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第十章・21

「それは、できない」  落下しながらも、ルキアノスはファタルをしっかりとその腕に抱いていた。  ギル、すまない。  俺は、次期法皇。いや、法皇なんだ。  法皇は法皇らしく、聖地カラドのために、ファタルのために尽くす。  君と共に死にゆく事は、できない。  俺はまだ、死ねないんだ。 「ルキアノス!」    星が二つ、流れた。  互いに、別々の方向に。  そしてそのうちの一つは、ヒマラヤ山中に墜ちていった。  静けさを取り戻した法皇の間で、ジーグはルキアノス追討の一部始終を見ていた。  きりきりと動く天球儀は彼らの星を映し、そして二つが消えたことを示していた。  法皇は、ジーグは、それを繰り返し繰り返し見ては確かめていた。  死んだ。  ギルが、死んだ。 「クッ……」  そして身をひるがえし、法皇神殿を出ると懐かしい場所へと向かった。  薄暗い地下の、ジーグが目覚めた場所へ。  ギルが死ぬはずがない。  俺を置いて、ギルがルキアノスと共に死ぬなどありえない。  極秘とされる、地下の一室。  広いフロアには、各神騎士たちの代替品であるクローンたちが眠っている。  命を育む役目を負いながら、霊安室のようなその場所に、ギルの影武者たちも息づいていた。 「ギル……」  ジーグは培養ポッドの中に横たわった、ギルαを見た。  特殊ガラスでできたポッドを、こん、と叩いた。 「起きろ、ギル。いつまで眠っているつもりだ?」  だが、ギルαは眼を開かない。ジーグは、今度は激しくポッドを殴りつけた。 「違う! お前は、お前などギルなんかじゃない!」  ジーグは、次々とポッドの生命維持装置をリセットしていった。  ギルだけでなく、他の者たちも。ニネットにアドラ、そしてルキアノス。  数時間後には、完全に全てのクローンが死に絶える。  神騎士は、その影武者を失った。ギルもまた、形は違えど蘇る術を失った。 「俺が、ギルだ」  肩で息をしながら、ジーグは笑った。  ジーグであることを捨て、俺がギルになる。  ギルが死ぬなど、あってはならないのだ。 「ギル、お前が法皇だ。お前は、法皇になったんだよ。嬉しいだろう?」  ジーグは己を捨て、ギルとして、法皇として生きることを選んだ。

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