皇の声、教皇のオーラに変化するのだ。  聖獣の甲冑が、纏う人間に併せてフィットする事と、逆の現象が起きる。教皇となるために、個性を打ち消す作用があるのだった。  声を上げる事も忘れたジーグを置いて、リーエンは重々しくも美しい法皇のみが纏う事を許されるローブを脱いでゆく。  仮面、ローブ、次いで宝飾品など身に付けた法皇の証を全て取り去り、一個のリーエンと言うヒトとしてジーグと相対した。 「お前たちには、本当に申し訳ない。苦しかろう、辛かろう。だが、全ては女神ファタルの為。許して欲しい」 「ファタルの為、だと」  そうだ、とリーエンは力強く頷く。 「それで私がここで命を落とそうと、それもまた仕組まれた運命」  リーエンはそこで、予言書をジーグに手渡した。  法皇しか読む事の出来ない、ファタルの予言書。  ファタル生誕から歴代の最終戦争は、全てこの予言通りに動いたという禁断の書だ。そして、これより起こり得る未来をも綴ってあるという。  預言書にはしおりが挟んであり、ジーグは自然とそのページを開いた。  双子が法皇を殺す  そこには、そうハッキリと書かれていた。

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