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秘書のオシゴト⑩
散々ため息をついたその日の午後、社長と黒原さんが急用で外出することになった。
「西山君、出かける前に…おいでー。」
ワンコでも呼び寄せるように、満面の笑みで両手を広げ待ち構える社長と、困ったような顔をする黒原さんをちろりと見比べて、この日最大のため息をつきつつ招かれるまま社長の側へと寄って行った。
予想通り………ぎゅううっ…
「んーーっ、西山君充電!俺は無敵だ!
出掛けてくるから、後を頼むよ。」
「…行ってらっしゃいませ…」
黒原さんが耳打ちした。
「西山君、負けないでね。お土産に何か買ってくるから。」
「…はい…行ってらっしゃい…」
行った。いなくなったよ。
秘書室にぽつんとひとり。
黒原さんもいなくなると、途端にメンタルが低下してきた。
俺って、俺ってただのラッキーアイテムに過ぎないのか。
何か自分がキワモノのような存在に思えてきて仕方がなかった。
伸び代と適性を考慮して秘書 に配属されたのではなかったのか。
将来性を見込まれてきたのではなかったのか。
段々と、自分の名前が嫌になってきた。こんなの苛められていた時以来の嫌悪感だ。
久し振りの感情に落ち込んでいく。
何で俺『檸檬』なんだよ。
普通の名前をつけてくれればよかったのに。
お袋、何で『檸檬』なんて名前をつけたんだよ。
親父も親戚達も身体張って止めろよ!
何で『西』がつく苗字の家に嫁いだんだよ。
あーーっ、もう、嫌だ嫌だ嫌だ!
改名したい。
正当な理由があれば簡単にできるそうなんだけど、いろんな名義変更が面倒だな…お袋には申し訳ないけど十代のうちに改名しておけばよかった。
ぐるぐるマイナス思考が頭を駆け巡る。
当然、仕事なんて捗 らない。
結局、予定していたところまで全く進まなかった。
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