9 / 371

秘書のオシゴト⑨

それなのに、それなのに。 いつの頃からか、朝のスケジュールチェックの役目が黒原さんから俺に代わり…朝の挨拶と同時にハグされるようになってしまった。 社長にとって俺は“ラッキーアイテム”らしい。 「あの、黒原さん…社長って恋人いますか?それかご結婚されてましたっけ?」 「ん?恋人はいないし、結婚なんてまだだよ。どうしたの?気になる?」 「って言うか、そういう人がいて毎朝のハグのことがその人の耳に入ったら…誤解されたら申し訳ないと思って…」 「特別な関係の人はいないから、その点は大丈夫だよ。 それに社長室には社長と君しかいないし、このことを知っているのは俺達3人だけだから。 絶対に外に漏れたりしない。 逆に君は?恋人に誤解されたりしない?」 「…残念ながらそういう人はいないので…お気遣いなく…」 「あぁ、それはよかった…って変な言い方だよね、ごめん。 止められない俺が不甲斐ないんだけど。 社長がこんなに誰か特定の人に固執するのって初めてで、俺もどうしていいのか分からないんだよ。 まぁ、海外生活も長くて、あちらの習慣が身についてしまってるからね。でも、それを差し引いても…どうしたものやら…」 「苗字変えようかな…」 「え?」 「そうだ!黒原さんちの養子にして貰えばいいんだ! 『黒原檸檬』…黒い檸檬になればラッキーアイテムじゃなくなる!ということはハグもなくなる! ね、黒原さん、私を養子にして下さいっ!」 「はぁっ!?“黒い檸檬”!?何だかおどろおどろしいよ…それに養子だなんて…そんな簡単にはできない。 第一、君のご両親が何て仰るか…ちょっと落ち着こう!ね、ね?」 慌てる黒原さんに宥められながら、俺は今日何回目かのため息をついた。

ともだちにシェアしよう!