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秘書のオシゴト⑨
それなのに、それなのに。
いつの頃からか、朝のスケジュールチェックの役目が黒原さんから俺に代わり…朝の挨拶と同時にハグされるようになってしまった。
社長にとって俺は“ラッキーアイテム”らしい。
「あの、黒原さん…社長って恋人いますか?それかご結婚されてましたっけ?」
「ん?恋人はいないし、結婚なんてまだだよ。どうしたの?気になる?」
「って言うか、そういう人がいて毎朝のハグのことがその人の耳に入ったら…誤解されたら申し訳ないと思って…」
「特別な関係の人はいないから、その点は大丈夫だよ。
それに社長室には社長と君しかいないし、このことを知っているのは俺達3人だけだから。
絶対に外に漏れたりしない。
逆に君は?恋人に誤解されたりしない?」
「…残念ながらそういう人はいないので…お気遣いなく…」
「あぁ、それはよかった…って変な言い方だよね、ごめん。
止められない俺が不甲斐ないんだけど。
社長がこんなに誰か特定の人に固執するのって初めてで、俺もどうしていいのか分からないんだよ。
まぁ、海外生活も長くて、あちらの習慣が身についてしまってるからね。でも、それを差し引いても…どうしたものやら…」
「苗字変えようかな…」
「え?」
「そうだ!黒原さんちの養子にして貰えばいいんだ!
『黒原檸檬』…黒い檸檬になればラッキーアイテムじゃなくなる!ということはハグもなくなる!
ね、黒原さん、私を養子にして下さいっ!」
「はぁっ!?“黒い檸檬”!?何だかおどろおどろしいよ…それに養子だなんて…そんな簡単にはできない。
第一、君のご両親が何て仰るか…ちょっと落ち着こう!ね、ね?」
慌てる黒原さんに宥められながら、俺は今日何回目かのため息をついた。
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