211 / 216

第十章・18

 ルキアノスは、おくるみに包まれた本物のファタルを抱き、法皇の間まで一直線に進んでいた。 「困ります、ルキアノス様。謁見願いを提出してください。法皇様にお会いするには、手続きを」 「そんな暇はない」 「せめて衛兵を通して……」 「くどい!」  法皇神殿で働く神官は、至極まっとうなことをルキアノスに望んでいるのだが、このタンの神騎士は急いていた。 (傀儡をファタルの代わりにするなど、もっての外だ)  気高く慈悲深い法皇が、本物のファタルに実験動物並みの扱いをさせる、という点も腑に落ちない。 「御乱心あそばされたとしか、思えん」 「御乱心はあなたですぞ、ルキアノス様。お止まりください!」  神官も衛兵も蹴散らし、ルキアノスは法皇の間へと足を踏み入れた。 「法皇様!」  玉座に座った法皇は、ただ事ではないルキアノスの剣幕にも全く動じず、眼の動きだけで周囲の神官・衛兵を下がらせた。  扉はぴたりと閉じられ、室内には二人が残された。 「どうした、ルキアノス。お前らしくもない」 「恐れながら、らしくない方はあなた様でございます。ファタルは何処に?」  ルキアノスの剣幕を受け流し、法皇は、いやジーグはゆったりと応えた。 「降臨の儀式でも明るみにしたとおり、ファタルには法皇の間のさらに奥の間でくつろいでいただく。最も安全な場所で、な」 「それは、偽物の正体がばれぬよう閉じ込めておく方便では!?」 「偽物、と? ルキアノス。それはファタルに不敬であるぞ」

ともだちにシェアしよう!