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第十章・15

 連れて行かれたのは、キュクロプス専属の研究室だった。  『立ち入り禁止』の張り紙のおかげで他に人はおらず、そこでルキアノスは意外な対面を果たした。 「これは、ファタル!?」  はい、と技師は声をひそめたままファタルを抱きかかえた。まだ生後間もない姿の、赤ん坊の姿の女神ファタルを。  キュクロプス特製の白金に輝くおくるみに入り、あどけない顔で眠っている。 「まさか、こちらが本物の」 「そうです。今日の儀式に顔を見せたのは、以前私がこしらえたお人形さん。成長したファタル様の御姿をした、ね」  一体どうして、とルキアノスはキュクロプスからファタルを預かった。  すやすやとよく寝ておいでだ。周囲で一体何が起きているかもご存じなく。 「それが法皇様がお越しになられて。当面ファタルはあの代理で事足りるので、その。こちらの本物のファタル様は……」 「何か不都合な点でも?」  天才技師のこんな気弱な表情を見るのは初めてだな、と思うルキアノスはまだ呑気だった。  あの法皇様が、まさかこのような仕打ちをファタルにかけるとは思ってもみなかったから。 「徹底的に調べ尽くせ、と。どんな実験も解剖も許す、と。それってつまり」 「そんな事をすれば、いくら神とはいえ死んでしまう!」 「臓器ごとにコールドスリープさせても構わない、と……」 「バカな!」    他言無用と言われましたが、私にも信仰心というものはありましてね、とキュクロプスは言う。 「科学者として、興味はあります。でも、これはいくらなんでもあんまりだ」 「よく話してくれた」  俺から法皇に、直接問いただす、とルキアノスはおくるみに包まれたファタルを抱きなおすと、大股で研究室を出て行った。

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