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押しの一手③

俺の視線がその紙切れに釘付けになっているのに気付いた檸檬は、小さな声で「すみません」と言いながら、慌てて隣の部屋へ持っていってしまった。 胸が痛む。 早く俺の本心を伝えなければ。 念願の仕事に就けたというのに、今日のことで退職しようとさせているなんて。 「すみません、今お茶を」 「いいからここに来て。」 渋々といった態度で檸檬が戻ってきた。 揺れる空気に、ボディソープだろうか甘やかな香りが鼻先に纏わり付いた。 「退職届ってどういうこと?」 「…社長にご迷惑をお掛けしてしまいました。 もう、会社にはいられません。 黒原さんにも後で連絡させていただきます。」 「ご迷惑?俺の気持ちを『迷惑』なんて言葉で片付けるの? 俺はひとりの人間として、西山檸檬という人間を愛しているんだ。 ラッキーアイテムなんて言葉で誤魔化して悪かった。 こんなに誰かを愛おしく一生守りたいって思ったことはない。 同性だとか、上司と部下だからとか、家柄がどうとか、そんなことは俺には関係ない。 全て解決していく自信はある。勿論、いろんな人の手を借りていくつもりだ。 檸檬…お前を愛している。 俺と結婚して下さい。 …それをちゃんと伝えたくてここに来たんだ。」 檸檬は俯いたまま、身動ぎ一つしない。 「檸檬?」 檸檬の身体が小刻みに震え出した。 ぽた、ぽた、と膝上の固く握った手の甲に涙が落ちていく。 声を堪えているのだろう、喉奥からくぐもった声が聞こえ出した。 「檸檬。」 もう一度名前を呼ぶと、檸檬は耐え兼ねたように、わっ、と声を上げ突っ伏して泣き出してしまった。 俺は檸檬の横に移動すると、そっとその華奢な身体を抱きしめた。 一瞬ぴくりと跳ねた身体を逃すものかと固定する。

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